6話 王女サマのお買い物
西区の郊外から市街地へと抜け、商店街を目指す。服の事はあまり詳しくないがここならフレアの服も手に入るだろう。
街は喧噪に包まれつつもどこか不安げだった。無理もない。仮に二か月後、この街が残っている保証はない。そんな噂がどこからともなく広がった結果なのだろう。ウェインはフレアの手を引いて服屋に向かった。
「フレア。何か着たい服とか無いのか?」
「えぇと……ごめんなさい。そういうのはあまり知らないです」
フレアは申し訳なさそうに謝った。謝る必要は全くないし、むしろウェインの方が申し訳なくなってきた。切り替えるためにフレアを女子向けのコーナーへと連れて行った。すると……。
「あの。ウェインさん」
フレアが文句を言いたげな視線を投げかけてきた。
「私はもう立派な大人ですよ。そっちじゃなくてこっちだと思います」
フレアが指さした方向には大人の女性向けのコーナ―があった。フレアの年齢は十六。大人と言えば言えるかもしれない年齢ではある。しかし。
「お前、身長いくつだよ」
「自慢じゃないですけど、これでも百四十前後ありますからね」
フレアが無い胸を張って言った。もう一度女子向けのコーナ―を見る。適正身長は百四十前後と書いてあった。世界は非情である。
「……じゃあこっちだな」
「ウェインさんんん⁉ 少しくらい見栄を張らせてくださいよ! 私だって大人ですよ‼」
「要らん見栄張るな! そこで見栄を張らないのが大人の立ち振る舞いってやつだろ!」
ウェインは騒ぐフレアをなだめつつ女子向けのコーナ―へと引っ張っていった。
「とりあえず好きな服持ってこい。金は心配すんな」
色とりどりの服を指し、フレアの背を押す。フレアはしばらく悔しそうな表情でウェインを睨みつけていたが、やがて観念したのか女子向けのコーナーへと歩いて行った。
「おや、ウェインさん。今日はどのような御用で?」
背後から声を掛けられたウェインが振り向くと、そこには店主の女性が立っていた。軽く会釈をしてフレアの方に目を向けた。
「なるほど……お子さんにしては歳が近いですし……妹ですか?」
どう説明すればいいものか言葉に詰まる。真っ向から伝えるのは間違っているし、下手に誤魔化して詮索されるのも避けたい。言わせておくことにした。
「そうだ。彼女に合うものを見繕ってほしい」
「かしこまりました」
店主の女性はフレアに話しかけにいった。フレアは戸惑っていたが、やがて受け入れ、かなり活発に話しかけていた。
ウェインは店内を見回す。人は少ない。にも拘わらずこの刺すような視線はいったいどこから来ているのだろう。
直感的にこの場所にいるのはまずいと悟り、表通りに出る。視線は変わらない。ウェインは確信した。クロウを撤退に追い込んだのにも関わらず、未だに手下を寄越してくるらしい。随分と執念深いものだ。
今はフレアがいる。ウェインが狙われるのは構わないが、その矛先が彼女に向かうのは避けたい。何とか対応策を練らなくてはならない。
そう考えつつウェインは服屋に戻った。
戻るなり店主に試着室の方に呼ばれた。導かれるままに試着室の方へ向かうと鏡の前にフレアが立っている。フリルの付いた白いスカートにオレンジのブラウスを着ている。小柄なフレアに似合うようなコーデを選んでくれたらしい。
「ウェインさん! どうですか?」
フレアは試着室の中でくるりと一回転する。ふわりとスカートがなびいた。
「んー、似合ってるんじゃない?」
「適当ですねっ!」
ウェインの物言いにフレアは頬を膨らませて抗議した。確かに適当だった、とウェインは反省すると、丁度そのタイミングで店主が声を掛けてきた。
「他の物もありますよー」
店主が試着室のカーテンを引きつつ中へ入ってゆく。カーテンが揺れ、再び開かれると、フレアはまた新しい服を纏っていた。今度はベージュを基調としたロングスカートに白シャツ、ピンクのコート。まだ春先ではあるが、少し厚着にも見える。それに丈が長い服ではフレアが着こなしているというより着られている感が増す。
それを指摘すると再びカーテンが閉まった。
「じゃあこれはどう?」
今度はかなりラフな格好だった。あえて大きめのパーカーにショートパンツを履いている。確かに良い感じがするが、いまいちパッとしない。
「なら――ちょっと待ってて!」
店主は店内を走り回り、また服のセットを持ってきて試着室に放り投げた。
「あんたさ、フレアの事を着せ替え人形か何かと勘違いしてないか?」
「こんなに可愛い娘に可愛い服を着せるのは当たり前でしょ⁉ 写真機があったら宣伝に一枚欲しいわよ!」
