十四行:凌渓挟撃
凌山は氷河で覆われていた。玄奘たちは氷河ぞいに山地を登っていったが、ところどころ崩れて、高い壁のようにそそりたっているところもあり、しばしば進むのに難儀した。
玄奘たちは氷上で火を焚き、野宿をしながら進んだ。雪も時おり降りしきり、吹雪のようになって視界がなくなることもあった。
連れてきた馬や人夫の何人かは野営中に凍死したが、玄奘と嫦娥と翠蘭は何とか体力を温存して耐えていた。
「公主殿、大丈夫ですか?」翠蘭の身を案ずる玄奘。
「まだまだ大丈夫じゃ。嫦娥が風よけになってくれてるからな。」
嫦娥は移動中も寝る時も翠蘭を抱きかかえるようにして一緒に毛皮にくるまっていた。
「懐炉をかかえているようなもんだからな。こっちも助かる。」
「仲良くやってくれるなら何よりだ。」
ようやく峠についた頃には珍しく空は晴れ渡っていた。
「人馬の疲労も著しいから、このあたりで小休止をとるか。」
玄奘がそういった時、突然爆発音が響き、崖から氷雪の塊が崩れ落ちてきた。あわててよける玄奘たち。この小雪崩で馬と人夫何人かが荷物と共に下敷きになった。
「何だ、今の音は?」
耳をすませているとやがてガタガタという鈍い音が響いてきた。音がしてきた北西側の渓谷を見ると、白い戦車がキャタピラを回転させながら接近していた。
★砲撃戦車、白吼
砲撃で後方支援を行う。一人乗り。キャタピラ間に二連装砲塔一門、右上部に榴弾砲塔一門、左側の防護板に三連装対空砲一門。キャタピラ上部装甲内から補助作業肢を出す。
左右のキャタピラの間に二連装の砲塔があり、砲口からまだ白い煙がもれている。
その時、その戦車、白吼の前に崖から氷雪が崩れ落ちてきた。白吼の進路が埋まったので、キャタピラ上部の装甲を開いて補助肢を出し、崩れた氷雪を取り除き始めた。
「このあたりで砲撃すると雪崩が起こって危険だな。」白吼の操縦者の背が高く痩せた男、白骸が舌打ちをして言った。
「妖魔の待ち伏せか?」錫杖を構える玄奘。
すると玄奘たちの後方からもキャタピラ音が響いてきた。振り返る玄奘たち。それは玄奘たちの跡を追ってきた作業戦車、黄爪だった。
「挟み撃ちだわ!」
二台の戦車、白吼と黄爪が玄奘たちの前後から迫り、完全に退路をたった時点でそれぞれ人型形態に変形した。
★作業戦車、黄爪の変形
キャタピラ上部が両脚となって立ち上がり、キャタピラを畳む。作業肢の基部が右に回転し、爪と装甲が移動して手が露出する。防護板の内側に畳まれていた左腕が展開し、頭部が背面から回転して現れる。
★砲撃戦車、白吼の変形
キャタピラ上部が両脚となって立ち上がり、キャタピラを畳む。キャタピラ間の砲塔の基部が右に回転し、装甲が移動して手が露出する。防護板の内側に畳まれていた左腕が展開し、頭部が背面から回転して現れる。
白吼と黄爪は同型機で、装備が爪と砲塔という違いはあるが、まったく同じプロセスで変形した。色の違い~金色と銀色~がなければ一見して見間違うほどである。
★人型形態の黄爪と白吼
白骸は操縦室天井のハッチを開けて顔を出し、玄奘たちを見下ろした。
「こいつらが射匱を殺ったのか?ただの現地人に見えるが。」
「よくわからん。少しつついてみて何も起こさなければ去ろう。」黄袍も黄爪のハッチを開けて顔を出して答えた。
この二人の顔を見て嫦娥は顔色を変えた。
「黄袍と白骸だわ!親父の手下の中でも最も残酷なやつらよ。親父もこいつらを押さえるのに手を焼いてたわ。」
