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怪我し早退した子の寮を尋ねてから、私は学園にとんぼ返りしていた。

もう一時間は経っている。

マルクル先輩であればザザを無理やりにでも帰しているはず。

いちようザザと鉢合わせることのないよう遠回りしているので時間がかかっているのだが、まだ先輩はあの空き教室にいるだろうか…。

私が去る前にザザと先輩がいた空き教室に入ると、果たして先輩はまだそこで待ってくれていた。


「マルクル様。ご相談があります」

「…聞こうか」


先輩は暇つぶしにか読んでいた本を閉じると私に向き直る。

私は立ったまま今先ほど考えた計画を先輩に話した。

先輩は黙ってそれを聞いてくれている。私の考えた計画は計画と言えないほどの、ただの直球勝負だ。

先輩は全てを聞いてから数秒思案して私の目を静かに見た。


「君は、それでいいのか?」

「はい。構いません。きっと私がやらなきゃいけないことなので」


私の言葉に先輩は、また私の目を見てからすっくと立ちあがった。


「分かった。君の案に乗ろう。場所はここ。時間は放課後」

「はい。ありがとうございます」


先輩の許可も得ることが出来たので私はもう迷わない。ザザにすべてを話してもらう。


昨日の夜は眠れないかもと危惧していたが、思っていたよりもあっさりと眠れたので自分でも驚いた。

決心を固めたからか、疲れていたからなのかはどちらでも良かった。

今日、私はやらなければいけないことがあるから。

朝、登校してみると予想外にも机は荒らされていた。私はまだ寮で休んでいるであろう彼女の机を綺麗に整えると、私も自分の席に座って本を読みながらザザを待った。

生徒が教室に集まってくると、やがてザザも登校してきて私に元気よく挨拶をする。


「おはよう!」

「おはよう、ザザ」


私も愛想笑いを浮かべて挨拶を返せばザザは「今日は何かあった?」と聞いてくるので「あったよ」と言えば彼女は嬉しそうに目を輝かせた。


「ホントに!放課後にマルクル先輩に言わなきゃ!」


そう言うと、もう興味は失せたらしく昨日の出来事を幸せそうに語り始めた。

ザザは気づかない。

私がいつもより固い笑顔でも気づかない。

ザザはもう私のことなど本当にどうでもいいんだということが、その時になって確信できた。


本番は放課後だ。何も知らないザザは今日もマルクル先輩に会いに行くのだと嬉しそうに笑っていた。

あの日泣いていたザザとは大違いだ。


「早く行かなきゃ!」

「うん。先に行ってて」


私の言葉を待たずにもう駆けだしていたザザはあっという間に私を置いてあの空き教室まで行ってしまった。

私は迎えに行かなければならない人がいるので後で行くことになる。

無理をして来てくれるのだし早く迎えに行こう。

私も小走りでザザとは反対方向に向かっていった。


空き教室の中の声は外からも聞こえていた。

随分と楽しそうな声が一人分。テンションが上がって高くなっている彼女の声はよく響く。

なんだか空回りしているようでとても哀れに思えた。

私がノックをするとマルクル先輩の声で「どうぞ」と入室の許可が出たので、私は深呼吸して扉を開けた。


「遅れまして申し訳ありません」

「いや。用事は無事、終わったのかな?」

「ええ。滞りなく」


ザザは何のことだか分かっていないようでマルクル先輩に「仲間外れですかー!」と可愛らしく怒っていた。

入って来てザザは自分の隣に座ると思っていたのだろう私が、マルクル先輩の隣に座ったことで笑顔で固まった。


「ザザ。私、貴方に言いたいことがあるの」

「ぇ、やだ。聞きたくない」


ザザは何かを勘違いしている。おそらく私が先輩の隣にいきなり座ったので実は私たち…的な報告だと勘違いしているのだろうが、それは私にとって今わざわざ訂正するべきことではなかった。

