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平安異聞——飛鳥物語——  作者: 亜十野まつり
1/2

巻第一・一 日常と非日常

平安時代をモチーフにした異世界モノです。

これを読めば古典の知識が身につくというわけではありませんが、一応元ネタも載せる場合があるので、入り口として詠んでいただくのもいいかと思われます。


 俺は異世界を一から作りたいと思っている。無論既存の異世界転生モノは全て作者の想像した異世界にほかならず、俺のやることは彼らとあまり変わらないと思うものもいるだろう。

 だが、決定的に違う点がある。

 それは俺自身が作った異世界に俺自身が暮らすということ。

 そんな夢物語を今からかなえたいと思う。

 まあ、宛ては無いが、妄想の中でならな……


 時は20XX年東京。夢も希望も失った俺は自室の机にただひたすらにうなだれていた。

 格安で紹介してもらったボロアパートは風呂トイレ有、光熱費込みで月3万5千円。23区内にしては破格ともいえる。

 神経質でやや潔癖なので、ボロアパートとてゴミ屋敷ではない。

 

 やりたいことも途中で投げ出し、かといって「最低限の環境だろうがちゃんと生きたい」などというプライドだけは捨てきれず、近所のコンビニでやりたくもない接客をし、うざい客に絡まれたりする日々。やめてしまえばこのアパートには住めないため、俺を人たらしめる最後の砦と言い聞かせ、怠い体に鞭打って働いている。


 恋人もなく、友人も少ない。そのため家ではひたすらごろ寝をしては、妄想にふけっており、理想の彼女と付き合うような痛い小説を書いては悦に浸っている。

 「ああ、彼女がいたら俺ももっと頑張れるのに」

 (自己分析)否、この男はそれでも頑張らないだろう。

 今まで中途半端に物事をやっては、失敗してを繰り返し負けなれているのだから。

 今更、女の一人できたところで、怠惰に性を貪るのが関の山。その上相手が自立した女性であれば、ひも生活はまっしぐらである。

 まあそもそも、こんな出来損ないに救いの手を差し伸べてくれる女がいればなのだが。


 そんなこんなで生活を続け、彼女ほしいなどと願って早一週間、俺は以前から狙っていたバイト仲間と付き合い始め、間もなくボロアパートの部屋をしっかりと掃除し、彼女を招待した。


「古そうな割に、きれいですね」

「ああ、普段からそこそこ掃除してるし、入居時に若干のリフォームがあったからね」

 決して嘘はついていないが、彼女と付き合い始めてから直ぐに掃除をし、呼ぶ体制を整えていたのである。

 せっせとセッセの為に。我ながら性に関しては貪欲で、用意周到であると思う。

とはいえ、彼女のことが好きで、ゆっくりと過ごす休日への憧れもあったのかもしれない。

 なんていったって、飛び切りかわいい上に久々の彼女なのだから。


 彼女が白いカーペットにやや汗ばんだ素足でこちらに目配せしつつ、踏み入るが、正直潔癖なんて属性は忘れていた。むしろどんどん踏み荒らしてほしい。心の底から好きと思える女に対しては遠慮してほしくない。


