17
マルクル先輩、というよりもこの作戦はアンドリ先輩が考えたものらしい。
その名も、“大ぼら作戦”。
ちなみに、この作戦名は私が勝手につけたので他の誰も使っていない。というか誰にも教えていないので知らないはず。
誰だセンスないなとか思ったやつ!私です!
それはさておき、この作戦はまさにその名の通り生徒会が主体となって大ぼらを吹かしまくる作戦だ。
肝心の大ぼらの内容だが、“私の家名が不名誉なことに勝手に使われていることに生徒会の役員たちが怒りを覚えている”というもの。
まぁ実際はわりかし本当に怒ってくれているらしいので、そこは有難いところというか。
この件に関してある人は緊急集会を開き犯人捜しをするべきだとか親を呼んで話し合いを行うべきだ意見する人がおり、ある人は大層嘆き悲しんでいるだとか、本人の傷が一番深いとか、その他エトセトラエトセトラ…。
そこそこに盛ったホラ話を、信頼できる協力者に吹聴して回ってもらい。
実際の生徒会は足で様々な事情を聞いて回る担当と、生徒会室に籠って情報を精査する担当に分かれて本格的な犯人探しが行うために動くということになっている。
これは若干、本当。私とマルクル先輩は生徒会室に籠り、他の皆は明日からパフォーマンスのため休み時間の度にあてどなく歩き回ってくれるらしい。何から何まで有難い。
ちなみに私は生徒会室で後に控える行事の前倒し業務を行うことになっているので、情報の精査とは全く関係ない。
とりあえず3日程、考査期間前までこの調査は行われるが今後また同じようなことがあればすぐにでも精査した情報をもとに犯人をしょっ引く手筈となっている。
この犯人たちの名簿だがマルクル先輩の独自捜査の結果、全員…と言う訳にはいかないが相当数の名前をこちらで把握しているので実際にしょっ引けるのは本当。
こんなことでいじめが果たしてなくなるの?とは私も思ったがここで重要なのは、“今後また同じようなことがあれば”の辺りだ。
これにもう少し付け足すならば、私の不名誉な噂をもう一度思い出させるようなそれに付随する何かがあれば問答無用でしょっ引くぞ!となるわけだ。
もっと分かりやすく言えば私の名前を使っていなくともソフィーがいじめられているのを見つければ私を悲しませることになるので一切やめろ、になる。
こんなことを三日かけて丁寧に仕込んでいくので少なくとも、ソフィーにそう簡単に手出しが難しくなるのではという目論見だ。
バレなきゃいいんだろと思う人もいるだろうが、それは発見次第即呼び出しということで。
大概の小物はこれで散らせることだろう。ちゃちないじめする奴に大物なんていないと思うけれど。
嘘を信じさせるには少しの真実を入れる方が良いと聞いたことがあるけれど、この作戦も8割くらいは嘘や誇大表現ってやつだ。
あくまで私の不名誉な噂を目的に生徒会が動いたのであって、ソフィーのいじめに関してはあくまで副産物に過ぎない。
という風にしておけば、ソフィーへの風当たりも私が代わりに受ける形になるので問題ないわけだ。
なんかすごい作戦を考えたものだなぁ…。
そんなわけで今日の私は教室で、私を囲む友人たちに「こんな噂を聞いたのだけれど…」と大いに嘆き悲しまなければならないわけだ。
友人たちはそんな私を慰め噂の犯人に対して怒りを見せているが、私の友人の中にもいじめに加担している者たちがいるのは把握済みだ。
よくもまぁ、いけしゃしゃあと。
他にも二年生を中心にした、いくつかのグループと他学年にもいくつか…とにかく多数からソフィーは狙われていたことになる。
おそらくだが始まりはこのクラスだったのだろう。誰かが私を思ってか利用してかは定かではないが、私の家名を勝手に使い始めたことがここまで広まっているのだと思う。
もしやしなくとも、巻き込まれ体質なのではと自覚し始めた私だがこれって気を付けていればどうにかなるものなのか?
