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ザザの目を盗むため私は放課後になっても帰らずに生徒会室に近い階段で座って待っていた。

ザザはもう、とっくに帰ってしまっていると思う。だってもう机が荒らされていたから。

荒らす本人を見れたわけではない。ただ疑いだしたらそうとしか思えなくなった。

私は鞄を抱えて心もとない気持ちで鐘が鳴るのを聞いていた。しばらくすると上階が俄かに騒がしくなって当時の生徒会役員が揃って階段を降りてくる。

緊張で固くなる体を叱咤し立ち上がると降りてくる役員たちの中に当時の私には初対面の三人の姿もそこにはあった。

階下に居る私に、真っ先に気づいたのはリュドミラ先輩だった。


「あら、可愛い子。どうしたのぉ?」


当時二年生のリュドミラ先輩は初対面の私に話しかけ、何故か私を『可愛い子』と呼んだ。

私はその呼び方に困惑してうまく返事を返せないでいたが、リュドミラ先輩はそんなことは気にせず私の傍に寄るとぎゅっと握りしめていた私の拳をそっと開いた。


「そんなに握りしめては、傷がついてしまうわよぉ」

「あの…」

「リューダ、その子困ってるよー」


当時三年生のアンドリ先輩がそういうとリュドミラ先輩は残念と眉をさげて私から少し離れた。


「ごめんなさいねぇ」

「いえ。あのいやとかでは、ないので…」

「そう?ふふふ、嬉しいわぁ」


リュドミラ先輩のおっとりとした笑顔に私もわずかに体の力を抜けていくのを感じる。


「んで、誰かに用事ー?それとも全員とかー?」

「多分俺に用がある。気にせず帰ってくれて構わん」

「なら遠慮なく。リューダ帰ろー」

「もう?残念だわ。またね可愛い子」


マルクル先輩がうまく私の目的を察してくれたおかげで、他のみんなは先に帰っていく。

階段の前で私と先輩の二人だけが残ると、先輩は「場所を変えようか」と言って近くの教室に適当に入っていってしまった。

私が慌ててその背を追いかけると先輩は近くの椅子に腰を掛けたので私もその向かいの席に座った。


「それで何かあったのか?」

「…はい。あの…いきなりなことで信じていただけないかと思うのですが私、誰がいじめているのか分かってしまいまして…」


先輩は私のたどたどしい言葉をただ黙って聞いてくれていた。


「たぶん…ザザがやってると思います。でも証拠とかはないもので、私一人じゃどうしていいのか…」


一人ではやれることが少ないのだ。当然この世界にカメラなどなく、一人が証言したところでそれが信じられなければそれで終わりになってしまう。

だから第三者が必要だと考えた。

先輩に白羽の矢を立てたのはザザのことも私のことも知っているから都合が良かった。

ただ、それだけだ。


「分かった。証言役を引き受けよう。それで?」

「え?」

「それで君は彼女をどうしたいんだ?」


どうしたいか、などあまり考えていなかった。

彼女が本当にいじめの犯人であるならばそれをを止めたい、のはもちろんある。でも、それ以上に私は…。


「彼女の…ザザの真意を知りたいです」


ザザが実際、何を考えていじめなんてものをしているのか私には分からない。

だから…すべてを打ち明けて私が彼女のことを受け入れたのならばもう一度、元の二人に戻れるのではないかと夢を見ていた。

私はまだザザのことを諦められてなどいなかった。だって彼女から私はまだ否定されたわけではない。

もし彼女が私に対して何か思うところがあるのならば私は直して見せるから。

だから、そうしたら、また、彼女と、一緒に笑い合うことが出来るって…。


「…分かった。俺と君で彼女の犯行を確認でき次第、その場で生徒会室に連行。彼女を問いただすことにする。そこに同席するといい」

「はい、ありがとうございます…」


先輩はあまり乗り気のようではなかったけれど私の思いを汲んでこの提案を出してくれた。

話がスムーズに進んで本当に良かった。無駄に緊張していた気もする。

私の安心した表情にも先輩はどこか浮かない顔で私を見ていた。

