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玄奘天竺行  作者: 変形P
21/21

二十一行:天竺行

★玄奘の往路と復路

挿絵(By みてみん)


・玉門関:牛頭羅刹を目撃。

・伊吾・高昌国間:牛頭羅刹、牛魔王と戦闘。

・蒲昌海:月河伯と戦闘。

・阿耆尼国:軍鶏騎と戦闘。

・凌渓:黄爪、白吼と戦闘。

・鉄門:金剛将軍と戦闘、應龍睚眦と遭遇。


 玄奘は不時着した沙龍頭の中で意識を失っていたが、玉龍が何度も呼びかけていたのでやがて意識を取り戻した。


「玄奘、大丈夫ですか?」


「あ、ああ。…全身が痛むが、命に別状はなさそうだ。」


 その瞬間、玄奘は沙龍頭がくわえていた應龍睚眦の首のことを思い出した。


「そ、そうだ。嫦娥は無事か?」


「まだ、應龍睚眦の首の中にいるはずです。体の自由がきかない状態にあるのかも知れません。玄奘、助けに行ってください。」


「分かった。」


 沙龍頭は應龍睚眦の角をくわえたままだったが、口を開くと沙龍頭も應龍睚眦の首も倒れる可能性が会ったため、玄奘は狭く開いた沙龍頭の口の中に身をくぐらせて、何とか外へすべり出た。


 應龍睚眦の首にとりついて昇り始める玄奘。目にあたる部分の風防を覗き込むと、嫦娥の体が操縦席に縛りつけられているのが見て取れた。


「嫦娥、待ってろ!」


 さらに首をよじ登って、天を向いている應龍睚眦の口の中にすべり込む玄奘。不時着時の衝撃でゆるんでいるハッチを押し開くと、嫦娥のいましめを解いてその体を担ぎ出した。


 嫦娥は意識を失ったままだったが、規則正しい寝息をたてていたので玄奘はほっとした。


 玄奘は嫦娥の体を抱き上げたまま、沙龍頭の前へ戻ってきた。


「玄奘、嫦娥は無事ですか?」


「ああ、見ての通りだ。…玉龍?」


 そう答えた玄奘は、玉龍の言葉に不審を感じた。


「まさか、…玉龍、目が見えないのか?」


 一瞬の間をおいて玉龍が答えた。「ええ、どうやら不時着した際に視覚系がやられたようです。…でも、声はよく聞こえます。」


「目が見えなくて天に帰れるのか?」


 玉龍はすぐには答えなかった。しばらくたってから、ようやく玉龍は返答した。


「玄奘、私の体は失われました。もう天に戻って氣を貯えることはかないません。」


「どういうことだ、玉龍?」


「残った氣を使い果たしてしまったら、私の意識は途絶えます。」


 玄奘は愕然とした。「玉龍?」


「気にすることはありません、玄奘。私はもともと作られた意識体。本当の意味で生きているわけではありませんし、意識がなくなることも何とも思いません。」


「だが、お前を韓志和殿のもとへ返せないとなると、韓志和殿に申し訳がない。」


「玄奘の偉業の役に立てたと知れば、韓志和も喜ぶでしょう。それより、私には残された仕事があります。」


「仕事?」


「残りの氣を使って、この應龍睚眦の首を海に沈めます。…應龍睚眦の意識はもうありませんが、この世に置いておくわけにはいきませんから。…もちろん私の首も。」


「…玉龍。」


「玄奘、ご偉業をお果たし下さい。…そして韓志和に再会したら、よろしく伝えて下さい。」


 そう言うと玉龍の首の沙龍頭は噴射を始め、應龍睚眦の角をくわえたまま再び離陸していった。徐々に高度を上げ、南の天竺の方へ。…天竺よりはるか彼方の南海へ向けて…。


 玉龍が空へ消えてまもなく、葉護可汗率いる西突厥軍が、砂煙を上げて玄奘の方へ駆け付けてくるのが目に入った。泣きながら大声を上げている翠蘭の顔も見える。


 玄奘たちはその後、覩貨羅トカラ国を過ぎ、縛芻河を渡って活国に赴いた。活国は應龍睚眦のせいでかなり荒れ果てていて、葉護可汗の長男である国王、咀度設は病に倒れており、高昌国王、麹文泰の妹であり、翠蘭のおばである王妃、可賀敦は既に亡くなっていた。


