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ソフィーが転校してきてから彼女の机を綺麗にするのを日課にしているわけだが、最近もう一つ日課が増えた。
それはソフィーが教室を出るまで私も教室に居座ることだ。
少なくとも私の目が届く範囲内で彼女に手を出すバカはいない。それを利用しているのだ。
有難いことにソフィーが放課後の教室に長く居残るようなことはなく、おかげで私も生徒会にそう遅れることなく行けているので問題はない。
今日も彼女が教室から出て行ったことをそれとなく確認すると私も友人たちに別れを告げ生徒会室に向かった。
友人たちには毎日のように「ソフィー嬢には何もしないようにね」と釘を刺しているが、私の見ていないところでは何をしていることか。
また帰る前に教室に寄っておこう。
頭が痛くなるような気分だったが一つ息を吐いて心持を切り替えた。
今日の生徒会業務は歓迎会も終わったことなので一時的な余裕があるが、そう高を括って余裕ぶってもいられない。
もうすぐ生徒の義務でもある、定期考査が迫っているのだ。
年4回、この定期考査はあるのだが考査期間に入ると7日間の生徒会活動禁止令が出され勉学に集中するように決められているので今のうちから始めなければ後が大変になることもがあるのも分かっている。
分かってはいるのだが、それを推しても今日はとある議題について頭を悩ませるべきだと私は思う。
「今日ソフィー嬢の机に、何かの死体らしきものが詰まった箱が置かれていました」
私の言葉にイリーナは「ぴぇ!」と情けない声を上げる。
「少しお耳に入れたいことがあるのですが…」の私の言葉から始まりみんなの注目を集める中、私が次に切り出した言葉にマルクル先輩は険しい表情を浮かべていた。
「そらまた、穏やかじゃないねー…」
「箱はどうしたんだ?」
アンドリ先輩は嫌なものでも見たとばかりに舌を出す。
私はマルクル先輩の疑問に朝の出来事を順に話していくと、重い沈黙がこの場を支配した。
「さすがに、放っておいていい範囲じゃない、ですよね」
「そうだな…。その狂気がいつ、本人に向かうともしれない」
「ど!どうしたら!」
プルーストは不安げに目を揺らしイリーナは事の重大さに泣きそうな表情を浮かべて怯えている。
マルクル先輩の気がかりはごもっともだ。私もそれは一番に危惧していることだった。
今日までソフィーは怪我らしきものをしていなかった。もしかしたら小さな怪我はいくつかしていたかもしれないが、本人は至って健康そうだったしそこまで優先して問題視していなかった。
ただ今回は違う。まだ本人じゃないだけで、いつあの箱の中身が本人になるか分からないのが怖いのだ。
もしソフィーが大怪我をするようなことがあれば、学園外に救急を頼むことになるが醜聞を晒したくないであろう学園は平民であるソフィーのことを切り捨てる可能性があった。
筋書きとしては『いじめに耐えかねた哀れなソフィーは学園外に逃げ、そのまま行方知れず…』とでもなるだろうか。
そんな想像はしたくないが、多く貴族の子息、子女を預かる学園としては平民の子くらいと考えることもありえない話ではない。
学園としては信用第一でなければ胸を張れないのだろう。
「まだ歓迎会の時の話も聞けてないわねぇ」
「それのついでに一度ソフィー嬢と話してみないと、本人がどう思っているか…」
「問題は誰が聞くのかだけどー…」
アンドリ先輩はおもむろにマルクル先輩を見る。
私もアンドリ先輩の言いたかったことの続きが分かってマルクル先輩を見た。
「なんだ、お前ら」
「いえ。ただソフィー嬢はマルクル先輩にお菓子渡す予定があるんだよなぁ、と」
「お!いいじゃーん!ついでに話聞いてきてよ!」
「断る」
マルクル先輩の眉間に深い皺が刻まれている。対する私たちはマルクル先輩に押し付ける気満々で笑顔を浮かべている。
どちらも譲れぬものがあると間に火花を散らせているとリュドミラ先輩がおっとりと割って入った。
「あら、クラウス?女の子との約束を反故にするのかしらぁ」
「いや…それとこれとは」
「ひどい奴だなークラウス」
「女の子からのプレゼントくらい喜んで受け取らなきゃですよ、先輩」
リュドミラ先輩の言葉に加勢する私たちを思い切り睨みつけるマルクル先輩。
それも気にせず私たちは言葉を続ける。
「もし先輩がお菓子を受け取る気がないと知ったら、ただでさえ不遇な扱いを受けるソフィー嬢はどう思うか…」
「ダメよクラウス。お菓子くらい受け取ってあげなきゃ」
「そのつ・い・で・に、話聞いてくるくらい難しいことじゃないよなー」
マルクル先輩は眉間に溝が出来るんじゃないかと思うくらい顰めている。
天然なのか分からないリュドミラ先輩とわざとの私たちで徐々にマルクル先輩を追い込んでいく。
3対1の構図で私たちが負けるはずもなくマルクル先輩は渋々と、本当に渋々と苦虫でも嚙みつぶしたように小さく舌打ちをして「分かった。俺が聞いてくる」と諦めた。
「お菓子も受け取ってきなさいねぇ」
「…あぁ」
やっぱりリュドミラ先輩は天然なのか?