今日はこれで終わり。

早くに証拠を掴んでおきたいので明日からでもすぐに動こうとなった。

狙うのは机が荒らされている場面。これを抑えられたらいいのだけれど…。


翌日。

ザザはまた私に「何かあった?」と聞いた。

私は昨日と変わらず「何もなかったよ」と答えれば今日の彼女はすぐに去っていった。

勝負は放課後。

ザザの後を見つからないようにつけて放課後、人のいなくなった教室で彼女はきっと何か行動をおこすはずだ。

計画のため昨日と同じようにザザに用事があるからと別れ、帰ったフリをして彼女の後をつけた。

ところが彼女は早々に学園から出て行ってしまって拍子抜けしてしまう。

あとから合流したマルクル先輩に事情を話すと、少し考えるように顎に指を当てていた。

当の私の頭の中は混乱しきりだった。

もしかして私はとんでもない勘違いをしてしまったのではないか。ザザは本当は何も悪くなくて、私は!


「明日、もう一度様子を見よう」

「はい…」


私は気落ちしてしまって先輩の言葉に頷くだけだった。

明日、どうにかなるのだろうか?本当に?一刻も早く突き止めて終わりにしたいと考えていたのに私の望まない方向に進んでいる気がする。

その日は、これだけで別れると私は屋敷に戻った。

明日のことを考えると重い気分がさらに重くなるのだった。


次の日の朝早くに教室に来ても、本当に何もされていなかった。

もしかしてやめたとか?それとも本当に別人だった?

自分の中の疑いが揺らいでいく。私にはもう確信をもってザザが犯人だと言えなくなっていた。

ザザが登校してきて、いつも通りに挨拶をしてくる。

私にはいつも通りに返す余裕はなかった。


「どうしたの?元気ないね?」

「ううん。大丈夫よ」


ザザが心配してくれている。


「少し保健室で休んできたら?それが良いよ!行こう!」


ザザは私の手を引いて保健室まで連れてきた。

心配だからだろうか、少し強引なザザに私は逆らえなかった。

保健室にお医者様はまだいなかった。私を空いているベッドまで連れてくると無理やりに寝かせて仕切りのカーテンを引いた。

これで外からは誰にも見えない。


「少し寝たら良くなるよ、それまで側にいてあげる」


優しいザザになんだか涙が出そうだった。

それを隠したくて布団を被ると昨日、あまり寝れなかったせいか急激に襲ってくる眠気に逆らえず私は本当に寝てしまった。


起きるとザザは当然だがいなかった。

ベッドから起き上がるとカーテンを開いて室内の様子を窺う。お医者様はまだいなかった。常駐とは…。

代わりに机の上にメモ書きが残っていることに気づく。


『寝ている生徒へ

起きたら授業に戻るように』


お医者様からのメモだった。どうやら起こさないように気を使ってくれたらしい。

少しすっきりとした頭で教室までの道を歩く。今は授業中だろうか?

静かで人気がないところをみるとそう思った。

自分の教室まで辿り着くと丁度、授業が終わったらしく鐘が鳴る。教師が出てくるのに鉢合わせないようにしてしまったのはなんとなくサボりのような気がしたから。

教師が私に背中を向けたのを確認してから教室に戻ると、何かざわざわといつもとは少し違う騒がしさがクラス内に広まっている。

何かあったのだろうか?

疑問に思いながらも自分の席に戻る途中で、後ろの席のザザが私に気づいて勢いよく立ち上がった。


「大変なの!花が置かれていたあの子、怪我をして早退してしまったのよ!」

「…うそ」


私は信じられない気持ちだった。

ザザは話を続けている。治療自体は学園のお医者様で対処できるものであったが精神的なショックで本人が早退を申し出たらしい。

それにお医者様も同行し寮の方まで送っているため保健室に不在だったそうな。


「またマルクル様のところに行きましょう!」


彼女は頬をピンクに染めて私に笑いかけたがその目は私ではなく、マルクル先輩に思いを馳せているようだった。

どうして…怪我人が出るまでになってしまった。

もしかして私が机が荒らされていることをザザに黙っていたから?