 まもなく咀度設も亡くなり、玄奘たちもともに喪に伏すはめになった。しかし嫦娥はあれ以来気力も体力も回復しておらず、よい養生の機会だった。


 一か月が過ぎると、ようやく玄奘は新しい国王に別れを告げて天竺へ旅立つことになった。葉護可汗の口利きもあり、玄奘は再び十分すぎる旅支度を整えてもらった。


「玄奘殿、わらわもついて行く!」旅立ちにあたって翠蘭がそう主張した。


「もうおばさまもこの国におらぬから、ここにいても仕方がない!」


「それならば、葉護可汗殿に高昌国まで連れ帰ってもらいなさい。」今後の旅の苦難を思いやって、翠蘭をなだめる玄奘。


「いやじゃ、いやじゃ!嫦娥もついて行くんじゃろう?なら、わらわもついて行く!」


 玄奘は難渋したが、嫦娥はあっさりと口添えした。「いいんじゃないか、連れて行っても。」


 應龍睚眦にとらわれ、父親の死を知ってからの嫦娥は精気を欠き、翠蘭と言い合う気力もなさそうだった。弱り果てる玄奘。


「私についてくると言うのなら、女性にょしょうであることを捨て出家しなければなりませんよ。」


 うなずく翠蘭。「玄奘殿といっしょに勉強する…。」


 その後、玄奘は葉護可汗と別れて北天竺に入竺し、いくつもの仏蹟を訪ねながら東天竺の摩掲陀マガダ国にある那爛陀ナーランダ寺院に着いた。そこで正法蔵大徳戒賢老師の下で五年に渡って、この旅の目的であった瑜伽論その他の大乗緒論を学んだ。


 さらに三、四年に渡って、南天竺の仏蹟にも足を運んでいる。


 その頃には天竺全土に優秀な玄奘の名声は鳴り響き、「大乗天」もしくは「解脱天」と呼ばれてもてはやされるようになっていた。摩掲陀マガダ国の戒日王や迦摩縷波カーマルーパ国王の庇護も受け、ついに天竺を旅立つ日が来た時には、往路以上の旅支度を整えてもらうと共に、国王たちは別離を惜しんで何日も後についてきたという。


 帰路の途中、活国に立ち寄った際に、既に十五年も前に(玄奘が入竺した頃に)東突厥と高昌国が唐に滅ぼされたことを知った。西突厥の国王、葉護可汗も同じ頃に内紛によって暗殺され、現在の西突厥は分裂して各地で争乱が続いていることも分かった。


 玄奘が牛魔王や金剛将軍を倒さなかったなら、唐の進軍は阻まれ、これらの国々は命脈を保っていたかも知れない。しかし過ぎ去った時の流れはもはや変えることはできない。麹文泰は避けられぬ運命を悟っていて、玄奘に翠蘭を託したのかも知れなかった。


 西突厥は不隠で通行できず、高昌国に寄る必要もなくなったため、玄奘は唐への帰路は活国から東へ進み、納縛波城を経て敦煌にたどりつく道をとった。


 出国時は国禁を犯しての旅だったが、入国時には太宗皇帝の熱烈な歓迎を受けた。長安に着いたのは貞観十九年(西暦六四五年)、密出国から十八年目のことである。


 玄奘は天竺から釈迦如来の肉舎利百五十粒、多数の仏像と総計六百五十七部にも及ぶ教典を携えて帰国した。その後玄奘は精力的に訳経に励み、貞観二十二年(西暦六四八年)には新たに建てられた慈恩寺に入り、太宗皇帝より「大唐三蔵聖教序」すなわち三蔵法師の位を下賜された。


 帰国から十九年後の麟徳元年(西暦六六四年)に、持ち帰った教典の約四分の一を訳し終えて玄奘はこの世を去った。享年六十三歳。


 帰国時、玄奘には二人の痩身の尼がつき従っていたが、その後の行状は記録に残っていない。また、韓志和も既に亡くなっており、玄奘は再会を果たせなかったという。


(完)


★玄奘が著した世界と二匹の龍の図

挿絵(By みてみん)


★玄奘が著した妖魔の図

挿絵(By みてみん)


★登場人物


玄奘(俗名陳緯) 天竺へ仏典を求めに旅立つ唐の若き沙門(僧侶)。


嫦娥 盗賊集団の頭目の娘。父親とはぐれて桜蘭故城に一人で住んでいた。


翠蘭 高昌国公主(王女)。国王麹文泰の末の娘。


韓志和 少林寺に寄宿していた倭人。からくり細工の達人。


西海龍王玉龍 玄奘に仕える龍。普段は天上で氣を蓄えている。


孟毅将軍 秦州の驃騎将軍府の果毅都尉(次官)。蛮勇で、玄奘の行く手を阻もうとする。


賀魯 東突厥の軍隊長。


斛瑟羅 賀魯の手下で、牛頭羅刹、牛魔王を操る。嫦娥の父親の手下。


康艶典 蒲昌海の南西岸にある納縛波城の王。


葉護可汗 西突厥の王(可汗)。


射匱 山賊の頭。軍鶏騎を操る。嫦娥の父親の手下。


黄袍 黄爪を操る。嫦娥の父親の手下。


白骸 黄袍の兄弟分。白吼を操る。嫦娥の父親の手下。


晁蓋 嫦娥の父親。盗賊集団の頭目。


應龍睚眦 邪悪な黒い龍。嫦娥の父親の乗機だった。


咀度設 活国の国王。葉護可汗の長男。


可賀敦 活国の王妃。高昌国王、麹文泰の妹。翠蘭のおば。


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