十三行:軍鶏騎
斉天猴が現れたのを見て、射匱はあわてて軍鶏騎を人型形態に変形させた。
軍鶏騎の胴体が回転して持ち上がり、首が左右に分かれて脚となって立ち上がった。武器は特にないが、両手の巨大な爪が凶悪に輝いていた。
★軍鶏騎の変形
胴体部分が前方に回転し(操縦席も回転し)、人型形態の頭部が現れる。鶏型形態の頭部〜頸部は左右に分かれ、嘴が大きく開いて人型形態の両脚となる。鶏型形態の両脚は鋭い爪が付いた腕になる。
軍鶏騎が変形する間、斉天猴は何の動きも見せず傍観しているようだった。
「何をしてるんだ、嫦娥は?」といぶかしむ玄奘。
その頃、斉天猴の操縦室内では嫦娥と翠蘭が押し合っていた。
「わらわにもさせてよ!」操縦桿に抱きつく翠蘭。
「あんたには無理よ!」その翠蘭の体を押し戻そうとする嫦娥。おかげで操縦をする暇がない。
そのすきを見て軍鶏騎が突進してきた。右腕を振りかぶり、斉天猴に振りおろす軍鶏騎。その時、かろうじて斉天猴は左腕をあげ、軍鶏騎の攻撃を防いだ。
斉天猴の操縦室の中では、何とか操縦が間に合った嫦娥の膝の上に翠蘭がすわり、両手で嫦娥の両腕をつかんでいた。
「邪魔なんだよう!」
「そちは気にするな!いっしょに使い方をおぼえるんだから。」
嫦娥は翠蘭の体を引き剥がそうとしたが、また軍鶏騎が襲いかかってくるのに気づき、操縦に専念せざるを得なくなった。
やっきになって左右の手をくり返し突いてくる軍鶏騎。それに対し嫦娥はせっせと操縦桿を動かして攻撃をかわし、すきを見て斉天猴の右腕で軍鶏騎になぐりつけた。
横転する軍鶏騎。それを見て嫦娥が叫ぶ。
「そいつは所詮軽戦闘機!パワーもたいしたことないのよ!」
「なるほど、この強力の猿人をそうやって操るのか。」
「おぼえなくていいの!」
嫦娥と翠蘭が言い合っている間に軍鶏騎は立ち上がった。そして斉天猴の方を向くと、翼の下に隠されていた羽毛のような構造を逆立てた。
「嫦娥、気をつけろ!」
玄奘が叫んだ次の瞬間、逆立った羽毛のような刃が射出された。
★軍鶏騎人型形態
翼の裏にある刃羽を射出する。
その羽毛、刃羽は前方に広範囲に広がり、玄奘の荷車や仲間の山賊を貫いた。斉天猴は両腕をそろえて前腕で体の前を覆い、刃羽の猛攻を防いだ。
「こんなの、こけおどしの攻撃よ!」
斉天猴は刃羽の攻撃の合間を縫って前進し、その巨大な強腕で軍鶏騎の胸の風防を力いっぱい殴りつけた。風防は割れ、周囲の装甲は内部にめり込む。それを見て玄奘があわてて前進して斉天猴の攻撃をさえぎった。
「嫦娥、殺生をするな!」
くずれおちる軍鶏騎。玄奘はその上にかけ登るとつぶれた風防を取りのけ、内部から操縦者の射匱を引きずり出した。
ひしゃげた装甲で圧迫され、射匱の頭蓋骨の一部や胸郭が骨折し、めり込んでいた。射匱は既に虫の息で、時おり口から血を噴き出した。
「しっかりしろ!」
「か、監察軍の兵器、…追っ手と一緒だったのか、お、お嬢さん。…おれたちは、気づいていた。」
「何だと?」思わず聞き返す玄奘。嫦娥と翠蘭も斉天猴から降りてきて、玄奘の背後からのぞき込んだ。
「…おれたちは、連絡を取り合い、…現れたら、包囲すると。…待ちかまえて、…かしらが…。」
「かしら?…私の親父は生きているの?」射匱に問いただす嫦娥。
射匱は口から再び血を吐いた。「…お前らは、西には行けない。…進めば、…地獄。」
そうつぶやくと、射匱は口から血を流しながら力つきた。
「嫦娥、こいつを知っていたのか?」
嫦娥はうなずいた。「私の父親は監察軍が追っていた集団のリーダー、つまり賊の首領だったのよ。…こいつは手下の中でも一番の下っ端。私はろくに口をきいたことはなかったけど。」
