7話 変化
ヒロコはノゾミと一緒に住むようになってから、仕事の仕方が変わっていった。
今までより、尚のこと効率的に仕事をこなすようになっていた。
そして、残業を減らし、早めに帰宅するようになっていた。
以前なら帰りが遅かったから会社周りで食べればよかったが、
今は家に帰って、妹のようなルームメイトと一緒にご飯を食べないといけないのだ。
「ただいま。」
「おかえりなさい」
ヒロコが帰宅すると、ノゾミがダイニングから笑みを浮かべて迎え入れてくれる。
その日もノゾミはフリフリしたエプロン姿で夕ご飯の支度をしていた。
ヒロコはノゾミの肩に触れ、何を作っているか後ろから覗く。
その日はハンバーグだった。
「あっ、ハンバーグだ。ノゾミちゃんのハンバーグ美味しいから好き。」
「ふふっ。そう言ってもらえると嬉しいです。もうすぐでできますからね。」
ノゾミは笑みを浮かべながら、ハンバーグに焼き色をつけていく。
ヒロコは部屋に戻り、着替えて食卓に着いた。
二人は向かい合い、夕ご飯を食べながら話す。
その日あったこと、楽しかったことなど、色々いなことを二人は互いに話した。
そしてご飯を食べ終え、後片付けをし、お風呂に入り、眠りに着く準備をする。
ヒロコがベッドに横になると、ノゾミが見下ろすようにヒロコを見つめる。
「ヒロちゃん……。」
「ふふ、もう仕方ないなぁ。」
ヒロコはそう言うと、後ろに下がり、ノゾミがベッドに入れるようにする。
ノゾミは嬉しそうにベッドに入り込み、ヒロコのそばで丸くなる。
「本当にノゾミちゃんは甘えん坊なんだから。」
「へへー。ヒロちゃん大好き。」
ノゾミはそう言うと、ヒロコの体に抱きつく。
ヒロコも優しく抱きしめ返す。左手はノゾミの下ではなく胸元に置くようにして。
そして二人は安心して眠りについた。
そんな生活を数週間ほど過ごしていた、ある日、
ヒロコがいつものように足早に家に帰宅すると、部屋に見知らぬ靴があった。
「ただいま。」
「……。ヒロコさん」
ヒロコを迎えるノゾミの表情にも声にも元気がないようだった。
そして、ノゾミの後ろには見慣れない女性がいた。
長い黒髪でロングスカートを履いていて、大人っぽい雰囲気があり、顔つきからもヒロコよりも年上のように見えた。
「あの、どちら様ですか?」
ヒロコは初めてみる女性に声を掛ける。
「あなたがノゾミを家に引き摺り込んだって女ね。」
ヒロコの問いかけに答えず、その女はヒロコを睨み付けるように見た。
「引き摺り込んだって、いったい何を言ってるんですか?」
「森本さん、そんな言い方やめてください。」
ノゾミは怒ったように、その森本と呼ぶ女に言う。
「ふん、ノゾミは人が良いから騙されているの。この女は下心を持って近づいているわ。」
「あなたは何を根拠にそんなことを……」
ヒロコは言われようのない指摘に苛立ちを覚え始めた。
「私は騙されないわよ。」
森本はヒロコを睨みつける。
ヒロコも負けじと見つめ返す。
二人は見つめ合っていたが、急に森本は目をそらし、ノゾミに優しい表情で向く。
「ノゾミ、こんな狭いところに住むより、私の家に来ない?」
森本はそうヒロコに向かって言った。
ヒロコは驚いたが、ノゾミは想定していたのが驚いたように見えなかった。
「前と同じように、近くに暮さない?もうノゾミが嫌がるようなことはしないから。」
「ごめんなさい」
ノゾミは森本の提案を断った。
「そうなる、よね……」
森本は悲しく残念そうな表情で俯く。
そして、ベッドの上のぬいぐるみを見る。
「私のプレゼントしたぬいぐるみ、燃えちゃったんだよね。」
「モモちゃんは、はい……」
森本はバッグからノゾミの部屋にあったモモちゃんと呼ばれれていたぬいぐるみと、同じぬいぐるみを取り出す。
「せめて、これ、受け取ってくれる?」
「ごめんなさい。受け取れません。」
「そう……。」
森本はさらに悲しそうな表情で、そう答えた。
そして、寂しそうに森本は部屋を出ていこうとした。
玄関口でヒロコに振り返る。
二人は目が合いじっと見つめ会う。
森本は視線を外し、笑みを浮かべた。
「邪魔したわ。また会いましょう。」
そう言うと去っていった。
ヒロコは森本のいきなり登場し、何者かがわからないまま出て行ったので困惑した。
「ごめんなさい。ヒロコさん、こんなことになって。」
ノゾミは部屋に招かざる客を連れ込んだことにヒロコに謝罪する。
「……いいよ。ノゾミちゃんも断ったんでしょ?」
「はい。でも、押し切られてこの部屋に入れちゃいました。」
「あの、森本って人は、えっと誰なの?」
「あの人は前に住んでいたマンションのお隣さんなんです。」
「へぇ。でもお隣さんっていうより、もっと仲良さそうな関係に聞こえたけど。」
「……。はい、良くしてもらってました。」
「ふーん。その人にも優しくしてもらったんだ。」
「……。」
ノゾミはそれ以上語りたくないようで、話を切り上げ、夕ご飯の支度を始める。
ヒロコは何か悔く、もっと聞き出したかったが、追求することはできなかった。
ヒロコはノゾミと森本の関係が気になっていた。
その日、ヒロコはモヤモヤした思いを抱きながら、ベッドに横になった。
ノゾミは布団で眠りについてるようだったが、ヒロコは眠りにつけなかった。
森本とヒロコのことで頭がいっぱいになっていたのだった。