五行:斉天猴
斉天雲は玄奘たちのそばまで飛んでくると、変形を始めた。
まず、胸の底部にある逆鱗の装飾がはずれて後方に伸びた。そして後方で百八十度回転すると、両脚となって両腕とともに下方へ回転した。
★斉天雲の変形(一)
底部に接着していた両脚が後方へ展開し、さらに腰ごと百八十度回転する。
★斉天雲の変形(二)
両腕と両脚が下方に回転して、そのまま着陸する
★斉天雲猿人形態、斉天猴
両脚より巨大な両腕が怪力を誇る。
そのまま逆噴射して玄奘の目の前に降り立つと、氣瓣を装着した玄奘を右手で頭上にすくいあげた。
玄奘は頭上のハッチから滑り込むと、両脚よりも巨大な両腕を持つ類人猿形態となった斉天雲、斉天猴の操縦席に腰をおろした。
「ば、馬鹿な。…斛瑟羅の操る鉄牛と同じような化け物がいて、それをあの坊主が操るとは。」驚愕する賀魯。
一方、玄奘は、初めて乗った斉天猴の操縦席で、操縦桿を握りながら周りを珍しげに見回していた。
「これが、第一のしもべか。…内部は玉龍の頭の中とそう変わらないが。」
ためしに操縦桿を動かしてみる玄奘。その操縦桿は一本の棒ではなく、途中に二か所の関節がついていて、微妙な動かし加減で斉天猴の両腕を自在に動かすことができた。
「三節棍みたいだな。」
前進、後退はペダルを足で踏んでできる。細かい動作は自動的に調整された。
「なるほど。これは絶妙だ。」
斉天猴にいくつかのポーズをとらせて感心する玄奘。
賀魯は予想外の斉天猴の出現にあっけにとられていたが、牛頭羅刹が再び雄叫びを上げたので、はっと我に返った。
牛頭羅刹を見上げる賀魯。斉天猴よりも丈の高い牛頭羅刹は、斉天猴の出現に臆するどころか、逆に興奮したようだった。
斛瑟羅と呼ばれた牛頭羅刹の操縦者は、韓志和が追っていた罪人のひとりであった。そのため斛瑟羅は、斉天猴が追っ手である韓志和の機動兵器とすぐに悟り、いきりたったのである。
この時代、地球から遠く離れた銀河では、ナル星系人類が爆発的に宇宙に進出していた。
彼らは、居住可能な惑星を発見すると植民して、次々と新しい国家を建設していった。
それらの国家間の勢力争いで、しばしば紛争が発生した。
最も勢力のある星間国家ベルネスは、宇宙の警察を自認し、その監察軍が全宇宙で起こっている種々の紛争の鎮圧に乗り出していた。
中でもベルネス監察軍が特にマークしていたのが、斛瑟羅が所属していたテロ集団である。彼らは高額で雇われ、星々で牛頭羅刹などの妖魔を操って破壊工作を行い、各地の紛争の実質的な発動者だった。
ベルネス監察軍はこのテロ集団を周到に追跡し、ついに中核の集団が宇宙母船に同乗して移動するところをつきとめた。
執念の追撃。そしてその母船にようやく追いついたのが、韓志和が搭乗していた監察軍巡洋艦だった。
追撃を続ける巡洋艦。しかし、はるか辺境の地球のそばまで追い詰めたところでテロ集団の反攻にあい、激しい交戦となった。
数時間に及ぶ艦砲射撃戦の末、最終的に斛瑟羅らは母船を破壊され、何隻かの小型艇に分乗して地球へ不時着した。
一方の巡洋艦もテロ集団の反攻で致命的な損傷を受けていた。韓志和はかろうじて巡洋艦に搭載されていた惑星内哨戒メカである玉龍に飛び込んで、爆発する巡洋艦から脱出し、同じように地球へ不時着した。
韓志和は技師で、兵士ではなかった。巡洋艦から脱出できた軍人はひとりもいなかったようだった。
また玉龍は、燃料を補給する母船である巡洋艦が失われてしまったため、地球上では長時間の行動ができなくなった。
そのため韓志和は斛瑟羅らをそれ以上追うことはできず、落ちのびた唐の国で、外国の技術者と称して糊口をしのいでいた。そこで運命的に出会ったのが、若き僧、玄奘である。