彼女は腰を下ろすと、ふと、彼女は足元に置いてあったありふれたデザインのやや年季の入ったノートに気づく。

「ん、これはなんですか?」



まずい。それは俺の書き溜めた痛い妄想むき出しの恋愛小説。見られたら一巻の終わりだ。

「あ、それは……」

付き合いたての彼女はページをぱらぱらとめくり始め、何かを理解したのか、最初のページから読み始める。

 終わった。因果応報。仕方ない。彼女を汚そうとした結果がこれだ。


 黙々と読み始めて数分後、俺に一切構わなかった彼女が、ノートを置きにこやかに俺を見てくる。

 「なかなか面白いですね。先輩が書いたんですか?」

 彼女はバイトの後輩で、年下。俺のことを先輩と呼ぶ。

 「あ、うん。そうだよ。え、なんて?」

 「だから面白いですよ、この小説。主人公の恋愛観とか、相手の女性との掛け合いとかなんかありそうでなさそうな。とにかく好きですよ」

 「そう? ありがとう。なんていうか、こういうの好きな人に褒められたためしがないし、むしろ否定されてたことが多いから、嬉しいな」

 嘘だろ。俺の妄想と痛さが凝縮したこの小説が最愛の人に評価されるなんて。

 まあ、付き合って一週間だが。

 だが、素直にうれしい。頼むこれ以上卑屈になるな俺。信じろ彼女を。

「私がこれ見て引いてたら先輩どうなっちゃうんでしょうね」

 なんだこの小悪魔的な発言は。もし結婚したらこのことをダシに一生尻に敷かれるのか。それはそれでアリだが。いやお願いします。

「まあ、うん。引かれたらそれまでかな。自分でも恥ずかしいと思っている。小説を詠まれるなんて、尻の穴をさらすような気分だから」

「なんですか、それっ。先輩ってたまに意味不明なこと言いますよね」

「まあ、これでも昔は意味不明の二つ名で通っていたからな。親も俺の名前を意味不明にしようか悩んで市役所に行きかけたとか」

「それはつまらないです。でも、こんな風にワタシに酷評されて、辛くなってしまったのなら、私に泣きついてもいいんですよ? 今のはワタシの責任ですし」

 なんだこのノリツッコミなりの速度の飴と鞭は。まあ、いいだろう。

「では失礼して」

 彼女は意外と俺の侵入を拒まない。むしろ優しく包み込んでくれる。

温かい膝の上の感触。足が長くきれいな彼女の夏服は、足の美しさを引き立たせるべくミニスカートをはいている。

「部屋が涼しいと、こうしてくっつかれても暑苦しくなくて快適ですね。ウチなんておばあちゃん家だからわりと扇風機付けてる感じです」

「ああ、この前言ってたよね。冷房の文化が始まる前に生活様式が確立されてしまったのかな」

「なんですか。また難しいこと言って。でもそういうの嫌いじゃないですよ、センパイ」

 若干艶めいた声で囁く彼女の瘴気にやられ、どうやらもう我慢ならない様子だ。


 彼女は意外にも処女だった。


「先輩、疲れたし、お腹すいたので、コンビニでなにか買ってきてくれませんか~。先輩のせいなんですよ~」

 事後にやや息の乱れた様子で甘えてくる彼女に、俺はあっさりと服従した。


 俺の家からバイト先のコンビニは近い。

「らっしゃいませ~」

やや崩しつつも、はっきりとした声で言う店員。

「あ、今日休みっすよね。どうしたんすか珍しい」

「まあ、な。色々あるんだよ」

 そう、俺は自分の職場で買い物をめったにしない。せいぜい仕事終わりで疲れた時に、夕飯を買って帰るくらい。だから彼にとっては俺は珍しい来客というわけだ。

「あれ、これ飛鳥ちゃんがよく買ってるやつっすね。交代時にいつも買って帰るんすよ。もしかして、ナラさんも飛鳥ちゃんきにしてるかんじっすか? まあ、内緒にしておきます」

「はは、そんなところかな……」

「なんか歯切れ悪いっすね。まあ、偶然ってことで。ゆっくり休んでまた明日よろしくっす」

「またな」

 俺と彼女が付き合っているなんて言えない。でもヤツもよく知っているな。もしくは奴が知ってると分かったうえで、このぷるぷるメロングミを買わせた? まさかな。


 うだるような暑い日差しと陽炎揺らめく高温のアスファルトに挟まれながら、帰路につく。

 はあ、早く帰って涼しい部屋で飛鳥とイチャイチャしたいものだ。なんというか、俺の小説をあんなにも褒めてくれて、初めてまでくれた愛らしくも、小悪魔的な年下彼女。

 つい数日前まで、異世界云々と現実逃避していた俺はいずこへ。これは彼女に発破をかけられて一念発起。高給取りも夢じゃないか?