さて私は明日から生徒会室の方に籠り切りになってしまうので今日一日、方々に私が悲しみに暮れている演技を見せ続けなければいけない。
後は籠り切り缶詰作業以外は気楽なものだけれど、うまくいくといいなぁ。
そこは生徒会の影響力というものを信じてみようか。
これ見よがしに嘆き悲しんで見せつけた翌日から私は絶賛、朝から生徒会室に来ている。
教室にも寄らず特権を使っての3日の授業免除を得てこれが行われているわけだが、こうなるとなんか登校というよりも出社という言葉がちらつくのは何故だろう。
気分がいつもより違う意味で重い気がする…。
「おはようございまーす」
今日こそは鍵を使って中に入ると珍しく誰もいない生徒会室に新鮮味を感じた。
昨日はなんだかんだ言って先輩が先にいたからなー。
まだ朝の早い時間ということもあって業務を始めるにも早すぎるので、ソファの方に座って本を読んで時間を潰す。
久しぶりに何の気兼ねもなく読めることもあって集中して本を読んでいると、鐘が鳴るまで本から顔を上げることがなかった。
誰にも挨拶されないとなると、気にするものがないからついつい読んじゃうなぁ。
本を閉じて顔を上げると向かいのソファにマルクル先輩が座っているのに気づいて目を瞬いた。
当の先輩は私の向かいで手紙に目を通している。
「先輩、いらっしゃったんですか…」
「ああ。まだ読んでいて構わん。そこまで急ぐものもないしな」
いやそうでなく…。
来てたなら声かけて下さいよ。
私が本を仕舞えば先輩も読み終えた手紙を魔法で塵も残さず燃やしてしまったので少し驚いた。
「え、あぁ…。もしかして王族の一時編入の件の手紙ですか?」
「そうかもな」
マルクル先輩の返事は曖昧なものだったが多分そうなんだろうな。
はたして話がいい方向に進んでいるのか悪い方向に進んでいるのかは気になるが、この件に関しては絶対口は割らないだろう。
さて他生徒たちが勉学に勤しんでいる中、私たちがここで遊んでいるようでは示しがつかないので必要なものを取り出して来て2人だけで業務を始める。
放課後になれば全員が集まって一様、動き回った成果の報告行われるが特には何かするでもなし。
またいつも通り雑事をこなせばもう帰る時間になるというわけだ。
この3日間、私は朝も帰りも教室に寄っていなかった。
一度、マルクル先輩に「寄らなくていいのか?」と聞かれたが「もう大丈夫でしょう」と答えた。
ここまで生徒会の皆が動いてくれているのだからそれを信じて、行くのをやめている。
でも放課後の皆からの報告を聞く限り、何も起こっていないと判断してよさそうに思えた。
これで何かあれば実質初めて机が荒らされているのを目撃するであろうソフィーが何か反応を示していると思うので、それはそれで何か話題を聞くことになるはず。
それがないということは何もない、ということにしていいんじゃないかな。
休み時間の度に役員たちが動き回っているのものだから確実に怪しげな動きは制限されていることだろう。
こんな感じで3日過ごしていたので実は特筆して語ることは何もない。
4の暦に入ってからというもの、今が一番平和なのではと疑うほどに何も起こらなかった。
これが本来、私が求めている普通の生活なのかもしれない。いやでも、場所は生徒会室じゃなくて教室でやっていることは業務じゃなくて授業が良いなぁ。
あっという間に過ぎた3日間。休みを挟んで改めて教室に行ってみると何の変化もない教室、というものを久しぶりに見た気がした。
ソフィーの机が綺麗だぁ。何故か感動してしまう。
一人満足気な気持ちでほくほくと笑顔を浮かべながら、まっすぐに自分の机に向かう日がこようとは…。
感慨深いものを感じながら3日ほど参加できなかった授業は、どこまで進んだのかを誰かに聞かなければと考える。もう定期考査も間近に迫っているし。
筆記、実技合わせて一週間かけて行われる壮大な考査は二日筆記で三日実技という内容に分かれている。
筆記は何の変哲もない一般教養の理解度を見るためのものなので午前中に終わることになっているのだが、実技は全学年を一人一人それもそこそこの時間を取って見ていくことになるのでこれが一番時間がかかる。
終わったら終わったで暇になるし、まだとなるとそれはそれで緊張する。
こっちの方はそれぞれで終わる時間が異なるので私としては待ち時間が退屈なんだよなぁ。私は二日目の昼を過ぎたあたりに試験がある予定になっているので二日目以外は暇なもの。基本的には教室にいるようにと言われているが試験時間に間に合えば自由にしていていいので、私はどうしようかな?
