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玄奘天竺行  作者: 変形P
12/21

十二行:翠蘭公主

★玄奘の往路

挿絵(By みてみん)


「何と申された?」玄奘は麹文泰の言葉を聞き返した。


「先日より玄奘殿のお部屋へ我が国の高僧、彖法師と国統王法師をしばしば使いにやらせていたが、ある日彖法師が半裸で眠りこけておる玄奘殿の従者を見てしまったのだ。」


 玄奘は思わず額を叩いた。嫦娥も当初は神妙にしていたものの、慣れてくるに従ってしばしばはしたない格好でくつろぐようになっていた。玄奘は口やかましく注意してはいたが、気を許した際に気づかれてしまったようだった。


「そのことを咎めるわけではござらん。玄奘殿に深い考えがあってのことと拝察しています。だが、ひとりくらい私の娘が増えても支障はないでしょう。」


 玄奘はがくっと肩を落とした。


「玄奘殿には凌山を越え、西突厥の素葉城へ赴いてもらいます。そこで国王の葉護可汗にさらなる援助を受けられるよう国書をしたためましょう。さらに西南にくだり、西突厥の西の関門、鉄門を抜けると活国に着きます。そこに余の妹が可賀敦(王妃)として嫁しておりますが、そこまで娘の翠蘭公主を連れていっていただきたい。」


「しかし私が連れていくよりも、国王の護衛部隊をつけていかれた方がより安全なのでは?」


 しかし麹文泰は首を横に振った。


「近年はこの世のものとは思えぬ巨大な化け物が各地で出没しており、我が国の威光も西突厥の軍隊も力が及ばなくなりつつあるのだ。…しかし玄奘殿のように徳を積まれた方と共に行けば、仏のご加護も期待できようというもの。」


 ついに断りきれなかった玄奘が居室へ戻ってくると、そこでは子どもの泣き叫ぶ声が響いていた。


「何やってるんだ、嫦娥?」つい声を荒だてる玄奘。


 すると胸元をはだけたあられもない格好の嫦娥が、床に散乱している毛布の下から這い出てきた。


「こ、こいつが、朝からこの部屋であばれてるから、とりおさえようとしてたんだ!」


 嫦娥は齢十にも満たない童女の首元をつかみあげていた。


「何だ、この子どもは?」


 その童女は、首根っこをつかまれたまま嫦娥の髪を引っ張った。「子どもじゃない!翠蘭だ!」


「これが翠蘭か?」唖然とする玄奘。


「知ってんのか、このガキを?」


「ガキじゃない!この国の王女の翠蘭公主だ!」


 玄奘はあわてて嫦娥の手を振りほどくと、翠蘭を床に立たせた。翠蘭はわめいてはいたが泣いていたわけではなく、ただ怒っているだけのようだった。


「そちが唐から来られた玄奘殿か?側女の教育がなってないぞ!」


「何だと?」


 いきたつ嫦娥を制止する玄奘。


「よせ、嫦娥。これからしばらくこの子…公主も我々と道中を共にすることになった。…けんかせず、面倒をみてさしあげろ。」


「何だって?そんなこと聞いてないぞ、玄奘!」


「わらわもこんな田舎娘といっしょはいやじゃ!」


 つかみかからんばかりの二人を離しつつ、玄奘は頭を抱えた。


 高昌国王麹文泰による旅支度は、玄奘の想像を絶するほど豪奢なものだった。


 これから越える天山山脈の凌山を越えるための防寒具を、翠蘭にはもとより、玄奘、嫦娥にも上下数揃えをあつらえ、玄奘の天竺までの旅費として黄金百両、銀銭三十貫(三万枚)、綾や絹などの織物を五百疋準備した。これらを運ぶために馬三十頭と人夫二十五人を支給し、西突厥までの道案内として殿中侍御史歓信をつけた。