「こいつの口ぶりだと、賊の残りの仲間と連絡は取り合っていたようだ。」
「私たちを、…というか、玉龍を操るあんたを、監察軍の追っ手と思って、連係して攻撃してくるかもしれない。」
「お前は仲間たちのところへ戻りたいのか?」
嫦娥は激しく首を横に振った。
「まがりなりにも統制がとれていた昔ならともかく、今の状況ではあの射匱のように私を奴隷女扱いするのが関の山よ。…親父には会いたいけど。」
「前にも言ったように私は追っ手ではない。…ただ、西域への道を阻むのであれば、排除せざるを得ない。…そうでなければ親元へ返してやるさ。」
嫦娥はそれを聞いてこくんとうなずいた。「そう言ってくれるなら、あんたの取経の旅とやらにもできるだけ協力するよ。」
その時、翠蘭が嫦娥の肩を軽くたたいた。「話はついたか?…玄奘殿、歓信たちがおびえておるからなだめてやってくれ。」
玄奘はそれを聞いて翠蘭にほほえんだ。「わかりました。…公主殿はお強いな。」
にっと笑い返す翠蘭。それを見て嫦娥も鼻をすすって立ち上がった。
生き残った山賊は逃げ去っていた。玄奘は道案内の歓信を安心させ、崩れた荷を整えてまもなく出発した。
玄奘たちが去って半日もした頃、大破した軍鶏騎が倒れているところに一台の戦車が現れた。二つのキャタピラと一本の大きな腕を装備した戦車、黄爪で、腕の先には巨大な爪がついていた。その戦車の中から金色の衣装に身を包んだ大男、黄袍が出てきた。
「こいつは。…いくら軍鶏騎が軽戦闘機と言っても、ここまでつぶすとは相手はただ者じゃない。…監察軍の追っ手に違いない!白骸に連絡をとらねば。」
再び作業戦車、黄爪の中に入る黄袍。黄爪を動かしてその巨大な腕で軍鶏騎の残骸をつかみあげた。さらにキャタピラ上部装甲が開き、中から補助作業肢が出てきて軍鶏騎の残骸を下から支えた。そしてそのまま北方の天山山脈の方へ去っていった。
★作業戦車、黄爪
巨大な爪を持つ作業肢で各種の作業を行う。一人乗り。右上部に榴弾砲塔一門、左側に防護板を装備。キャタピラ上部装甲内から補助作業肢を出す。
玄奘たち一行は翌日、阿耆尼国の城都に到着した。
一応国使であるため阿耆尼国の国王と仏教関係者は丁重に出迎えたが、この国は先年高昌国と戦火を交えたことがあったため、食糧や馬の補給は見て見ぬ振りでしてくれなかった。そこで翌日には早々に阿耆尼国を発った。
その後しばらくは平穏な旅が続いた。
次に訪れた屈支国では国王から熱烈な歓迎を受け、当地の大徳僧、木叉毬多にも面会した。しかしこの地は小乗仏教が盛んで、玄奘の修める大乗仏教とは教義が異なる上に、高僧木叉毬多の叡智も玄奘に遠く及ばなかった。何より、玄奘の求める「瑜伽論」などに興味をもつものは一人もいなかった。
さらに西行して砂碩を越え、ついに凌山の南麓にある跋禄迦国に着いた。ここでもまた国王や僧侶から歓迎を受けるとともに、けわしい凌山越えのための本格的な準備を始めた。
凌山は天山山脈の中でもとりわけ峻嶮で、年中氷雪に覆われている。その凌山に凌渓と呼ばれる峠があり、そこを越えると西突厥の首都、素葉城に抜ける。玄奘は跋禄迦国王に支給してもらった馬と駱駝に大量の荷を積む手配を終えると、翌朝の出発に備えて早めに休むことにした。
「それにしても、屈支国でも跋禄迦国でも特に妖魔の噂は聞かなかったな。」玄奘は居室で嫦娥に話しかけた。
「今さらだけど、射匱が何か知っていると分かっていたら、何とかしてつかまえて吐かせればよかった。」
「嫦娥が敵を力まかせに殴ったからじゃ。ねえ、玄奘殿、今度はわらわにあの猿人を操らせてくれ。わらわの方がうまくやれるから。」
「何言ってんだい、ちびのくせに。」
「もめずに早く休め!明日からつらい旅が続くぞ!」




