十七行:闘龍人
「玄奘殿と天帝の使いが飛び去った?」
葉護可汗は上空を見上げて唖然とした。
確かに玄奘は常人の力の及ばぬ妖魔のようなものを呼び寄せた。しかしその力は敵、金剛将軍には及ばず、逃げていったように思われた。
「隊列再編!」
騎兵を配置しなおす葉護可汗。しかし金剛将軍を打ち倒すすべはなかった。
一方、金剛将軍に乗っている黄袍と白骸は上空を見上げていた。
「やったぞ、黄袍!監察軍のやつらを撃退した!」
「早とちりするな、白骸!見ろ、あいつらは上空で隊形を整えている!」
黄袍の言うように、地上から見ていても沙龍頭、斉天雲、土龍車が直列に並ぶのが見てとれた。
「何のまねだ?…編隊を組んで攻撃して来るのか?」
ところが沙龍頭、斉天雲、土龍車の下から、無人機の尾龍飛が接近していた。
とたんに土龍車の機体が妙な方向に傾き、さらに蛇のような多関節の機体の尾龍飛が、斉天雲と土龍車の間に下から機首を割り込ませた。
そのまま尾龍飛の機首は斉天雲を上からかぶさるように進み、機首を上方に向けた土龍車と斉天雲とにはさまれる形で連結した。
尾龍飛の機首はさらに斉天雲の機首に覆いかぶさるように接続し、そこへ沙龍頭が底面を連結させた。
★沙龍頭、斉天雲、土龍車の合体(一)
沙龍頭、斉天雲、土龍車が直列に飛行し、その下から尾龍飛が接近する。
★沙龍頭、斉天雲、土龍車の合体(二)
斉天雲と土龍車の間に尾龍飛が割り込む。土龍車は機体を回転させ、先端が上方を向く。
★沙龍頭、斉天雲、土龍車の合体(三)
斉天雲、土龍車、尾龍飛が連結する。
★沙龍頭、斉天雲、土龍車の合体(四)
尾龍飛の機首が沙龍頭との間に割り込みつつ、連結した機体が上方に傾く。尾龍飛の機首は前傾して斉天雲の底部に接続し、尾龍飛の頸部に沙龍頭の底面が連結する。
「こ、黄袍の兄貴、…あいつら、合体した!」
今、沙龍頭、斉天雲、土龍車と尾龍飛の四機が合体し、巨大な人型形態となった。
「こ、これは?」沙龍頭の操縦席で驚愕する玄奘。
「玄奘、これが玉龍の格闘形態、闘龍人です!」玉龍の声が響いた。
★合体形態、闘龍人
登場者数三人。武装は如意棍と馬鍬棍。
「玄奘が操って下さい。」
「なんじゃ、操縦できなくなったのか!…つまらん。」翠蘭がぼやいた。
「だけど、こいつはすごいぞ!…これならあいつをやっつけられる!」叫ぶ嫦娥。
闘龍人はもと尾龍飛の翼を開いて滑空しながら降りていった。
「おお、天帝の使いが戻ってきた!…あれは龍人だ!」
上空を見上げて叫ぶ葉護可汗。
「くそっ、降下してくるぞ!」
「撃ち落としてやる!」
背の対空砲を連射する金剛将軍。闘龍人の周囲に爆煙がいくつも生じるが、まったく意に介せず闘龍人は降下していった。
まもなく金剛将軍の少し手前に着地する闘龍人。両腕を威嚇するように開く。
「くらえっ!」
左腕から砲撃する白骸。しかし闘龍人はその強靱な脚でばっと地を蹴ると、砲撃をかわしつつあっという間に金剛将軍の眼前に移動し、その強力の右手で金剛将軍の左腕をつかんだ。
玄奘は闘龍人の右手に力を込め、金剛将軍の左腕の砲身を握りつぶした。
「何て力だ!…土くれを握りつぶしているようだ。」
自ら驚愕する玄奘。