ともかくマルクル先輩に押し付けることには成功したし、私たちは先輩が話を聞いてくるのを待つことになった。
これは私の推測だがマルクル先輩がソフィーに会いに行くようなことがなければ、彼女はきっとマルクル先輩の教室まで押し掛けることだろう。
そうなるとまた騒ぎになるのは必至。マルクル先輩が訪ねても騒ぎにはなるのだが、今回は事情聴取という大義名分があるため他は納得を見せるしかないだろうという考えも少しくらいあった。
9割九分九厘は先輩に押し付けたかったからだけど。
「そうだ、先輩。私ソフィー嬢に嫌われてるっぽいのでソフィー嬢といるときに私に話しかけないで下さいね」
「ええ!なんで!!」
「分かった」
先輩が返事するよりも早くイリーナが反応したので会話に挟まる形になってしまった。
「嫌われてるって、嫌な気持ちになるでしょ?大丈夫?辛くない?」
「大丈夫よイリーナ」
「わたし、ぜんぜん気づかなかった…ごめんね」
イリーナが謝ることは何もないのだけれど、本当にいい子だと思う。
人の喜びを一緒に喜べて、人の悲しみをその人以上に悲しめる。そんな彼女に私はいつも助けられているのだけれど、いつかそのことを言える日が来るだろうか。
面と向かって言うには今はまだ照れくささの方が勝ってしまうが、きっと彼女はいつ言っても花が綻ぶように喜んでくれるだろうことは想像に難くない。
さてソフィーのことで頭を悩ませるべきは他にもある。
誰があの箱を置いたかだ。
これに関しては犯人捜しをしようにも、まだ何も手掛かりらしきものを得られていないので明日から探すことになるだろうか。
「これは噂でもなんでもいいから、一度ソフィー嬢関連のことで集めてみるかー」
「嘘も多いと思いますけど」
「それは承知の上で洗い出しから始めよー」
まず大まかにソフィーのことを避けているだけの生徒と、実際いじめているであろう生徒で分ける。
とりあえずはいじめている生徒を中心に洗い出しそれらしい子をピックアップしていくやり方ではたして見つかるかどうか。
正直な話、こちらの成果はあまり期待していない。
私たちはその手のプロでもないので、何か成果が得られるといいのになーくらいなものだ。
「俺はもう手伝わんからな」
「すねんなよー」
マルクル先輩が頬杖をついてそっぽを向いてしまったのをアンドリ先輩がものすごく弄っている。
まぁ先輩にはソフィーから話を聞いてくるという大役が任されていることだし犯人捜しの方は私たちに任せてもらえればいいだろう。
私としては友人たちから噂を収集する程度しか役に立てなさそうだけど。
この議題はまた明日以降に持ち越しとなったので今日のところは一旦、終了。
残った時間で雑事をぼちぼちと片付けて今日はもう終わりになるだろうか。
マルクル先輩も明日になれば早速行動してくれるだろうし、はたしてどんな話が聞けることやら。
今日も鐘がなって業務を終わらせ全員片づけまで終わらせると全員で揃って生徒会室を出ることとなった。
六人で階段を降りていく途中、私は「忘れ物をしたのでちょっと教室に寄っていきます。先に帰っててください」と一人抜け出した。
私が生徒会に行くまでに懸念していた通り、ソフィーの机の上には椅子が反対にさせられて乗せられていた。
前世でやっていた掃除の時間に机と椅子をセットで持つために乗せるときの形に似ている。
この学園に掃除の時間なんてものはないし、生徒たちが進んで掃除をしているのを見たことはないけれど。
朝の箱のようなものが置かれている気配はなさそうだ。
