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玄奘天竺行  作者: 変形P
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二十行:天上界

★仏教世界

 「倶舎論」によると世界は巨大な円盤で、その中心に七重の山脈に取り囲まれた須弥山(ヒマラヤ山脈)がそびえ立つ。須弥山の東には半月形の東勝神洲(中国大陸)、南には逆三角形の南瞻部洲(インド亜大陸)、西には円形の西牛賀洲(中東)、北には四角形の北倶盧洲(シベリア大地)がある。

挿絵(By みてみん)


 玉龍も應龍睚眦も有人武装宇宙船の意識体である。


 彼らには人格があるが、もともとは宇宙船の操縦者を補佐するための存在であり、宇宙船全体の微調整を行えるものの最終決定権は操縦者に委ねるようプログラムされている。


 彼ら、人工意識体、もしくは電脳生命体とでも呼ばれる存在は、この時代の後も(地球を除く)全宇宙で発達し、ナビゲーターと呼ばれる仮想実体の体を持つ存在へと進化していく。


 ただしこの時代では、玉龍も應龍睚眦も宇宙船の体しか持っていない。


 應龍睚眦は最初から殺戮兵器として製造され、教育されたため、人を殺害する行為に何のためらいを持たない。その性癖が高じて、ついには操縦者をも、逆に自分の従属物とみなすようになっていた。


 嫦娥の父親、晁蓋は若い頃は暗殺を生業としていたが、やがて一代で暗殺者組織を作り上げた。組織が拡大していく途中で應龍睚眦を入手し、愛用していたが、徐々に應龍睚眦の精神の影響を受けるようになっていた。


 最後の頃では、應龍睚眦に搭乗している間は應龍睚眦の操り人形と言っても過言ではない状態だった。


 ところが監察軍に地球のそばまで追われ、攻撃を受けた際に晁蓋は全身に大やけどを負い、應龍睚眦で逃げて地球に不時着した直後に死亡してしまった。


 いくら操縦者を自分の従属者とみなしていたとはいえ、やはり應龍睚眦には人間が搭乗しなければその機能を十分に発揮することはできなかった。しかし人間であれば誰でもよいというわけではなかった。


 まず、第一に、宇宙船を操縦できる知識、技術と経験がなければならなかった。そういう意味で地球人は対象外だった。いや、玄奘のような傑物と出会えれば不可能ではなかっただろうが、應龍睚眦の目には地球人は野蛮人としか映らなかった。


 第二に、ある程度高度な知能を持つ人間でなければ、應龍睚眦は操ることができなかった。黄袍と白骸は、性残虐で下等な情動が強すぎたため、かえって操りにくいことを以前から應龍睚眦は知っていた。


 そこで應龍睚眦は適当な依代をさがしていた。なかなか適当な人材は見つからなかったが、やがて黄袍と白骸が嫦娥を連れて来た。應龍睚眦はすぐに悟った。晁蓋の娘なら相性がよく、同じように操れるだろうと。


