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4話 二人の秘密

 冒険者ギルドへ一歩足を踏み入れた瞬間、多数の視線が突き刺さるのをウェインは肌で感じた。

 一応、冒険者ギルドの一員として登録してある身として、どんなに犯罪者面をしてギルドに幼女を連れて入ったとしても逮捕になることは無いはずなのだが、どうにも居心地が宜しくない。ウェインはそそくさとマエリベリーの部屋がある最上階を目指した。

 マエリベリーの部屋に入り、そのままマエリベリーが仕事する執務室の方まで抜ける。執務室に入った瞬間、マエリベリーと目線が合う。マエリベリーが低く冷たい声で言った。

「……刑期は何年を所望だ? この犯罪者ロリコンが」

「流石に泣いていいか?」


***


 豪奢なソファーに座るマエリベリーはにこにこ、と不気味な笑みを湛えている。ウェインはそれを直視出来ずにいた。後ろめたいことなどあるはずが無いのに。

「てっきり例の用件かと思ったぞ全く。それで、何年ブチ込まれたいんだ? 自首してきたのは認めるが刑期の減量は無――」

 流石に我慢がならなくなったのでウェインは机を叩いた。

「いい加減にしろよお前⁉ 迷子だよ ま い ご ! そういう小さい問題から解決していくのが冒険者の務めだろ⁉」

「知ってるか? 専属冒険者って言わば私兵なんだよ。普通の冒険者と違って公的な職じゃない。つまり分かるか? 冒険者でも何でもなく、お前はれっきとした無職だよ」

 ぽきり、とウェインの中で何かが折れる音がした。大きく溜息をつく。

「……いいか。本題。言っても」

 彼女の返答を聞かずに話し始める。

「路地裏でこいつ、フレアって言うんだけどな。さ迷ってたのを保護したんだ。だから迷子としてここに連れてきたって訳。ギルドで預かることは出来ないか?」

「ハハ。冗談は顔だけにしてくれ。迷子? そんなわけないだろ? 街が盛大に壊れているからな。何したんだ?」

「……バレてたか。しかし、どこから話したもんかな……」

 ウェインは渋々一部始終を話した。聞き終えたマエリベリーは呆れた表情でウェインを見ていた。隣に居たフレアはとうに船を漕いでいた。

「……なるほどな。皇帝も本腰入れてお前を始末しに来た、という訳か。だが何故このタイミングなんだ?」

「はぁ? タイミング? セヴァンフォードが侵攻を受けそうって混乱に乗じるのなら、今がベストじゃないか?」

「違うな。私は今回セヴァンフォードに援軍が来ない理由を、帝都自体に何かしらの工作が仕掛けられている最中で、こっちまで手が回らないからだと思っていたんだ。お前の本心はどうあれ、ウェインという一大戦力が居る。苦肉の策だったんだろう。だが――」

 マエリベリーは頭を抱えた。

「このタイミングで戦力になりうる兵士を使い、戦力になりうるお前を始末しに来た。最早意味が分からん。皇帝は、人類が負けることを望んでいるのか⁉」

「それすら分からなかった馬鹿って線は?」

「現皇帝が馬鹿と呼ばれているのは重々承知だが、普通家臣が止めるはずだ。ということは……密偵の報告を待つしかないか」

 次にマエリベリーはウェインの隣で寝ているフレアに目線を移した。

「それで、彼女だが……お前が預かったらどうだ?」

 やはり、とウェインは心の中でぼやいた。だが聞き入れるつもりは無い。

「……断る。お前なら分かるだろ。俺が他人を護ることの出来ない人間だということを」

 ウェインは左手を握り締めた。指輪が光を反射して煌いている。

「フレアは既に俺と関りを持ってしまった。刺客を差し向けられてもおかしくない。せっかく命を拾えたと言うのに、俺の傍に居れば死んでしまうだろう。なら、マエリベリーに預けたほうが安全だ」

「刺客はともかく、彼女のことは錬成術で治したんだろう? 私に預け、不測の事態が起こった場合、お前はそれで納得出来るのか? 錬成術は禁術。対応できるのがお前しかいないのならば、お前が預かるのが最善だろう」

 指摘を受け、ウェインははっとした。そんな単純なことにすら気づかないほど視界が狭まっていたことに恥じらいを覚える。

 マエリベリーは鷹揚に頷いた。

「責任位自分で取れ。こちらからも精一杯の支援はする。それと、間違ってもフレアには手を出すなよ。流石に本当の犯罪までは庇いきれん」

「そんなことする訳ねぇだろ⁉ッたく、仕方ねぇな」

 ウェインはフレアを起こし立ち上がる。フレアはきょろきょろと周囲を見回していたが、やがて状況を把握したようでウェインの後をついていった。

「だが、何かやらかしたお前が警備兵に捕まっているの見るのは愉しそうだな」

「……ぶっ殺すぞお前」

 悪態をつきながら去ってゆくウェインを見送り、マエリベリーは小さくほほ笑んだ。


***


 灯りが燈り始めた街を抜け、西区の外れにある一軒家へと帰宅したウェインは真っ先に風呂場へと向かった。理由は単純。フレアの身なりが清潔とは言えなかったからである。

「おい。こっち来い。風呂入れ、清潔にしないと治療もままならん」

「え。ウェインさんのお家ってお風呂ついているんですか?」

 フレアはきょとんとして言った。そもそも水というものはとても貴重な物である。街の公衆井戸からしか水を得ることが出来ず、個人所有の井戸を作るには相当金と時間が掛かる。普通の人間は週に一度公衆浴場に行くかどうかの頻度である。

