16
久しぶりに前世ではない、今の昔の記憶を夢に見た。
随分と長い夢だった気がする。
ボーっとする頭で昨日のことを思い出していた。
実はソフィーの件で事情聴取をした彼女を送った後、私は生徒会室に戻らず屋敷に戻ってきてしまっていた。
あの日、彼女から聞いたことにショックを受けたのは確かだ。あぁ、またか…とも思ったし、自分の中で的中してほしくなかった予想が当たって悔しかったこともあって視線を落とした。
なかなか前を向かない気持ちでいろんなことに頭を巡らしていると、ふいに歓迎会でのマルクル先輩の一言を思い出した。
『そうだな。お前に関係ある話だ』
先輩はあの日、そう言っていた。
あの時点で私は教えてくれることはないだろうと早々に諦めてしまったのだがきっとあれは、ソフィーから告発でもあったのだと今なら分かる。
そう考えると多分、マルクル先輩は私より先に事情を把握していたのだろう。そんな気がする。
気づいてしまえば私の中で様々な感情が押し寄せて、このまま生徒会室に戻ってマルクル先輩と顔を合わせてしまえばその感情を全て先輩にぶつけてしまいそうな気がして衝動的に帰って来てしまっていた。
帰って来た時、鞄を持っていない私を見てグレタは相当に驚いて心配してくれたので少し後悔したが後の祭りだ。
グレタには「何もないから、忘れてきただけだから」と渋々でも納得させるのに一時間を要した。
それから寝て一日経つと、今度はマルクル先輩どころか何も言わずに帰ってきてしまったため生徒会の皆にも会いづらい気持ちが湧いて来てベッドの中で深いため息を吐く羽目になるとは…。
――あー、いきなり熱とか出ないかなー。
とかしょうもないことを考えてみてもぐっすり寝れた分、体調は万全だった。
――朝のうちに生徒会まで行って、鞄取って来よ…。
そうと決めてしまえば、それからの私の行動は早かった。
さて生徒会室前。
基本的に扉の鍵は生徒会全員所持している。それと職員室に一つ。
放課後になると一番に来た人が開けることになっているのだが、大概マルクル先輩が先に居るので私はあまり使うことが無かったりする。
それをこんなことで使うことになろうとは…。
鍵以外手ぶらの私は、ともすれば学校に何しに来たと言われてしまいそうだ。
朝早い時間帯なので誰かに見られることもないと思うのだが、なんとなくコソコソとしてしまうのは私が小心者だからだ。
鍵を鍵穴に入れて開錠の方向に回すと、なんとも手応えのない感触に首を傾げた。
試しに逆に回してみるとかちゃりと音が鳴る。また逆に回してみると、またかちゃりと音が鳴って今扉は開いている状態のはずだ。
つまり扉はもとから開いていたわけだが…。
――え、なにそれ怖い。
昨日、施錠し忘れたとかならいいんだけどもし不審者が…とか考えて開けるのを躊躇っていると向こうから扉が開いて体全体で驚いた。
「何を変な格好をしているんだ」
驚いたおかげで変な風に構えてしまった手をマルクル先輩に見られた!
間抜けを見るような視線で見てくるが私にとっては予想外だったのだから仕方ないだろう!
というか、何でいるんだ!
「なん、なんでいるんですか…」
思わず考えていたことがそのまま声に出てしまった。
手の方はこれ以上、突っ込まれる前にそっと下ろしましたが何か?
先輩は扉を開けたままにすると先に中に戻っていってしまった。私は少し迷ってその背を追いかけた。
「昨日、ここに忘れ物をしていった奴がいてな」
「…申し訳ありませんね。こんな朝早くからわざわざ来ていただいて」
嫌味っぽくなってしまうのは昨日のことが引っかかっているから。
でも先輩に当たるようなことはしたくなくて昨日は帰ったのだから本当はこんな態度、間違っているはずだ。
そう分かってはいてもこうなのだから、自分で自分が嫌になる。
さっきからずっと先輩とさりげなく長く顔を合わせないように伏せがちになる視界には、床ばかりが見えていた。
「それで、聞きたいことはなんだ」
「……何もありませんけど」
なんだ、この人エスパーか?魔法使いではあるけれど。
というより、私があからさま過ぎるのか。なんか先輩の机に私の鞄が置いてあって、先輩が椅子に座っているものだから奪い返すのも難しそうだし。
しばらく無意味な睨み合いが続くも結局、先に目を逸らしたのは私の方だった。
「マルクル先輩」
「なんだ」
「私に黙ってたことあるでしょう」
「あるが?」
私はあんなに思い詰めてたのに、あっさり認められた!
先輩にとってはそんなものでも私は地味に気にしてたんですからね!昔のことを夢に見るくらいには!
「昨日、そのことも含めて全員に話しておくことがあったんだがなぁ…」
「うぅ!」
チクチクと刺してくる!でも私が悪いから何も言い返せない!
朝から平素とも言い難かった気分が今や絶不調。どよどよとした気持ちが私の背後にも圧し掛かっている気がして背を丸めた。
「さて、遊びはこれくらいにして」
「遊び?」
「歓迎会の控室で言わなかったことがあったのを、覚えているな?」
「えぇ、まぁ…いやそれよりもあそ「実はあの日、ソフィー嬢から告発があった」
先輩は私の言葉を遮って話を続けるので私も先に進めざるを得なかった。
あの日、というと私が昨日思い出して思い詰める原因にもなった控室でのことだろう。
「それはもしかしなくとも私のこと、ですか?」
「そうだ。お前にいじめられていると言われたが、こちらからしてみれば懐かしい気もしたな」
人の決して明るくはない過去を懐かしいで済ませるのやめてくれません?