 嫦娥は晁蓋よりも無垢な分、操りやすかった。今や嫦娥は操縦席で目を見開いていても、意識は全くなかった。しかし應龍睚眦の全能力を引き出すにはそれで十分だった。


 全身に太陽風を浴びた應龍睚眦は、氣を貯えながら高速で地球を一周して玉龍の後方に回りこんだ。


「隙だらけだな。…死ね、玉龍!」


 四門の巨大な荷電粒子砲に蓄積されたエネルギーは、まだ最大限の五十%程度だったが、好機とばかり應龍睚眦は四門すべてから砲撃した。


 宙を切り裂く四条の光束。しかし玉龍は身をくねらせて、ぎりぎりのところで攻撃をかわした。


「玉龍め!」


 氣が枯渇して速度も落ちる應龍睚眦。そのすきに玉龍は全速で進んで距離を離した。


「今のはぎりぎりだったな、玉龍。」額の汗をぬぐう玄奘。


「至近距離まで迫られていたので危ういところでしたが、二度とさせません。」答える玉龍。


「しかし今ので氣が減ったはずです。回復する前に反撃しましょう。」


 うなずく玄奘。すると玉龍は大きく旋回して、今引き離したばかりの應龍睚眦の方へ向きを変えた。


 玄奘の目に地球の姿が映った。逆三角形のインド亜大陸がちょうどまん中にあり、地球は真円形をしている。


「円盤状の世界に逆三角形の大陸。…あれが天竺のある南瞻部洲か。…周囲は確かに海に囲まれている。」


 玄奘は右手の中国大陸に目をやった。


「あれが半月形の東勝神洲か。…唐の国はどのあたりになるのだろう?」


 四角形の北倶盧洲(シベリア大地)も把握できたが、西の方はヨーロッパやアフリカ大陸が続き、どこが円形の西牛賀洲にあたるのか、玄奘には分からなかった。


「雲よりはるかに高い天上界。…しかし仏はどこにおられるのか?ここには虚空と星々しかない…。」


 その時眼前に應龍睚眦の姿を認めたので、玄奘ははっとした。


「玉龍、嫦娥はどこにいるのだ?」


「應龍睚眦の上面後方の艦橋内です。…ここから氣を放てば艦橋にも被害が及びます。接近して取り付きます!」


 應龍睚眦に迫る玉龍。應龍睚眦の四門の砲口がかすかに発光したが、


氣を放つことはできないと知っている玉龍は平気で突っ込んでいった。


 らせん状に應龍睚眦を包み込む玉龍。その時、應龍睚眦は氣を一門の砲に集中し、広角に氣を放った。


 砲口の前を横切る玉龍の体を貫く應龍睚眦の氣。後脚の付根(土龍車が連結している部分)の直前で玉龍の体が引きちぎれ、炎を吹きながら離れて行った。まもなく宇宙空間で爆発する玉龍の後半身。


「玉龍?」


 しかし玉龍はかまわず前半身で應龍睚眦にからみつき、さらに右手で應龍睚眦の艦橋下部をつかんだ。


 次の瞬間、右手の掌の噴射口から氣がわずかに放たれて、艦橋下部を破壊し切断した。宙に浮かぶ應龍睚眦の艦橋。


「玄奘、嫦娥をつかまえましょう!」


 玉龍が叫んで、玉龍の頭部、沙龍頭が首から分離した。


 頭部を失った玉龍の前半身はそのまま應龍睚眦にからみつつ、両手掌を應龍睚眦の機体に接着させた。


 次の瞬間、玉龍の両手掌の噴射口から應龍睚眦に向けて渾身の氣が一斉に放たれた。


「玄奘、急いで!」


 操縦桿を一気に引く玄奘。沙龍頭の噴射口から高圧ガスがほとばしり出て、急加速で直進する。


 先ほどの玉龍の攻撃で、應龍睚眦の艦橋が本体の後方に浮かんでいた。沙龍頭は直進しつつあぎとを開いた。そして應龍睚眦の艦橋~首~とすれ違いざまにその角を玉龍のあぎとがくわえた。


 玄奘の体に衝撃が伝わる。しかし玄奘は操縦桿を引き続け、應龍睚眦の首の角をくわえた沙龍頭はさらに噴射した。


 玉龍の体が巻き付いた應龍睚眦の本体は、どんどんと後方へ引き離されて行くが、玉龍の攻撃であいた孔から放電が起こり始めていた。


「衝撃波に備えてください!」


 その瞬間、應龍睚眦の本体が爆発した。光球がひろがり、粉砕した應龍睚眦と玉龍の装甲が光に包まれる。


 一瞬遅れて衝撃波が沙龍頭に到達した。


 震動に翻弄される玄奘。應龍睚眦の首をくわえているというアンバランスな体勢のため、沙龍頭の機体が衝撃波の勢いで回転するが、應龍睚眦の首はしっかりと固定して耐えた。


 やがて大気圏に突入し、機体が高熱を発し始めるが、摩擦の影響で回転は徐々にゆるまっていった。


 さすがに修行を積んでいた玄奘も気を失ってしまったが、玉龍が自動的に機体の平衡を取り戻し、沙龍頭は應龍睚眦の首をくわえたまま、滑空の体勢に移っていった。


 その頃、翠蘭は西突厥軍とともに鉄門の手前に戻っていた。騎兵の隊列を整えている葉護可汗。


「な、なんじゃ、あれは?」翠蘭が突然天を指さして叫んだ。


 まだ昼間だったが、翠蘭の言葉とともに太陽よりもまばゆい光が天上に広がった。目を手で覆う翠蘭たち。


 しかし光はまもなく消失し、翠蘭たちは再び目を見開いて天を見上げた。空はいつもと同じように、雲がほとんどない青天に戻っていたが、やがてその中をひとすじの糸のような白い雲が、天頂から徐々に下ってくるのが見て取れた。


「あ、あれは?」


「天帝の、仏の使いの降臨か、それとも…?」葉護可汗が茫然としてつぶやいた。


 その糸状の雲は、やがて向きを変えて翠蘭たちの方へ降りてきた。興奮してざわめく西突厥の騎兵たち。


 その雲はどんどんと太さを増し、しかも先端が火の玉であることが視認できるようになっていた。その火の玉はどんどんと近づき、軍隊全体が恐慌に陥りかけた。


 その混乱の渦の中で、翠蘭は火の中に玉龍の頭部をはっきりと視認した。


 あっという間に近づいたその火の玉は西突厥軍のすぐ上空を一気に通過し、鉄門の向こう側に落下していく…。


 山々の彼方に突然立ち上がる白雲。しばらく間をおいてにぶい振動音が響いてきた。


「葉護可汗殿!」叫ぶ翠蘭。


 葉護可汗はうなずいて腕を上げた。西突厥の全軍が呼応し、鉄門に向かって進軍を始めた。


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