十五行:西突厥
先行した玄奘たちに、斉天猴と土龍怪を玉龍のもとに返した嫦娥と翠蘭が徒歩で追いついてきた。
「…そういうわけで、敵はやっつけれなかったが、峠の向こう側に置いてきた。」嫦娥が説明した。
「そうか、あの妖魔は空は飛べないようだったから、これで当分は安心だな。ご苦労だった、嫦娥、公主殿。」
「これからもわらわにおまかせあれ、玄奘殿。」にっと笑う翠蘭。
「ちぇっ、敵の砲撃で雪崩が起きたから助かったんじゃないか。足手まといだよ。」ぶつぶつ言う嫦娥。
翠蘭は聞こえぬふりをして歓信らに安心するようにと告げた。わけがわからないが、とりあえずほっとする歓信たち。
一行はそのまま山道をくだり、凌山の北麓にある内海、清池のほとりに着いた。東西に長く、蒲昌海よりもやや広い湖である。
「ここ、清池は別名熱海と申します、玄奘殿。」歓信が説明した。
それを聞いて、馬を降りて湖岸に近づく翠蘭。湖水に手をつけてみるが、冷たくてあわてて手を引いた。
「ちっとも熱くないぞ!」
「真冬でも凍りつかないので熱海と申すだけです、公主殿。」歓信が笑いながら言った。
「熱くはないが、湖底に温泉が湧いているのかもしれんな。」
「なんじゃ、温泉なら地上に湧けばいいものを!わらわは温泉という自然のお風呂に入ったことはないぞ!」
一行は清池の南岸を西へ進み、やがて西突厥の王都、素葉城に着いた。歓信の先導で国王、葉護可汗の王宮である大衙張に赴く。
玄奘達は達官(官吏)に丁重な扱いを受け、壮美な衙張のひとつで休むようにと案内されたが、外では騎兵が行き交う騒々しい音が絶えず、可汗もなかなか姿を現さなかった。
三日後に使いが来て玄奘、歓信と翠蘭は可汗の大衙張に招かれた。嫦娥も男装して顔を面衣で隠し、玄奘の下僕のふりをしてついていった。
大衙張の近くまで来ると可汗自らが出迎えて大歓迎してくれた。大衙張の中で高昌国の国書と貢ぎ物を贈ると、次は大宴会となった。奏楽がかしましく演奏され、酒杯と羊肉や牛肉のご馳走がふるまわれた。
玄奘は僧だから飲酒や肉食はできないため、別に蒲桃漿や餅、飯、酥乳、石蜜(砂糖)、刺蜜、蒲桃などを供してもらった。これらは翠蘭や嫦娥も喜んで相伴した。
機嫌がよい葉護可汗は玄奘に説法を請うたので、玄奘は十善(十戒)と波羅蜜多(六つの智恵)が解脱のための業であることを説き、可汗は感銘して涙を流すほど喜んだ。
「それにしても私たちがここに参ってからの間、騎兵の動きがかまびすしいようでしたが、可汗殿は狩にでも出ておられたのですか?」
その言葉を聞いて葉護可汗はとたんに顔を曇らせた。
「法師殿は印特伽に参られる所存と聞いたが、行かれぬ方がよい。…かの地は年中暑く、不衛生で病気になりかねん。住人も無教養な蕃人が多い。」
「お言葉ですが、仏陀の聖蹟を訪ね、仏法を慕い求めるのが目的です。それほどの至宝がかの国にあるのです。」
葉護可汗は首を横に振って嘆いた。
「実は戦の準備をしておるのだ。…我が国の領土はここからさらに西へ二千五百里余りあるが、その先には長男の咀度設が治める活国がある。」
「わらわのおばさまが嫁にいったところじゃ。わらわもそこへ行くのじゃ。」翠蘭が口を出した。
「ところがその国が最近何者かに奪われたようなのだ。息子も嫁の可賀敦も消息すら分からぬ。活国と我が国の境の峡谷にある鉄門が閉ざされ、その前を巨大な化け物が守っておるのだ。」
「何ですと、巨大な化け物?」
玄奘と嫦娥が視線を合わせ、場が緊張した。
「大丈夫じゃ、可汗殿」翠蘭が突然口をはさんだ。
「わらわたちにおまかせあれ。…実は玄奘殿は兵馬の比較にならぬほどの法力を持っておられ、そんな化け物などただちに降してしまわれるのじゃ。もちろんわらわも玄奘殿の旅の供をしているうちに法力が身についたので、及ばずながら手助けするぞ。」