本を読む片手間に考えているうちに友人たちがきて「まあ、3日ぶりですわね」「御機嫌よう」と挨拶してくる声にも懐かしさを覚え心なしか穏やかな気持ちで対応することが出来た。
久しぶりに…本当に久しぶりに友人たちの話題に一切ソフィーが出てこないことに、こんなに感動することになるとは!
生徒会が歩き回っていたせいか、アンドリ先輩の御姿を見れたとかリュドミラ先輩が相変わらずお美しいとか普段見ることが少ない二人の話題で主に盛り上がっていたが、かつてここまで平和な話題があっただろうか!
ニコニコと先輩方を褒める皆の話を聞いていると、ふと教室の扉が開けられる音がして皆が一斉に口を噤み揃ってそちらに目を向けた。
なになになに!
私も一足遅れてそちらに目を向けると今、教室に入って来たらしいソフィーが一人。
彼女が座るまでも、むしろ座った後も視線が外されることがない。
しかも睨むでもなくただガン見。なんだこの異様な光景は!
――こわっ!なにこれ怖い!
ガン見してる友人たちはもちろん怖いけどそれを一切気にしていない様子のソフィーも怖い!
やっぱあの子ちょっとおかしいって!
前から睨むとかはあったけど、あの3日間を経てこんな方向に変化しているとは…。
まるで囚人のようだとは前に一度、思ったことがあるが看守でもそんなに見ねぇよ。
しかもまだ皆、口を開かないものだからこの状況のことを聞いていいものか迷ってしまう。不用意に声をかけるのが恐ろしい。
――意味分からなくて怖いよー!
私はソフィーと友人たちとを見比べてひたすらに恐怖していた。
声には出ていないが心の中で猛烈に教師に助けを求めている。早く来て―!
地獄の数分間を永遠のように感じ始めて、心の中で土下座し始めているとようやく教師が来て私はこの光景から解放された。
ソフィーが比較的遅い登校で助かった。本当に助かった。
「おはようございます。今日も一日がんばっていきましょう。あぁ、そうだ。後でマルティネス嬢は私のもとに来てください」
教師が来て朝の挨拶から始まり私を呼んだので、疑問に思いながらも朝礼が終われば教師のもとまで行ってみる。
「なんでしょうか?」
「これ。来ていなかった間に出た授業内容を纏めたものです。参考になりそうな本もいくつか書いておいたので図書室で調べてみてください。今は私の教科の分だけですが、他の方にも頼めば教えて下さると思うので」
「まぁ、ありがとうございます!」
「いえ。生徒の問題は君たちに任せっきりなので、これくらいはやらせてください」
教師から要点などを纏めてくれたらしい紙を受け取ると、教師は教室を出て行ってしまった。
何も全員が好き好んで生徒の問題を無視しているわけではないんだよなぁ。
出る杭は刺されるというが、教師陣は基本的に上の命令を基準に総意でしか動けないようになっている。
なので今回のソフィーのいじめの件も認識はしていただろうが何らかの話し合いが行われた結果、見て見ぬふりをしなければならなかったのだろう。
今回は学園側の依頼ではなく私たち自らで勝手に動いているが、もし私たちから何か要請があれば学園側が動いていたこともあったかもしれない。
ともかく、友人たちに聞くよりも詳しく書かれた紙は素直に有難い。
今日は放課後に生徒会に寄ることもしないので、代わりに図書室にでも行ってこようかな。
紙を丁寧に折りたたむとジャケットの胸ポケットに仕舞い、一時間目が始まる前に自分の席に戻っていった。