「くそっ!」
金剛将軍の股間の作業肢二本が瞬間的に伸び、闘龍人を襲った。しかし伸びた爪をすかさず闘龍人の左手で受けて握り、同時に作業肢二本の動きを止めた。
その左腕めがけて金剛将軍が右腕の爪で殴りかかるが、闘龍人は打撃を直接受け止めても微動だにしなかった。
「これで終わりだ!」
闘龍人は金剛将軍の左腕を握り潰した右手を離すと、右翼についている如意棍をつかんで取り外し、先端を伸ばさないままで振りおろした。一気に叩き潰される金剛将軍の右腕と二本の作業肢。
三本の腕が引きちぎれて金剛将軍は後方に転倒した。黄袍と白骸は転倒時の衝撃で悲鳴を上げる。
玄奘は闘龍人の左手でつかんでいたちぎれた三本の腕を地面に落としてから叫んだ。
「その妖魔から降りて投降しろ!命までは取らん!」
しかし金剛将軍は転倒したまま、なおも両脚の作業肢を伸ばして抵抗しようとした。闘龍人は左手で一方の作業肢をつかみ、振り上げるように引っ張って根元から引きちぎった。
さらにもう一方の作業肢を闘龍人の右脚で踏みつぶした。
その時、金剛将軍の両肩の榴弾砲が火を吹き、闘龍人の頭上で爆発した。爆煙に包まれる闘龍人の頭部。
その隙に黄袍と白骸は操縦室のハッチを開けて外へ這い出た。鉄門の方に走り出す二人。
ところが逃げ切るより早く、葉護可汗の指示で西突厥兵士の弓が撃たれ、数本の矢が二人の足に突き刺さった。
うめき声を上げながら倒れる黄袍と白骸の周囲を西突厥の騎兵が回り込んだ。
「その二人を殺めるな!」
「玄奘殿か?…玄奘殿がその龍人を操っておるのか?」
闘龍人の頭部、沙龍頭が分離し、地面に降りた。頭部をなくした闘龍人はそのまま空に飛び立ち、上空で斉天雲、土龍車、尾龍飛が分離して、斉天雲と土龍車だけが地上に降りてきた。尾龍飛はそのまま飛び去っていった。
機体から出て来る玄奘、嫦娥と翠蘭。玄奘が葉護可汗に二人の命乞いをしている間に、嫦娥は倒れたままうめいている黄袍と白骸の傍らに膝をついた。
「黄袍と白骸だね?…私のことをおぼえてるかい?」
「お、お前は、…か、かしらの娘の嫦娥か?」
「あの小生意気なガキか!」
「悪かったわね!…それよりあんたたち二人なの?他の人は一緒じゃないの?…親父の所在は知ってる?鉄門の向こうには何があるの?」
「あ、足が痛えのに、そんなにたくさんの質問に一度に答えられるか!」
「答えなきゃ命はないわよ!…今、玄奘が必死にあんたたちの命乞いをしてるんだから。」
「おい、女!…玄奘殿の連れか?男だと思っていたが。…そいつらと話が通じるなら、鉄門の向こうの様子をただせ。」
「早く答えなきゃ、かばいきれないわよ!」葉護可汗を横目で見ながら嫦娥がせかした。
「…蛮人に命乞いか、落ちたもんだな。…鉄門の向こうにはおれたちの希望がある、宇宙へ戻るという希望が。…おれたちと行けば、かしらにも会えるぞ。」
「嫦娥、耳を貸すな!その言葉の中に虚を感じる!」黄袍の言葉を耳にはさんだ玄奘が口を出した。
「ちっ、この蛮人にはおれたちの言葉が分かるのか?…嫦娥、仲間と、いやお前の父親と、この未開の惑星の蛮人と、どっちを信じる?」
嫦娥は黄袍と玄奘の顔とを見比べて、途方にくれていた。