思わぬ言葉に怪訝そうな顔をする葉護可汗。しかし歓信も証言した。
「公主殿の言われる通りです。玄奘殿は徳がお高く、天帝の使いと称する化け物、…いえ使徒を操られます。実は凌渓で二匹の化け物に襲われましたが、玄奘殿が追い払われたのです。」
「…にわかには信じられぬが、それほどまで申されるのなら、我が軍隊について鉄門まで赴かれるがよかろう。…そこで化け物を見て、恐れられたのなら高昌国へ戻られるがよい。」
葉護可汗はなお半信半疑だったが、翌日には玄奘の旅支度を、麹文泰に劣らぬほどに準備してくれた。歓信は役目を終え、玄奘たちに挨拶して高昌国へ戻っていった。
鉄門は突厥語でテミル・カピグと呼ばれ、山間の隘路に現地で採れる鉄で作った巨大な門扉が建てられている。実質上の西突厥の西南の国境、関門であり、門扉にはたくさんの鉄の鈴がつけられていて、開閉時にはがらがらという音が周囲にこだまする。
素葉城から鉄門までの距離は、素葉城から高昌国までの距離とほぼ同じである。玄奘たちは西突厥軍について旅を再開し、千泉、咀邏斯城、白水城、恭御城、奴赤建国、赭時国、卒塔利瑟那国を過ぎた。そこからは砂漠の道となり、五百余里を進んで颯秣建国に着いた。
颯秣建城に着くと、砂岩でできた城壁の一部が大きくくずれていた。まだ損害は新しく、葉護可汗が城主の将軍に問いただすと、二本の腕に四つ足の馬のような巨大な化け物が一匹現れ、通りすがりに火を放って破壊していったということだった。
★黄爪・白吼合体人馬形態
玄奘は見ていないが、黄爪と白吼の合体形態の一つで、四本の脚を伸ばして馬のように疾走し、長距離を駆け進む。
「四つ足の妖魔一匹か。…この間の二匹ではなさそうだな。」
玄奘の言葉にうなずく嫦娥。「活国とかに妖魔が集まっているのかもしれない。…親父もそこにいるのかなあ。」
「おまえの親がいたとして、行く手を阻まないことを祈るだけだ。」
一行は羯霜那国に着くと、軍備を整えて鉄門テミル・カピグに向かって出軍した。騎兵五千余騎からなる大軍で、中央で統括するのは葉護可汗自身である。
玄奘も軍の後尾について馬を進めていたが、やがて進軍が止まったのに気づいた。急いで軍隊の先頭へ馬を進める玄奘たち。
軍隊の前に出て、さらに進行方向に目をやると、鉄門へと続く険しい山道への入り口あたりに、巨大な二匹の妖魔が鎮座していた。人型形態の黄爪と白吼であった。
「こいつら、野蛮人のくせに数だけは多いな。…どうする、兄貴?」白吼に乗る白骸が黄袍に尋ねた。
「気を抜くな、白骸!…この中にやつらがいて、監察軍のマシンを呼んでくるかもしれん。合体しておくぞ!」
黄袍の合図で二匹の妖魔、黄爪と白吼は背中合わせになり、両腕、両脚を変形させて合体し、より巨大な金剛将軍になった。
「今度は雪崩は起きねえ!砲撃で蹴散らしてくれる!」
★黄爪と白吼の合体(一)
互いに背を向けると同時にそれぞれの右腕を旨の真ん中に移動させる。同時に黄爪の右脚と白吼の左脚が腰の真ん中に回転するとともに、装甲が開いて爪が展開する。
★黄爪と白吼の合体(二)
それぞれの右腕の肩覆いが展開し伸びる。それぞれの左腕を折り畳み、防護板を胸の横に固定する。同時に黄爪の左脚と白吼の右脚を後方に跳ね上げる。それぞれの頭部が後方に移動し、兜が回転する。
★黄爪と白吼の合体(三)
両者の右腕、黄爪の右脚と白吼の左脚が伸び、背中合わせに合体する。
★黄爪・白吼合体人型形態、金剛将軍
武装は右腕の爪、左腕の二連装砲、両肩の榴弾砲塔、背中の三連装対空砲。