 なんて考えつつ、アパートにつくと、なぜだか鍵が開いていた。


「あれ、俺カギ閉め忘れたっけ。てか飛鳥は疲れてたし、服着て無かったからさすがに外には出て無いはず」

 中が何やら騒がしい。こころなしか飛鳥が何かを言っているような気もする。

 急いでドアを開け、通路すぐ横の部屋のドアを開けると。

 片づけたはずの部屋は少し乱れており、なんだか生臭かった。

 それよりも、気づきたくない大きな変化がそこにあった。

 そう……

「せん、ぱぃ……好きだよ」

 そういって動かなくなった飛鳥。どうやら疲れて寝てしまったのか。

 いや、そうではないらしい。

 彼女の腹にはナイフが深々と刺さっており、部屋の白かった絨毯は真っ赤な鮮血に染まっていたのだから。

 テーブルに転がる剥きかけのリンゴの方がまだ薄い色をしている。

「クソオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 俺は何が何だかわからず、取り乱しつつも、スマホで救急車に電話をかけていた。

「ああああああの、おおおお、レのあすかがっっ」

 まともにしゃべることもかなわない。

『どうしました、大丈夫ですか。なにがありましたか』

 冷静でいろという方が無理だ。


 結論から言おう。

 彼女は死んだ。あの愛らしい笑顔は二度と見ることができない。

 死因は腹部からの出血によるショック死。

 死亡直前まで犯人は彼女を蹂躙し、首を絞められた跡や、打撲痕もあった。

 よほど腕力があった人間の犯行のようだ。ただ奇妙なことに検出された体液……DNAは類を見ないもので、謎が多いという。まあ、今更どうでもいいのだが。


 俺は念願の幸せを掴むことができたと浮かれていたが、それも消え去った。

 残るのは憎しみと空虚さのみ。

 「死にたいって、こういう時に思うんだろうか」

 聴取を受け、ひとまず事件現場である俺の家に帰れるはずもなく、その日の夜はホテルに泊まることにした。

 ホテルの柔らかいベッドに身をゆだねると体がどんどん沈んでいくようだ。このまま白き深淵に深く、深く……


 ふと暗闇に一筋の光明が差し、耳に心地の良い中世的な声が響き渡る。

『汝に機会をやろう。娘と再会し、復讐を果たす』


「ん、なんだこれは……」


『汝が創造せし世界に娘はいる。娘の記憶は汝により解き放たれる。汝が世界にて娘を探し出した時、再び結ばれるであろう』


「一体、どういうことだ」


『しかし、汝には使命がある。世界は未だ未完成。所詮創造物にすぎぬ故、汝の書いた最後の場面が訪れるまでに娘を探し出さねば貴様は再びここで目覚めるだろう。チャンスは一回のみ、創造主故に理解する世界の構造の異物を探せ……』


謎の声を聞き自分が如何に疲弊しているかを悟る。夢だというのに。内容はあまり入ってこなかった。だが、俺にとってなにかチャンスを与えてくれているというのはわかった。

「異物ねぇ」

一方的な声は俺の意思などお構いなしのように、超然的な態度で、だが自然と畏敬の念を覚えるような神々しさがあった。

「まあいい……」

こうして再び深い眠りについた……。



 目覚めるとそこは中世ヨーロッパ風異世界の農村。

 なんてはずもなく。漆塗りの板張りの床、現代の感覚では若干ごわついた薄い布団、マットレスなどではなく固い畳のようなベッド。


 寝ぼけ眼でも、即座に理解した。ここが俺の思い描いた異世界であると。


 平安時代を思わせる寝殿造りの貴族邸。

 位置にしては下衆の類が陣取るにしては良すぎる。

 俺は貴顕の物なのだろうか。

 出世街道など知らない。しがないフリーターなのに、越階はなはだしい。


「だが、夢にしては鮮明すぎるな。五感が働いている」

 

「にしてもそこそこ暑いな」


「あれ、夢、じゃない?」


続く


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