怪我人が出るなんて考えもしなかった。保健室から戻って来たというのに朝よりも顔を蒼褪めさせる私を「早く早く!」と強い力でザザは引っ張っていく。

朝の時とは反応が大違い。抵抗する気力もない私は先を行く彼女をこけないよう追いかけるのに精一杯だった。


「マルクル様!」


初め、ここに来た時のようにまたザザは元気にマルクル先輩を呼ぶ。

マルクル先輩はすぐに私たちに気づいて来てくれたのでザザは余計に嬉しそうだった。


「聞いてください!ついにいじめが再開されたんです!それでこの子がとても不安がっちゃって、話を聞いてくれませんか?」

「…分かった。また、放課後にでも話そう」

「はい!楽しみにしてますね!」


私は一言も発さなかった。ただ先輩は私をちらりと見てからザザの言葉を承諾してくれた。


放課後になると待ちきれないザザに手を取られ引きずられるように連れられて行く。

以前使っていた空き教室まで来るとすでにマルクル先輩が椅子に座って待っていた。


「それで何があったのか聞かせてくれるか?」

「はい!あの花が置かれていた子、今日怪我をして早退してしまったんです!私、怖くていてもたってもいられずマルクル様会いに行ってしまったんです。私やっぱダメです。マルクル様と話せなくなると不安になっちゃって…お願いです。少しでもいいからこうして放課後、毎日お会いできませんか?」

「その話はまた今度。…詳しくは把握しているか?」


先輩はザザの話を聞く気はないようで、私にそう聞いた。


「ごめんなさい。私が保健室で休んでいる間に起きた出来事らしくて…詳しくは…」

「そうか」

「詳しいことなら私が言えます!この子は少し参っちゃってて、私が明るくしていれば彼女も大丈夫だと思います!」

「いや、そうは見えないな。今日はもう帰った方が良い」


先輩の申し出は正直すごく有難かった。私は「そうします」と言って先に教室を出ると、屋敷に帰る前に怪我をして早退した子が借りている寮に訪ねることにした。

前に少し聞いていたのを覚えていて良かった。

小走りで寮がある敷地まで行き管理人にその子の部屋を尋ねると、ご厚意で教えてくれたので礼をして階段を上った。

部屋の前に来ると、深呼吸をしてからノックをする。

返事が返ってくるまでにしばらく間があった。


「ごめんください」

「もしかしてマルティネス様ですか?」


尋ね人の正体に気づくと彼女が扉を開くまで少し間があった。

怪我に障らないようにかラフな格好をしている彼女の服の隙間から包帯のようなものが覗いている。


「怪我をしたと聞いて…」

「はい。あの、わざわざ申し訳ありません。たいしたことはありませんので」


扉が開くと尋ね人の姿を確認するよりも先に周りに目を走らせ、私一人であることを確認してから彼女は青い顔で小さく笑みを浮かべた。

私がここに来たのは、あることを聞くためだった。


「ねぇ、怪我をしたとき誰か側にいた?」

「…それは…」


彼女は言いづらそうに目を伏せる。


「お願いよ。私に遠慮しているのならば気にしなくていいわ。絶対に貴方に危害を加えないと約束する。マルティネス侯爵家の名に誓って」


私が自分の家名まで出したことで、躊躇っていた彼女ははくはくと口を動かし私にも聞きづらいような声量でぽつりと呟いた。


「…ザザ、様…です」

「そう…他には誰かいた?」

「いえ…その時は。でも私ザザ様が悪いとか思ってないですから、これは私が不注意で」


彼女は何故かザザのことを庇っている。彼女の言葉は決定的なものであると、彼女自身にも分かっているはずだ。

庇う必要などないはずなのにどうして…。


「ザザ様はマルティネス様の一番ですものね。理解しております。私は誰にも言いませんから、どうか…」


彼女が勝手に続けた言葉に私は理解した。どうして彼女がザザを庇っているのか。

そしてザザがあの二人をなぜ休学にまで追い込んだのかなんとなく理解した。


「ええ、何もしないわ。聞かせてくれてありがとう。それと、ひとつ。私のお願いを聞いてくれないかしら?」


これはきっと私とマルクル先輩が掴もうとしていた尻尾よりも大きなものだ。

ザザに言い逃れなどさせない。

たとえ明日にでもザザに別れを告げることになろうとも。


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