一方の斛瑟羅は仲間とはぐれ、牛頭羅刹を搭載した小型艇でゴビ砂漠に不時着した。小型艇は不時着時の衝撃で使用不能となり、斛瑟羅は牛頭羅刹で隊商を襲って食物などを奪っては、どうにか命をつないでいた。
その彼の前へ現れたのが東突厥の賀魯だった。
賀魯は斛瑟羅に傭兵になることを要請した。代価は安定した生活だった。もともと傭兵であった斛瑟羅はその要請を受け、盗賊まがいの生活から足を洗ったのである。
それからの斛瑟羅は、賀魯の命令のままに、西突厥の軍隊を襲ったり、唐の国境を荒らしたりした。玄奘が玉門関で目撃したのも、その破壊活動のひとつであった。
しかし今、目の前に監察軍の機動兵器である斉天猴があらわれた。
斛瑟羅は自分が監察軍の追っ手についに追い詰められたものと勘違いをした。恐慌に陥った斛瑟羅は、賀魯の命令を待たず、牛頭羅刹を斉天猴に向かって突進させていった。
牛頭羅刹も斉天猴も特に武器は持っていなかった。牛頭羅刹の角は突撃用の武器というよりは、操縦席を守る障壁に過ぎなかった。
牛頭羅刹は背の低い斉天猴に接近すると、右腕を振りかぶって打ちおろした。
しかし斉天猴は、牛頭羅刹よりも巨大な左手で難なくその打撃を受け止めた。あせって左拳を打ちおろす牛頭羅刹。しかしそれも斉天猴の右掌で受け止められた。
両腕で押し合いながらしばし対峙する牛頭羅刹と斉天猴。しかし斉天猴の力がまさり、牛頭羅刹を押し戻した。
咆哮をあげる牛頭羅刹。身悶えして何とか左手を斉天猴の右手から振り放したが、とたんに自由になった斉天猴の右腕が牛頭羅刹の上体に強烈な一撃を食らわせた。その衝撃で後方に転倒する牛頭羅刹。
「何て強力だ!」
玄奘は斉天猴の操縦席でその力に驚いていた。しかし、これからどうしたら良いか、見当がつかなかった。
牛頭羅刹は地面に転倒したが、明らかに壊れたわけではなさそうだった。その体はそこそこ頑丈で、斉天猴の力でも機動不能にするのは容易でないだろう。しかも玄奘自身は僧侶であるから、仏教の教えにより牛頭羅刹の操縦者、斛瑟羅を殺めることはできない。
「どうする?」
その時、斉天猴の操縦室のどこかから玉龍の声が聞こえてきた。
「敵妖魔のデータを照合しました。…過去の破壊工作の例では、武装として榴弾砲ややりのような武器を使用しています。今は所持していないようですが。」
「それはよかった。…ところであの牛頭羅刹の操縦者はどうするのだ?韓志和殿は何か指示を残しておられないのか?」
「指示はありません。しかし捕縛しておくこともできないので、処刑をするのでないのなら、妖魔を破壊して武力を除いた後で解放するしかないでしょう。その後は、この世界の普通の人間として余生を送ることになります。」
「いずれにしろ、あの羅刹を破壊する必要があるな。…このしもべで可能なのか?」
「このしもべ、斉天猴の腕力だけで完璧に破壊することはやはり困難でしょう。必要とあらば、玉龍に搭載されている斉天猴用の武具をお送りします。」
「天にいる玉龍が持ってくるとなると時間がかかるかな?…すまんが一応その武具とやらを頼む。」
「了解しました、玄奘。」
その時、転倒した牛頭羅刹が起き上がり、再び天に向かって吠えた。警戒して斉天猴を身構えさせる玄奘。
一瞬、斉天猴に射す日の光が途切れたような気がした。斉天猴の窓から天をあおぎ見る玄奘。その目に、あの蛾のような妖魔が牛頭羅刹の方へ飛んでくるのが見えた。
★鉄扇蛾
蛾の形態の小型の無人操縦の妖魔。腹部の二基のブースターで推進する。翼の先端のモリ状突起と長い尾が特徴。(触覚が腕に、ブースターが脚に変形すると、人型形態の鉄扇公主になる)
「あれは?…やはり牛頭羅刹の仲間だったのか?」
蛾の形をした妖魔、鉄扇蛾は上空を旋回すると低空飛行に移った。
とたんに走り出す牛頭羅刹。鉄扇蛾の進路上に牛頭羅刹の進路が重なった時、鉄扇蛾と牛頭羅刹の合体が始まった。