この程度で済んでいることに、ある意味で安堵して椅子を元に戻した。
明日、どうなっていることか…。
またあの箱のようなものが置かれていたとしたら、今度は学園の中を練り歩いてみよう。
誰が来ているのか把握できれば犯人捜しに大きく貢献できるかもしれない。とは思うのだけれど、もうあんなものが置かれることがない方が良いに決まっている。
用事も終わったので私も早く帰ろうと教室を出て、みんなが先に降りて行った階段を今度は一人で降りていく。
もう誰も見えない階段にコツコツと靴音が響き渡るのにどこか物寂しさのようなものを感じていると、階下にマルクル先輩が居るのが見えて足を止めた。
窓に寄りかかっている先輩は階段の踊り場に突っ立っている私に気づくと「用事は終わったのか」と訪ねてくる。
どうやら待ってくれていたらしい先輩に気障なことをする人だと眉を下げて笑みを浮かべた。
階段を降りながら「待っていてくれてありがとうございます」と礼を述べれば窓から離れて私の方に歩いてきた。
「終わりましたよ。先輩は何か私に御用ですか?」
「用、というほどのものはないな。ただプルーストとデレルが心配していた」
「あら。そうでしたか」
二人とは生徒会の帰り一緒に玄関まで降りるのが恒例になっているのだがここ最近、私が必ず教室に寄るものだから何か違和感を持っていたらしい。
そこまで気が回っていなかった。失敗したなぁ。二人には後日謝っておこうと決めて先に階段を降りて行ってしまった先輩を追いかけた。
「先輩は寮暮らしでしたっけ?中等部からいらっしゃる方は寮が多いんですよね」
「そうだな。馬車で通学は面倒だろう」
「まぁ少し遅れると混みあいますけど早くに来れば問題ないですし」
この学園、高等部だけでなくなんと初等部と中等部も存在しているのだ。
初等部から入る子は少ないのだが中等部からはほとんどの男児が入学をすることになる。
さすがに初等部の子を寮に住まわせることはしないが中等部からの子たちは寮を借りることが出来るようになるので借りる人が多いのだ。
先輩も中等部からこの学園に通っているので寮で暮らすのも、もう七年目になるのか。
今年いっぱいで卒業になるので寮も出ることになるがやはり七年も暮らしていればそれなりに愛着も沸くだろうな。
近くにマルクル公爵家の屋敷も用意されているらしいが使うことは少ないと前に教えてくれた。
「もうすぐ定期考査ですね。先輩は勉強してますか?」
「そこそこにはな。評価点は筆記よりも実技だろうが」
「あー。実技ですか…私そこまで自信ないんですよね」
「そこまで下手でもないだろ。十分じゃないか」
「先輩に言われると自信なくします」
「なんでだ」
あくまで学園なのでそこまで広くは作られていない。
少し話しているうちに玄関まで着いて御者を待っていると、そう時間もかからず我が家の馬車がやってきた。
「それじゃ先輩。明日楽しみにしてますね」
「はぁ…分かっている。…前にも言ったがお前がそこまで背負い込むことはないからな」
先輩は散々だとばかりにため息をついて、表情に憂いのようなものを漂わせているように見えた。
私は最後の言葉には何も答えず愛想笑いを浮かべて馬車に乗り込んだ。
別に背負い込んでいるつもりは全くない。ただソフィーが今こうなっている原因の一端は私にもある。
私がそれに勝手に罪悪感を覚え、勝手に罪滅ぼしをしているだけなのだ。あの程度のことで彼女の今の事情が変わるわけもないのに、ただの私の偽善でしかない。
私にはいつもこんなことくらいしか出来ないのだから。