ザザは信じられないとばかりに目を見開いて私を見ている。

私は彼女の否定には構わず言葉を続けた。


「ねぇ、ザザ」

「やめて」

「貴方が…」


首を振ったザザが耳を塞ぐ前に最後まで言い切ってしまう。


「あの子を怪我させたっていうのは本当?」

「…え」


一瞬、何を言われたのか理解しきれなかったザザは徐々に私の言葉を飲み込むと安心したように笑った。


「は、はは。何を言うのよ、びっくりしちゃった」

「ごめんなさい。そんな噂を聞いたものだから」

「そんなわけないじゃない。だってあの子ったら勝手に滑って転んだのよ!」

「そうだったの!ごめんなさい、疑うようなことを言ってしまって」


そう言って私は今座っている席から立ちあがったので、余計に安心したらしいザザが自分の隣の席を叩いて「ほら、こっちに来て」と私を呼んだ。


「そういえばあの子はどこで滑って転んだのか分かる?」

「特別教室の側の階段よ!」

「…特別教室の?それは初めて聞いたな」

「あれ?」


マルクル先輩が唐突に割って入ったセリフにザザが首を傾げた。


「何言ってるんですか?昨日言いましたよ!」

「いや聞いていない。君は昨日、事件の詳しいことを俺に話してすらいないよ」

「…直接、直接見たの。本当です!だって私があの子を見つけて保健室まで連れて行ったんですから」

「本当に?あの子は自分一人で行ったと言っていたけれど」

「言ってた…?」


ザザは今度は私に顔を向ける。私は笑顔を浮かべたままザザの隣に座った。


「私あの後、あの子に聞きに行ったの。そしたら一人で行ったって」

「あ…あの子忘れているんだわ!」

「そうかしら?意識はしっかりしていたわよ」

「じゃあ隠しているの!」

「自分のことを助けてくれた人を隠すようなことするかしら?」


ザザが何か言えば私は反論する。

こんなことは初めてだ。今までザザに流されるまま受け入れてきた。

だから自分からザザのことをこんなにも、はっきりと否定するのは初めてだった。


「私が言わないでって言ったのよ!どうしてそんなにひどいことを言うの!」

「ひどい?私なにかひどいことを言った?」

「言ってる!どうして私じゃなくてそんな子の言うことを信じるの!私たち一番のお友達でしょう!」


そうだね。そうだったね。

私たちは一番のお友達だった。でも、今のザザの一番は私じゃないよ。


「ねぇザザ。だったらあの子に本当のことを聞いてみましょうよ。それが一番手っ取り早かったのよ」


ザザは今の状況を理解しきれていない。

私が教室の外に声をかけ入って来た人物に驚きを隠せないようだった。

入って来たのは怪我をして今日は学園を休んでいるはずの、あの子だ。


「…あぁ、来てたのね!怪我は大丈夫?心配していたの、どうしてここに?」

「ぁ…あの、ザザ様…」

「ねぇ聞いて酷いのよ。私を疑うような事ばかりいうの。あなたは私が保健室まで連れて行ったのよね?」


ザザは真っ先に切り替えて彼女に歩み寄ると手を掴んで詰め寄っている。

彼女が二の句を継げないでいるのをいいことに、自分のいいように話を進めようとしていた。


「ザザ彼女は怪我をしているのよ。座っていただきましょう」

「そうね。じゃあこっちに「こっちへどうぞ。ザザの隣は私が座っているから」


私はザザから彼女を奪い返すとマルクル先輩の隣へ案内した。

マルクル先輩が引いてくれた椅子に彼女を座らせると私も元の場所に座る。


「ザザも早く座って?お話ししましょう?」


ザザを呼べば渋々、私の隣に座った。

これでザザはもう自由にできない。愛しの人が目の前に居てその隣に彼女が座っているのだから安易に睨むことも難しいだろう。

私も、もう流されない。

今までザザのことを何でも受け入れすぎていた。信じすぎていた。唯一だと…思い違いをしていた。


「昨日、貴方の身に本当は何があったのか聞かせてくれるかしら?」

「はい…あの日、私はザザ様に呼び出され「その途中で滑って転んだのよね!」

「呼び出されて、それで?」

「人通りの少ないか「ねぇ私の言ったこと間違っていないでしょう!」


ザザはどうしてもその先を言わせたくないらしい。彼女が何か言う度に遮るのですっかり委縮してしまっている。


「すまないが、少し黙っていてくれるか」


マルクル先輩が冷たくそういうとザザは泣きそうに瞳を潤ませマルクル先輩を上目遣いに見上げた。


「マルクル様!どうしてそんなひどいことをおっしゃるの!」

「先に言っておくが、俺にとって今の君はただの容疑者だ」

「どうして…」


マルクル先輩はもうザザに取り合おうともしない。

先輩が「続けてくれ」と彼女を促したので彼女はまた、ぽつぽつと喋り始めた。


「人通りの少ない階段で、その日は私とザザ様の二人でした。私はそこでザザ様に…『私だって「やめて!いや、聞きたくない!」

「ザザ、何を怖がっているの?彼女はあの日あったことを話してくれているだけなのよ?ザザは何も悪くないのでしょう?」


言葉に窮したザザはキリキリと歯を食いしばって、ついには私のことを睨んできた。


「私たちいじめをどうにかしたいのなら最初からこうすべきだったのよ。休学したからと言ってあの二人を訪ねることが出来ないわけではないわ。そうしていればもっと早くに解決しただろうし、この子が怪我をする必要もなかったわ。ねぇ、ザザ?」


