2話 誘い
ヒロコが、大学生くらいのお隣さんとエレベータで出会った次の日の朝。
部屋には無情にも目覚まし音が鳴り響き、ヒロコは起きて、会社に向かわなければならなかった。
人としての感情はないように、無表情で立ち上がり、機械のように支度をする。
そして、スーツを着ると、カバンを手に取り、部屋を出る。
部屋を出て、エレーベータの方を向くと、昨日の少女がいた。
小綺麗で可愛らしい短めのスカートを履いていて、そこから見える足に、同性のヒロコからしてもドキリしてしまう。
表情にも生気があり、はっとさせるような雰囲気があった。
「あ、おはようございます。」
見惚れているヒロコに、気づくと、少女は礼儀正しく挨拶をする。
「おはようございます。」
キラキラした目で、見つめられ、何か威圧感のようなものを感じるが、ヒロコも挨拶を返す。
エレベータが到着すると、二人は中に入る。
降りていく間、昨日と同じく気まずい感じが続くが、仕事のことを思い浮かべ、冷静さを保つ。
今日も頑張らないといけない。
エレベータが止まる。
少女は振り返ると、ヒロコに対しニコリ笑みを浮かべ、手を前に出す。
「どうぞ。」
ヒロコは一瞬呆然とし、エレベータを出て、会社に向かっていった。
向けられた少女の笑みが頭の中に留まっていた。
少女のことを思い浮かべると力が湧いてくるようで、不思議とヒロコの心は晴れ渡っていた。
しかし、その日から、お隣さんに会うことはなく、数日が過ぎた。
二人の生活リズムが違っていたために、基本的に会うことがないようだった。
そんな状況ではあっが、ヒロコは特に気にすることもなく、機械のように仕事に励んでいた。
ある日のこと、いつもように仕事でくたくたになってヒロコはマンションに帰宅する。
マンションの玄関扉を開け、中に入ると、オートロックの扉前にお隣の少女がいた。
少女は近くにあるスーパーの買い物袋を手に持っていて、オートロックの扉の前にポツンと寂しそうに立っていた。
ヒロコはその姿を見て、状況を察した気がした。
「こんばんわ。」
ヒロコは声をかけ、少女を横切ると、オートロックの扉を開ける。
「あ、こんばんわです。」
少女は申し訳なさそうな声で返答し、ヒロコの後を追って中に入る。
やはり、お隣さんはうっかりオートロックの鍵を忘れて、部屋を出てしまったようだった。
エレベータを待ち、二人は乗り込むと、ヒロコは同じ階のボタンを押す。
「あの、すいません。鍵を忘れて出てしまって。」
エレベータの中で、お隣さんがぽそり言った。
「偶にありますよね。」
ヒロコは微笑しながら、ぽつり返答する。
「へへ。そうですよね。」
お隣さんは、ふにゃりとした可愛らしい笑みを浮かべた。
ヒロコはその笑みで息が詰まりそうになった。
エレベータが目的の階に止まり、扉が開くと、ヒロコは自身の部屋に入ろうとする。
部屋の鍵を取り出し、鍵を開けようとする。
「あの!!ご飯って今日食べられましたか?」
唐突に言われて、ヒロコはびっくりし振り返ると、お隣さんが顔を赤くしていた。
「……。食べてないです。」
ヒロコが返答すると、お隣さんはさらに顔を赤くして、モジモジする。
「それなら、一緒に食べませんか!?」
「えっ?」
「さっきのお礼というか……、いやそうじゃなくて。あのもしよかったら、ですけど。食材もあるんで。」
お隣さんはそう言うと、上目遣いでヒロコを見つめる。
ヒロコは急な提案に驚いてはいたが、冷静に状況を判断し、最善と思われる回答をする。
明日も仕事があるわけだし、そんな見ず知らずの人の部屋に入るなんて。
「おことわ……、」
お隣さんが非常に悲しそうで、今にも泣きそうな表情をした。
「っじゃなかった。一緒に食べましょう!!」
「はい!!」
お隣さんの顔に満面の笑みが広がった。
それを見て、気づけばヒロコにも笑みが広がっていた。