 さらに途中経由する国々二十四国への国書を作り、それぞれに贈り物として大綾一疋をつけた。西突厥への献上品としては別に綾絹五百疋と果物を荷台二台分準備した。


 翠蘭のためには女官十人をつけようとした麹文泰だったが、さすがに女官がついてくるようでは旅に支障が出ると玄奘は断って、細かいことは嫦娥が面倒をみることにした。


 玄奘は感謝し、準備が整うまでの一ヶ月の間、麹文泰のために仁王般若経などの講釈を行った。


 玄奘が高昌国を旅立つ時は、国王をはじめとして盛大な見送りが行われた。


 玄奘の馬の前には歓信、後には翠蘭と嫦娥が相乗りしている馬が続いた。


 嫦娥は翠蘭の世話を押し付けられて当初はむっとしていたが、麹文泰からのたくさんの贈り物を見て、少なくとも当分は寝食に不自由しないとほくそ笑んでいた。高昌国を出たら翠蘭の面倒を見るどころか、厳しくしつけて自分のことは自分でやらせようとも目論んでいた。


 その思惑を察していたのか、年の割には目先のきく翠蘭も目に抜け目のない光を宿していた。


 二人がまだ猫をかぶっているうちに、一行は高昌国の出城の無半城、篤進城を過ぎ、隣国の阿耆尼アグニ国の領土へ入った。


 阿父師泉という泉を過ぎ、銀山を越えたところで一行は十五騎からなる山賊に出くわした。


 錫杖をかまえる玄奘。しかし道案内の歓信がそれを制して言った。


「我らが高昌国の使いと知れば、少しの金子を分け与えれば多くは望まず引き下がるでしょう。ここは私が…。」


 山賊と話をつける歓信。銀銭を百枚与えることで話がつき、山賊は引き返そうとした。ところがその時、空から轟音が響いたかと思うと、山賊の後方に巨大な鶏型の妖魔、軍鶏騎が舞い降りた。


★軍鶏騎

 一人乗りの鶏型の軽戦闘機。

挿絵(By みてみん)


 ひるむ歓信とその一行。軍鶏騎の背中には風防があり、それが前後に開いて中からひねた顔の男が姿を現した。


「ばかやろう、それだけの銭で引き下がるな!」男は山賊に向かって叫んだ。


「しかし兄貴、こいつらは高昌国の国使ですぜ。下手に欲を出したら後が恐い。」


「何言ってやがる!そいつらは女を隠しているぞ!」


 いっせいに玄奘たちの方を向く山賊たち。玄奘の後ろで面衣で顔を隠していた嫦娥は、それを聞くと面衣と帽子をとってにらみ返した。


「そういうあんたの顔を知ってるわよ、射匱!」


 名前を呼ばれて軍鶏騎に乗っている男は目を見開いた。「誰だ、おれを知っているやつは?…ま、まさか?」


「パシリのあんたが兄貴だなんて、出世したわね!」


「お、お嬢さんですか?…か、かしらの…?」反射的にひるむ射匱。


「そうよ!その頭でも、私のことはおぼえていたようね。…少しでも金をわけてやったんだから、おとなしく帰りなさい!」


 しかし射匱は虚勢をはって言った。


「お嬢さん。…いや、嫦娥!もうかしらも誰も、おれに命令する者はいない。あんたもな。…いや、あんたには、おれに従ってもらおうか。


ほかのやつらは、みな殺しだっ!」


 玄奘はやれやれとばかりに首を振ると、錫杖を天にかざした。とたんに天に暗雲がたちこめ、その中央を貫いて斉天雲が降臨し、猿人形態となって玄奘の傍らに降り立った。


「私が操縦してあげるわ!」


 馬上から斉天猴に飛び移る嫦娥。同じ馬に乗っていた翠蘭は鞍の上に立ち上がってぽかんと口を開けた。


「ま、また化け物が。…げ、玄奘殿?」うろたえる歓信。


「心配ない、歓信殿。今度のは天帝のしもべ、我らの味方です。」


 頭上のハッチから操縦席に滑り込んだ嫦娥は、操縦桿を握った。巨大な両腕を振り上げ威嚇する斉天猴。その時、嫦娥のすぐ背後から声がした。


「へえ、そうすればこいつを自在に動かせるの?」


「翠蘭?あんた何してるの!」


 いつのまにかに翠蘭が操縦席の後にもぐり込んでいた。


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