十六行:鉄門会戦
自らも軍隊について馬を進めてきた葉護可汗は、巨大な妖魔の出現にぎょっとしたが、すぐに騎馬民族の好戦さが表に出て叫んだ。
「壱軍と貳軍が左右から攻め入り、あの化け物の首を打ち取れ!」
百騎単位の騎兵の流れが分かれ、砂煙をもうもうと舞い上がらせて左右から金剛将軍に迫っていった。
左腕をあげる金剛将軍。そこについている砲口から火が吹き、右翼貳軍の数騎を吹き飛ばした。
さらに右肩の回転砲塔から榴弾を放ち、左翼壱軍の数騎が同様に吹き飛んだ。
西突厥軍の勇猛さはその程度の反撃にはひるまず、そのまま突き進んでいった。
騎上から弓を放つ兵士。しかし矢は金剛将軍にはきかない。
その時、金剛将軍の股の下から使っていない二本の脚が伸び、その装甲が開いて巨大な爪を持つ作業肢が飛び出た。
すかさず手近の一騎の馬を騎手ごとつかみあげると、後続の騎兵に投げつける金剛将軍。どどっと将棋倒しに倒れる騎馬。
うまく横腹に取り付いて青龍刀で切りつける兵士もいたが、やはり金剛将軍には刃がたたず、右腕の巨大な爪のひとふりでその兵士は馬ごと体が分断され宙に舞った。
西突厥軍の劣勢を見て、玄奘は葉護可汗に具申した。
「可汗殿、騎兵ではあいつは倒せません!いったん退かせて私におまかせください!」
玄奘の方をにらみつける葉護可汗。「沙門が戦に口出しなさるか?」
人どころか獣や虫の命さえを気にかける仏教の僧が、戦で役にたつのかと葉護可汗は思った。
しかしその時、葉護可汗の脳裏に、先日高昌国の使いの歓信が言っていた言葉がよみがえった。「…玄奘殿は徳がお高く、天帝の使いと称する使徒を操られます。実は凌渓で二匹の化け物に襲われましたが、玄奘殿が追い払われたのです…。」
「分かった!今一つ信じられぬが、我が軍も体勢を立て直さねばならん。ここは沙門殿の顔をたてるか!」
部下に退却の銅鑼を叩かせる葉護可汗。荒れ地に銅鑼の音が響き渡り、それを聞いて血気盛んな西突厥軍の騎兵も急いで退却を始めた。
「どうする、玄奘殿?」
すると玄奘は錫杖を天にかかげて叫んだ。「斉天猴!土龍怪!」
★土龍車分離
玉龍の後脚部分が分離して変形する地中戦車。二条の飛行機雲を空に描いて飛行することも可能。玉龍の胴体には通路があり、尾まで続いている。操縦席(頭部)から移動して土龍車に乗り込むことができる。
待ってましたとばかりに腕まくりする嫦娥と翠蘭。二人の視線がかち合った。
「今度は子どもは下がってろ!」
「嫦娥こそ、足手まといじゃ!」
暗雲を突っ切って天降る斉天雲と土龍車。葉護可汗を初めとする西突厥軍は新たな妖魔の出現かと浮き足立ったが、変形して玄奘の傍らに降り立つのを見て葉護可汗は歓声をあげた。
「それが玄奘殿が使われる天帝の使徒とやらか?」
玄奘が答えようと振り向いたその脇を嫦娥と翠蘭がすり抜けて、それぞれ斉天猴と土龍怪によじ登っていった。
「おい、嫦娥、公主殿?」
「玄奘はこれの武具を頼む!」
玄奘は一瞬あっけにとられたが、あわてて錫杖を振り上げて玉龍に合図した。
それと同時に、天上にいる玉龍の尾の先端(如意棍と馬鍬棍が連結されているところ)が後方へ分離し、下界へ向けて滑空し始めた。
これは尾龍飛と呼ばれる無人機で、玉龍本体よりも身軽に移動し、如意棍と馬鍬棍を運搬したり回収したりする。
★尾龍飛
玉龍の尾の先端部分が分離して飛行する。如意棍と馬鍬棍を運搬・回収する無人機。
上空に現れた尾龍飛から如意棍と馬鍬棍が射出され、無事に受け取る斉天猴と土龍怪。
これだけ強力な武具があれば、あの巨大な、丈が斉天猴の倍はある金剛将軍にも何とか立ち向かえそうだった。
「先に行くよ、翠蘭!」
「あ、嫦娥、ずるいぞ!」
斉天猴は如意棍を振り上げながら前進した。そして今まさに如意棍を振りおろそうとしたその時、金剛将軍が突進してきた。
「え?」
次の瞬間、金剛将軍は股間の作業肢で如意棍を握る斉天猴の右手を抑え、さらに右腕の巨大な爪で如意棍の先端を受け止めた。怪力を誇る斉天猴もまったく身動きできなくなった。
「嫦娥、今助けるぞ!」
馬鍬棍を振り上げ突進する土龍怪。金剛将軍は左腕から発砲してこれを出迎えた。
かろうじて馬鍬棍の柄で砲撃を受け止める土龍怪。ところがその衝撃でしりもちをついてしまった。
「いててててて…。」
転倒した際に体を打ちつけてうめく翠蘭。歯を食いしばって土龍怪を立ち上がらせようとするが、さらに金剛将軍からの砲撃が襲った。
白煙に包まれる土龍怪。しかしその時、砲撃による白煙を上回る砂煙が土龍怪の周囲に舞い上がった。
「公主殿!」玄奘が叫んだ。
土龍怪は両脚を収納してキャタピラをくり出し、同時に巨大なドリルを回転させ始めていた。
砲撃をドリルの刃ではじき返し、砂煙を上げて徐々に前進する土龍怪、いや、土龍車。
しかし土龍車が接近すると金剛将軍は左脚を上げ、巨大な爪で土龍車の機体を上から押さえ込んだ。
「う、動かなくなった!」
その機体の上部へ砲撃を再開する金剛将軍。
「嫦娥、公主殿!」
錫杖を振り上げ二人の方へ駆け出す玄奘。その時、錫杖の先端から天上へ一条の光が走った。
空に渦巻く暗雲。その渦の中央から、両手、両足のない蛇のような玉龍が首をおろしてきた。
「龍だ!天帝だ!」叫ぶ西突厥軍兵士たち。
玉龍は駆ける玄奘の後方から近づき、一瞬の内に玄奘を顎の中へ飲み込んだ。
さらに玉龍は直進し、反撃する間を与えずに金剛将軍の体をかすめるようにしてすりぬけ、その衝撃で斉天猴と土龍怪を金剛将軍から解き放った。
すかさず後退し、如意棍と馬鍬棍を収納してから上空へ向かって投げ上げる斉天猴と土龍怪。
虚空を直進する如意棍と馬鍬棍を尾龍飛が受け止めた。それを確認すると斉天猴と土龍怪は掌から噴射して上空へ飛び上がった。
一方、突然玉龍に飲み込まれた玄奘はわけのわからぬまま玉龍の頭部に身をすべらせた。
「玉龍、これはどうしたことか?」
「玄奘、敵の操る合体妖魔は、斉天猴や土龍怪の力と武力を上回っています。とても相手になりません。」
「だが、あの妖魔は天竺への道を塞いでいる。取経の旅をあきらめろと言うのか?」
玉龍の下へ、飛行形態の斉天雲と土龍車、そして尾龍飛が接近していた。
「いえ、玄奘、我々も合体して力をあげるのです!」