確かに先輩に何も背負わないでいいと言ったのは私だけど先輩吹っ切るの早いですね。
「でしたら、私以外にも誰が悪いのか分かっているのでは?」
「それが面倒なことに、彼女自身が加害者を庇ってな」
「はぁ?」
加害者を庇った?実際にいじめられている場面にいたことがない私の名前だけを挙げて、実際の被害を出している子たちを庇った?
それはまた、変わった子もいたもんだ。
普通、恨みに思ってもいいレベルだと思うのだけれど。
「お前以外の名前を絶対に出さないものだから証言としては不十分どころか無に等しい。なんとか聞き出そうとしたところでお前が来た」
「…なんか、申し訳ないです」
めっちゃタイミング悪いな、それは。私としてはもう平謝りするくらいしか出来ないのだが。
「それで、独自で調べていたんだが」
「でしたらあの時、私にも教えてくだされば手伝いましたのに…」
あの日に『遠慮なく頼る』と言ったのは噓だったのだろうか。
「正直あの時点でお前に教えて動かしたところで、大した情報が得られるとは思っていない」
「うぐぅ…どうしてそんな的確に人の心を抉れるんですか…」
いやまぁ確かに。私はアンドリ先輩程コミュ力があるわけでも、リュドミラ先輩のように多数の女生徒から頼られているわけでも、イリーナのような愛嬌があるわけでも、プルーストのように思慮深いわけでも…。
ましてやマルクル先輩のようにわりと何でも出来るわけでもありませんけど!
すっかり傷心の私は、今すぐにでもおうちに帰りたい気分です。
「後はだ、ソフィー嬢に嫌われている自覚があるんだろう?」
「…えぇ、まぁ」
「その嫌ってる相手が自分の庇った奴を特定しようと動いたらどう思う?」
「あー…それは、嫌ですかね…」
どちらにせよ、私は動かない方が良かったというか動けなかったのか。
多分あの時、教えてもらっていればバレないようにと気を付けつつ私は探らずにはいられなかったと思う。
そのことが少しでも気取られればソフィーはまた私に突っかかってきていたかもしれないわけだ。
そうなるとまた話がこじれて尾鰭に背鰭に胸鰭に、あらゆるものがついた話が瞬く間に広まって…。
考えるだに、恐ろしい…。
「そういうわけだ。納得いったか」
「はい、なんか非常に申し訳ありませんでした」
先輩は全て考えたうえであの日教えなかったのだから、全て私の独り相撲。
情けないばかりで、でもやはり昨日の感情の渦を思い出すと私の行動は間違ってなかったと思ってしまった。
「やっぱり昨日は帰って正解でした」
「ほう?反省の色なし、と」
「あっ、そういうことじゃないです!」
時は人の心を癒してくれる。一日経っているからこそ、ここまで冷静に話し合えていると思うから。
もし昨日あのまま責めるようなことをしてしまっていれば、私は私を許せなかっただろう。
「なんだか先輩には知らぬうちに随分とお世話になっていたようなので、私に出来ることってありますか?」
なんだったら私もソフィーと同じようにお菓子でも作ってこようかな?マルクル先輩、甘いの得意じゃないって前に聞きましたけど。
私に出来ることで恩返しに値するようなものがあれば、いいのだけど。
「あるぞ」
「それは良かった。それでどんなことです?」
「考査期間前までここで缶詰作業」
「…気のせいでしょうか、私には何を言っているのかちょっと」
なんか言ってるけどちょっとよく分かりたくない。
ほら私に出来ることって言いましたし、それはちょっと面ど…荷が重いというか。
ほんと、なんか奢るとかそういうのはいくらでもしますんで。
「なに、ほんの3日程のことだ。一芝居打ってしばらく姿を現さずその間にソフィー嬢に何もなければこの件は解決とする」
「え、もっと話し合いとか行われるのでは?」
「調べた結果、無駄に数が多い。それら全員呼んで一つ一つ注意をかましていくのも骨が折れる。であれば、一気に片をつけようとなったわけだ」
いやいやでもでも。
私一人でここで缶詰作業してたってやれることに限りありますし、絶対に暇になるの分かってるので。
だったら授業聞いてる方がいいかなーって。別に勉強好きじゃありませんけど。
いやでも、一人でここで朝から生徒会業務は気が滅入るなー。
「そうだ。俺も付き合うからな」
「?何にですか?」
「缶詰作業に」
「え゛…なんで」
思わずだみ声が出てしまった。そんなに切羽詰まるほど作業も差し迫っていないので、それだったら私一人でもいいんですけど…。
「…最近ソフィー嬢が連日、俺のクラスに訪ねてきていると教えられた。正直、極力顔を合わせたくない」
「わぁ、とっても本音」
ソフィーは心臓が強いなぁ。なかなか上級生の教室に連日、押し掛けるって出来ないと思うんだよな。
ちなみに私は出来ない派だ。
「しばらく顔を合わせることもなければ諦めてくれるだろう、という他力本願だ」
「そうですか。事情は分かりました。…仕方ないですね、私も缶詰作業に参加しますよ」
「まぁもとから拒否権もないんだが」
だまらっしゃい!これで、もしかしたら全て解決するかもだから協力するんですからね!
というのは5割くらい本音だが、後の5割は真面目に恩返ししようと考えている。そこはちゃんとしなきゃね。
「で、その一芝居というのは?」
「それなんだが…」
マルクル先輩から教えられたのは、とんでも作戦な内容だった。
うまくいくのか?これ。