「やつらの目的は?…強盗じゃないな、玉龍のあぶり出しか?」
うなずく嫦娥。「でもそのためなら私たちを皆殺ししても平気なやつらよ。…斉天猴を早く呼んだ方がいいわ。」
玄奘は錫杖を天にかざした。錫杖上部の側面から細長い錫片が左右に開き、三つ又状になった。
まもなく上空を暗雲が立ちこめ、斉天雲が雲をつっ切って飛んできた。
「監察軍のマシンだ。どんぴしゃだな!」
白骸は操縦室内に引っ込んでハッチを閉めると、白吼の盾を持ち上げ、盾についている対空砲を発射した。
空に爆音と白煙が広がる。斉天雲は間一髪でかわしながららせんを描きつつ降下してきた。
同時に白吼の傍らの崖から氷雪が雪崩れ落ちてきて白吼の足元をすくい、白吼は横に傾いた。
「白骸、撃つな!」
叫ぶ黄袍の足元の氷河に割れ目が入って盛り上がり、黄爪も足をとられて尻もちをつくように倒れた。氷河の中から土龍車が現れたのだった。
一方の斉天雲も、白吼と黄爪が倒れたすきに、斉天猴に変形して玄奘たちの近くに着陸した。
「嫦娥、斉天猴を操縦しろ!私は土龍車に乗る!」
氷河内から姿を現した土龍車によじのぼり、操縦室のハッチを開ける玄奘。その時、道案内の歓信が玄奘にすがりついた。
「玄奘殿、私らをおいてどこへ行かれる?」
「置いて逃げるわけではない。歓信殿は人馬を連れてあの銀色の妖魔の傍らをすり抜けて先にお行き下さい!」
「そ、そんなこと、とても私には恐ろしくてできません。玄奘殿がおられないと!」
その時、翠蘭が玄奘の脇を抜けて土龍車の操縦室内に滑り込んだ。
「わらわが操る!玄奘殿は先に行って!」
唖然とする玄奘。しかし翠蘭は素早くハッチを閉めると操縦席に腰をおろした。操縦桿と足蛇は翠蘭の体のサイズに自動的にあわせて近づいてきた。
「この間の猿人と同じようじゃな。この光っている玉を押してみるか。」
とたんに土龍怪に変形する土龍車。玄奘は一瞬躊躇したが、自分にも簡単に操縦できたことを思い出し、とりあえず歓信たちを避難させようと考えた。
ようやく足元の氷雪から足を抜いて起き上がる白吼。すかさず嫦娥の操る斉天猴がパンチを食らわし、白吼は再び転倒した。その横を歓信や人夫、馬、駱駝を連れてすり抜ける玄奘。
斉天猴は攻撃をくり返すが、白吼は何とか盾で防いでしのいでいた。
一方の土龍怪も、慣れない手付きで翠蘭が操り、起き上がろうとする黄爪に連打をあびせていた。盾で防いで耐える黄爪。
しかし翠蘭が疲れてきて、土龍怪の操作に間があいたすきに黄爪は盾で土龍怪を押し返し、さらに右腕の爪で土龍怪の体に一撃を食らわせた。
後方へひっくり返る土龍怪。斉天猴に背中から倒れかかり、斉天猴とともに地面に転倒した。
「何してるのよ、翠蘭!」「そっちこそ邪魔じゃ!」
二機が倒れたすきに白吼は起き上がり、黄爪の横へ移動した。そして右腕の砲身を土龍怪と斉天猴に向けた。
「撃つな、白骸!また雪崩が起きる!」
黄爪の腕で白吼の腕を押し上げる黄袍。そのとたんに砲口から火が吹き、砲弾は土龍怪と斉天猴の上を抜けて虚空へ消えた。
大きな地響きがして黄爪、白吼と土龍怪、斉天猴との間に大量の氷雪が雪崩れ落ちてきて両者を分断した。あわてて起き上がる土龍怪と斉天猴。しかし敵が雪崩を越えて来る気配はなかった。
「地形に助けられたな。…おい、翠蘭、玄奘の跡を追うぞ!ただし音はなるべくたてるなよ!」
「なんて口のきき方じゃ!」翠蘭はぷりぷりしながらも、土龍怪を静かに前進させて斉天猴についていった。




