六行:牛魔王
蛾の形をした妖魔、鉄扇蛾が低空飛行に移ったため、その形状をはっきりと見ることができた。
大きな二枚の翼と球状の頭部、爪のある二本の足、そして長い尾を持ち、腹部の下の箱状の構造から白煙を噴出して飛んでいた。
「あれはやはり砂嵐の中で影を見た妖魔。…しかし人が乗れるほどの大きさはなさそうだが。」
突然、鉄扇蛾はくるりと回転して背面飛行に移った。
そのまま牛頭羅刹に向かってまっすぐ飛びながら、翼の先端のモリ状の構造を前方へ射出した。
さらに、長い尾が後方へずれ、本体から滑り落ちた。
二本のモリも尾も、特に推進装置は持たなかったが、鉄扇蛾の飛行の慣性によりそのまま鉄扇蛾と平行して飛び、徐々に高度を下げていった。
「牛頭羅刹に向かって何かを打ち出した!何をする気だ?」
一方の牛頭羅刹は、鉄扇蛾の進行方向に合わせて、上体を前傾させていた。
上体が前へ倒れそうになるが、下腿前面の装甲が開いて中から三本の爪が現れ、がしっと地面に刺さって牛頭羅刹の体を支えた。
★牛頭羅刹と鉄扇蛾の合体(一)
背面飛行の鉄扇蛾が牛頭羅刹に近づき、翼先端のモリと尾を分離する。牛頭羅刹は状態を前に倒して待機する。牛頭羅刹の下腿前面の装甲が開き、中から三本の爪が展開する。頭部の角も左右に開き、腕の先端が伸びる。
★牛頭羅刹と鉄扇蛾の合体(二)
鉄扇蛾が牛頭羅刹の背に合体する。起き上がる際に鉄扇蛾から射出されたモリと尾を拾う。
鉄扇蛾のモリと尾は高速で地面に落ちたが、そのまま滑走し、まもなく牛頭羅刹の左右と股の下で止まった。
鉄扇蛾は既に白煙の噴射をやめ、翼を上方に傾けながら静かに滑空していた。
「合体するのか?」
唖然とする玄奘。彼にとっては玉龍や斉天猴も脅威の存在だったが、敵もまた同様の妖魔を所有していた!
鉄扇蛾は誘導されたかのように静かに牛頭羅刹の背に乗って、固定された。すると牛頭羅刹は上体を上げた。
★牛頭羅刹・鉄扇蛾合体形態、牛魔王
合体すると全身が赤熱し、翼に炎の紋様が浮かび上がる。武装は双叉銛。
同じ牛頭羅刹の体であったが、元の形態にくらべると足が伸び、足先に爪が展開し、両腕先も若干伸び、頭部の角が左右に開いていた。足から地面におろされていた歯車状の車輪も、足の中に収納されていた。
「はっはっはっ、これが東突厥軍の誇るあかがねの妖魔、牛魔王だ!」賀魯が勝ち誇ったように叫んだ。
牛魔王は、先ほど鉄扇蛾から射出されたモリと尾を拾うと、モリを尾の先のさやにはめ、二またのモリ、双叉銛を組み立てて構えた。
とたんに牛魔王の全身の色が赤く変わり、もと鉄扇蛾のものだった翼の中に炎の模様が光り輝いた。
「やつの色が変わった!なぜだ?」
「全身に力がみなぎったため、発熱し、発光しているのです。」
斉天猴の操縦室の中で玉龍の声が響いた。
鉄扇蛾と合体して丈が大きくなった牛魔王は、右手に握っている双叉銛をぶんと振った。そして再び持ち上げると、尖端を斉天猴の方へ向けて身構えた。
「玉龍、斉天猴の武具はまだか?」牛魔王の様子を見て玄奘が尋ねた。
「玉龍の体はまだ天高くいて、武具を送ることができません。今しばらく持ちこたえて下さい。」
「しょうがない。…こいつを操縦して体術ができるかわからないが、やってみるか。」
玄奘は操縦桿を操作して、斉天猴に拳法の構えをとらせた。
その瞬間、牛魔王が双叉銛を鋭く突き出した。前腕の外側ではじいてかわす斉天猴。しかし牛魔王は双叉銛を引いては尽き、引いては突きをくり返し、斉天猴はその猛攻をかわすのがやっとだった。
「玄奘、右前の取っ手を手前に倒してから、右手の操縦桿を引きながら先端の突起を押して下さい。」
玉龍の指示に玄奘が従って操作したとたん、前に突き出した斉天猴の掌の噴射孔からどばっと白雲が噴き出した。
白い水蒸気に包まれる牛魔王。その攻撃が止まった瞬間に斉天猴は白雲の中に突入すると、右拳を牛魔王の腹部に突き込んだ。
にぶい音が響いた。しかし牛頭羅刹の時と違って牛魔王はびくともせず、双叉銛を一旋して斉天猴をふりはらった。
「効かないか!」
いくつかの取っ手を切り替えて踏み板を踏み込む玄奘。とたんに斉天猴の両腕が下に伸びて先端の噴射孔から白雲が噴き出し、斉天猴の体が浮かんで上空へ舞い上がった。
斉天猴のたてた白雲の中で首をあげる牛魔王。
次の瞬間、牛魔王の背中の、もともとは鉄扇蛾の推進装置だった箱状の構造から白煙が噴出した。牛魔王の体も宙に浮き上がる。
徐々に飛行速度をあげる斉天猴を、翼を広げて追う牛魔王。
スピードは斉天猴の方が上だったが、牛魔王は開いた翼でゆっくりと旋回しながら、双叉銛を斉天猴の方へ向けた。
「気をつけて下さい!」玉龍の声が響いた。
玄奘が牛魔王の様子を見るために斉天猴を旋回させたその時、牛魔王が双叉銛を投げつけた。
高速で直進する双叉銛。玄奘は斉天猴をぎりぎりでかわさせたが、操縦に不馴れなため斉天猴のバランスが崩れ、きりもみしながら降下し始めた。
牛魔王は双叉銛の進行方向へ直進し、勢いがなくなって上空から落下してきた双叉銛をうまく受け止めた。
再び双叉銛を構える牛魔王。一方の斉天猴はなんとか体勢を立て直して地上に着陸した。
すかさず上空から斉天猴に向かって双叉銛を投げつける牛魔王。まっすぐに玄奘の乗っている斉天猴の頂部めがけて飛んでくるが、着陸したばかりの斉天猴には逃げ出す余裕がなかった。
それでも玄奘は何とか斉天猴の上半身を回転させ、その結果双叉銛が斉天猴の左上腕に突き刺さった。
左腕から突き出た双叉銛を見る斉天猴。
「動力回路、制御回路ともに損傷を免れました。飛行も可能です。」
「そうか、それは良かった。」
玄奘は玉龍に答えると、斉天猴の右手で左腕に刺さった双叉銛を抜いた。
斉天猴の眼前に逆噴射の白煙をたてながら着陸する牛魔王。今度は斉天猴が双叉銛をふりかざし、牛魔王めがけて投げつけた。
直進する双叉銛。しかし牛魔王は左手をあげると、双叉銛の二また部分を難なく受け止めた。
「力も倍増しているのか?」
右手に双叉銛を持ち替えて構える牛魔王。玄奘が思わず斉天猴を後ずさりさせた時、南天から竜巻きのような雲の渦が現れ、地上に向かって降下してきた。
「玉龍が参りました。如意棍を切り離します。うまく受け取って下さい!」