彼女は随分興奮した様子で走り回っていた。そんなに慌てる必要はないだろうとウェインは心の中でぼやいた。
「あの……ウェインさん」
「ん?」
フレアに呼ばれカーテンを開ける。そこには黒を基調としたドレスを着たフレアが立っていた。
「どうでしょうか?」
ウェインはその姿を見た瞬間、頭を押さえた。記憶が痛む。
「……黒――か。俺はあまり好きじゃないな」
「そうですかー。別の物にしてみます」
そういってフレアはカーテンを引いた。ウェインはほっと息をついた。
「……髪色が違くて助かったな」
そう一人ウェインは誰にも気づかれない声量で零した。
***
店主に半ば押し付けられるようにして服を買ったウェインとフレアは中央広場のベンチに座って道行く人を眺めていた。
「いいのはあったか?」
ふとウェインが呟いた。
「ありました。けれど……」
フレアは買った服の袋を見ながら言葉尻を濁した。
「ウェインさんが今朝創ってくれた白いワンピースが一番良かったです」
ウェインは少し驚いた。本職に及ばない錬成術の産物がフレアのお気に入りだとは考えもしなかった。
「……錬成術の産物でも手間が掛かるが、きちんと処理をすれば長期的に安定するものが創れるんだ。もう一回創るか?」
「いいんですか⁉」
フレアは目を輝かせて飛びついてきた。そんなことで喜ぶとは単純なのか、それともあのワンピースがよほど気に入ったのか。どちらにせよフレアが喜んでくれるのなら、手間をかける気にはなる。
「じゃあ、私の身体はなんでそうしないんですか? ウェインさんも、毎日魔素を注ぐのは手間だと思うんですけど」
フレアの言葉にウェインは意外そうに目を開いた。そこまで考えつくとは、聡明である。だが、錬成術はそこまで万能ではない。
「そりゃ、物と違って人間の身体は成長するだろ。損傷した身体なら尚更だ。俺がやっているのは、あくまで傷が治るまでの補助。失われた身体が治るまで、隙間を埋める作業だ。だからむしろ毎日交換出来た方がいいんだよ。大丈夫だ、きっちり治るまで面倒見てやるから」
ウェインはフレアの頭を撫でた。彼女は心地よさそうに目を細めていた。
そう呑気に構えていると、再び刺すような殺気が飛んできた。監視されているのだろうか。ウェインはフレアから視線を外し、周りを見る。不自然な影が二つ。仕掛けてくるらしい。今この場所ではかなり危うい。
「フレア。ちょっと待っててくれるか?」
「? はい。分かりました」
フレアと別れ、ごく自然な動作で裏路地へと入る。入った瞬間に大地を踏み走った。直後後方の人間達が焦る気配がした。
「……素人が」
ウェインは更に路地を駆けた。発展によって再開発が繰り返されたセヴァンフォードはまるで迷路だ。マエリベリーですらその全貌は把握していない。無論ウェインもである。しかし暗殺者の彼らにとってはより分からないだろう。
彼らの後ろを突くように回り込む。困惑し足が止まる彼らに背後から剣を突き立てる。
「――お前らだな。仲間は他に居るか?」
「クソッ⁉」
彼らは悪態を吐いただけでそれ以外何も言わなかった。魔術を使おうと左腕を動かした瞬間にそれを落とす。
「マエリベリーに自重しろと言われているからな。静かに殺させて貰おう」
***
広場に戻るとフレアの隣に誰かが座っていた。純白のシャツに草原を思わせるような緑のコートを羽織った女性だ。
「おお、ルーラじゃないか。その装備ってことは、今日は森の方に行くのか?」
「はい。少し調査を依頼されまして。そこまで重要な依頼ではなさそうですが、念を入れて。最深層まで潜る予定なので数日空けますし、せっかくなのであいさつをと」
「ルーラさんも冒険者なんですね!」
隣に座るルーラを輝く目で見上げながらフレアは言う。ルーラはそれをにこやかな笑みを浮かべて見ていた。
「あぁ。この街有数の実力者だからな。俺が本来担うべきの『未解決依頼』を処理する役目をやって貰ってる。俺は俺で忙しいからな」
暗殺者の対応、という部分を伏せてそう言った。公共の場所でそんなことをばらせば、何人かは確実に『処分』されるだろう。
「そういえば食事は済みましたか? よろしければ一緒にしませんか?」
思い出したかのようにルーラが提案してきた。ウェインとフレアは顔を見合わせた。断る理由は無かった。
広場近くのレストランに入り席を取る。ウェインは来たことが無い店だが、ルーラが言うにはかなり良いらしい。
「フレア様はどこからいらしたのですか?」
「えっ?」
食事も中頃となったところで、小休憩がてらルーラがフレアに問いかけた。丁度スパゲッティを啜っていたフレアは素頓狂な声を上げつつ返事をした。