ザザはただひたすらに私を睨んでいる。

もし万が一、何かの手違いでもいい。もし、ザザが無実だったのなら私はそれを受け入れた。

私の勘違いだったと受け入れて謝って許してくれと縋ったわ。

そうでなければ、貴方が潔く自分の罪を認めてくれることを願っていた。

これは私の我が儘で、もう貴方のそんな状態を見たくなかったから。

でも、やっぱりこうなるのね。


「もう、終わりにしましょう」

「…どうして、なんで。貴方は私のことが好きだったじゃない」

「ええ。好きよ、大好き」

「私は貴方の一番のお友達でしょ」

「そうね。私の一番のお友達“だった”」


ザザは私の過去形な言葉に何故か愕然としたようだった。

どうしてだろうか。何をそこまで驚くことがあるの?貴方にとって一番が常に一緒ではないように私にだって変わっていくものなの。

それを教えてくれたのは、貴方よザザ。


「それでザザは何と言ったのだったかしら?」

「はい。『私だってこんなことはしたくないのだけれどあの子、マルティネス様が望んでいることだから』と…」

「そう、ありがとう。ザザ一つ聞いていいかしら?」


ザザは何も答えない。


「私がいつ、そんなことを望んだかしら?」


ザザは何も答えない。


「ザザ、答えてくれないの?」

「ねぇ、ザザ?」


ザザはまだ何も答えない。

この作戦はただ被害者を呼んで直接、容疑者を追い詰めるだけの作戦ともいえないようなお粗末なものだった。

これで重要なのは、マルクル先輩がこの場にいること。

私と被害者だけではザザは話し合いの場にすら立たずに逃げるだろう。

彼女が愛しの人だと言う先輩がいて初めて成り立つ。

逃げようとすれば、止めてくれと頼んでいたが彼女は先輩に余計なことを聞かれることを嫌ったのか逃げることはしなかった。

ザザは何故、私の名前を使って二人を休学にまで追い込んだの?

私はそんなことをしなくてもザザから離れることなどなかったのに。そんなこと、してくれない方が良かったのに。

いくつも聞きたいことも言いたいこともあったはずなのに、ついぞその全てが口から出てくることはなかった。


「さて、話はもういいだろう。彼女のことは学園側に報告させてもらう」

「…はい、よろしくお願いいたします」


マルクル先輩はうつむいたまま何も言わないザザを連れて行こうと立ち上がると、急に顔を上げた彼女が私を強く睨んで手を私の前に広げた。

瞬間、私の前を赤い熱気が迫って直ぐに消えていった。


「…おい、怪我は!」

「は、い。何も、大丈夫です」


先輩が直ぐにザザを引き離してくれたおかげで何もなかった。

ザザはどうやら意識がないようで動かない彼女を放って先輩は、私の顎を勝手に掴むと無理やりに左右に動かすので私は「大丈夫ですからやめてください」と離してもらうよう頼むのが先だった。

今さっきあまりにも一瞬過ぎて理解しきれなかったことを、ザザを片手で担ぎ上げている先輩に聞いてみると先輩は少し言うことを躊躇った。


「ねぇ、貴方。ザザは私に何をしたの」


席に座ったままだった彼女に聞くと顔を青くして、とても怯えているようだ。


「あ、あの、ザザ様の手から火が」

「…そう、ありがとう。怖かったでしょう、ごめんなさい。送っていくからもう戻りましょう」


成程。さっきのはザザが私の顔を焼こうとでもしたのか。そうか。

先輩が素早く引き離してザザの意識を落としてくれなければ私は危なかったのか。

私は…そこまでザザに嫌われていたんだな。


「マルクル様。私は彼女を送ってきますので、ザザはよろしくお願いいたします。詳細は明日にでもまたここで」

「…分かった」


私はそこで先輩と別れて彼女を送ると屋敷に帰った。

自室に戻って涙の一つでも出て来るかと思ったが、意外なことに何も流れてくることはなかった。

ただ今は、何も考えたくない気分だ。目を閉じてグレタが部屋の扉をノックをしても気づかないほどに深く、深く眠っていた。


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