ウェインはその質問内容に一抹の不安を抱いた。流石にあれだけ魔王の妹と露呈することを恐れていたのだから、簡単には漏らさないとは思うが、心配である。ウェインはそっとフレアに耳打ちをした。
「分かってると思うが、くれぐれも感づかれないようにな」
「分かっています。任せてください」
「?」
ルーラはきょとんとしていた。そうだろう。ただの雑談だというのに、急に相談なんかし始めたら何だと訝しむのが普通だ。
「……ええと……南の方です」
――いや誤魔化し方下手くそか⁉
ウェインは思わず無言のうちに突っ込んだ。かなりグレーな誤魔化し方だ。セヴァンフォード以南にある目立った街は魔王領との国境線兼最前線の街『ホライゾン』と、魔王領内の街しかない。明言してはいないとは言え、暗に言っているようなものだ。
それに対しルーラは察したような、理解したような表情で頷いていた。
「なるほど。南のほうなのですね。ならばかなり危険地域でしたけど、よく生きていましたね」
「結構死にかけましたけど。ルーラさんは言った事ありますか? 南」
とりあえず、一難は去ったようだ。無事とは言えないが。しかしながら二人の会話は中々踏み込んだ内容だった。ウェインが会話に入る隙が無い。少しの気まずさを感じたウェインは珈琲を飲みながら店内の喧噪に耳を傾ける。
大方が噂話だった。隣の家の不倫の話。西の商店がセールをやっているという話。冒険者の武勇伝。どれも陳腐で面白みのない話だった。だが、たまたま聞こえた一つの話がウェインの耳朶を打った。それは、魔王軍と帝国軍の戦況の話だった。
「最前線付近で帝国軍がまた勝ったらしいな」
「らしいな。『金剛騎士団』だったか? 皇帝直属の騎士団がべらぼうに強いそうだ」
その話は左前の席から聞こえてきた。若い冒険者と中年の冒険者の二人組だ。
「へぇ。じゃあその『金剛騎士団』が帝国最強の集団なんですかい?」
「若いのはどうして最強に拘るのかね。ここだけの話だ。昔はそれより強い騎士団があったらしい。騎士団と言っても少数精鋭だったらしいが」
「それはロマン溢れますね。名前は覚えてますか?」
中年の冒険者は頭を抱えた。
「いや……何だっけな。おり……いや、忘れた!」
「何なんですか! 作り話じゃないでしょうね!」
咎めた若い冒険者を中年の冒険者は笑い飛ばした。ウェインは呆れて彼らの会話から耳を外した。てっきり前線の戦況が聞けると思ったら、おっさんの与太話に付き合わされるところだった。
そもそも詳しい戦況が聞きたいのならマエリベリーに聞けばいい。ここで根拠のない情報を聞く価値すらない。ウェインはそう一人で納得し、フレアとルーラの会話に戻った。
「へぇー。マエリベリーさんは旅行好きなんですね」
「そうなのですよ。休暇中はいつも連れまわされますね。この間は北方の原氷大地まで行ってきましたから」
「えっ⁉ あそこまで⁉ どうでしたか?」
「綺麗でしたよ。特に夜になると空には――」
彼女たちの話はかなり盛り上がってるようだ。こういう時には待つに限る。ウェインはあくびを噛み殺して珈琲を呷った。
「あ。そろそろ私はお暇させていただきます。時間を忘れて話し込んでしまうのは久しぶりです」
ルーラが席を立った。恐らく二時間は経っただろう。かなり話し込んでいたようだ。
「はい! ルーラさんも気を付けて」
「えぇ。ウェイン様も」
ルーラに軽く会釈をする。彼女はそそくさと会計を済ませて行ってしまった。……そういえば奢られてしまった。
「何の話をしていたんだ?」
「大陸の名所絶景についてですね。私も幼い時に大陸中を回りましたが、ルーラさんやマエリベリーさんはそれ以上ですね」
「へぇ」
適当に返事をしながら内心ウェインは驚きを隠せなかった。彼女らが旅行好きなのは知っていたが、王族を凌ぐ行動範囲であったことは予想外である。
「まぁともかくだ。面白かったか?」
「はい! 今までそういう話を他人としたことが無かったので」
フレアは満面の笑みで頷いていた。そもそも一生を生まれた街で過ごすことが大半である。街と街の移動は危険が伴うし、金額もかさむ。旅行は最上の贅沢であろう。
「やっぱ元姫様なんだな」
「だからそういってるじゃないですか。証拠も見せましたよね?」
「いや、疑っている訳ではないが……」
ウェインは改めて状況を客観視した。適当に過ごしていた男の下にある日、元姫様の幼女が居候しに来る。犯罪感が増した。昨日マエリベリーがああ言ったのも分かる気がする。
「いや、分かっちゃいけないんだよな。俺がこうしてるのはあいつに言われたからであって、決して――」
ウェインは湧き上がる感情を紛らわせるために早足で店を出た。