 しかし『錬成術』を使えばそんな問題は解決してしまう。魔素を組み合わせれば水を創り出せる。故にウェインの自宅には風呂がある。それなりに広く、フレア一人が増えた所で窮屈になる、ということは全くない。

「そうだ。早く入ってこい。俺はリビングにいるからな」

 フレアにタオルを渡し、風呂へと案内する。後は勝手にしろと踵を返すと、上着の裾をフレアに掴まれた。

「髪、洗ってください」

 一瞬ウェインは何を言われたのかが分からず硬直した。

「……髪? え? 手伝うのか?」

 フレアはこくりと頷く。ウェインは改めてフレアの髪を見た。確かに長い、一人で洗うのはかなり苦労するだろう。だが、そこまでして手伝いを求める理由が分からない。

 ウェインは一蹴しようと口を開きかけたが、すぐ閉じた。フレアの表情が余りにも真剣だったからだ。そこには髪を洗う以上に何か鬼気迫ったものを感じさせる。

「分かったよ。だが、タオルは巻け」

 ウェインは承諾し、棚からバスタオルを取り出し渡した。


***


 風呂場に水音が反響する。ウェインはフレアの髪を洗いつつ、彼女の髪を観察していた。妙に綺麗だ。傷はあるが、根本はかなり手入れされた跡がある。一般的に髪に金を掛ける人間は少ない。一体どこの貴族の御落胤だろうか。

 そう考え出した辺りでウェインは胸の奥が痛むのを感じた。――過ぎたことだ。関係がない。

 根元から先端まで軽く一メートルはある髪をせっせと洗う。

「長ぇ。切らないのか?」

 余りの長さに辟易し、思わず愚痴が零れた。

「ちょっと事情があって」

「何だよ。好きに切れないのか?」

「――。ウェインさん」

「何だ?」

 鏡越しにフレアが指を差す。その先には鏡に映ったウェインの身体があった。

「胸の所、どうしたんですか?」

 ウェインは鏡越しに、自分の左胸に埋まっている黒い鉱石のようなものを見た。さて、どう答えようかと悩んでいるとフレアが続けて口を開いた。

「そういうことです。人には触れられたくないものがありますから。安心してください、私が髪を切らない理由はすぐ分かります」

 そう言われればこれ以上追及は出来ない。ウェインは黙って髪を洗い続けた。

 やっとのことで洗い終えたウェインが泡を流す。そのタイミングでウェインは鏡に映ったフレアと目が合った。彼女は神妙な面持ちをしていた。

「――ウェインさんは『セレファイス王朝』を知っていますか?」

 フレアが口を開いた。突拍子もない質問にウェインは多少困惑したが、冷静に答える。

「……まぁ誰でも知ってるだろ。あの魔王を生んだ戦犯国家だぜ?」

 『セレファイス王朝』。世界を恐怖のどん底に落とした魔王を産んだ国として、ある意味で有名な国の名前だ。セレファイス王朝の王子が魔術の研究に没頭した結果、魔王という存在がこの世界に顕現した、というのが通説となっている。そんな話を何故今フレアがしたのかは分からなかったが、ただならぬ雰囲気を感じ取ったウェインは押し黙った。

「そうですか。ウェインさんはどんなことがあっても私を捨てませんか?」

「あ? まぁ、マエリベリーの命令だからな。それと、治療が終わるまでは絶対面倒は見る」

「分かりました……では」

 突然フレアは立ち上がり、纏っていたバスタオルを取った。ウェインは思わず目をそらす。

「はぁ⁉ お前急に何してんの⁉」

「……命を預けるものとして、これは見せなくてはならないのです」

 ウェインと対照的にフレアは落ち着いていた。しかしながら赤面しているのが鏡越しに分かる。ウェインは意を決してフレアの背中を一瞥した。しかしウェインは思わず二度見していた。フレアの背中にあったものが信じられないものだったからだ。

 フレアの背に小さく刻印されていたのは『燃えるような星』の紋章。セレファイス王朝の国章である。伊達や酔狂で国章を背負う人間は居ない。つまるところフレアの背中にセレファイスの国章があるということは……。

 驚愕するウェインをよそにフレアは続ける。

「私の名前はフレア=アウター=セレファイス。かの戦犯国家セレファイス王朝の第一王女です。魔王化する兄を止められなかった哀れな妹です。もしあなたが魔王のせいでなにか不幸を感じているのなら、私が責任を取ります」

 ウェインは何度か目を擦り、その光景が幻想かどうか確かめる。ついでに頬を引っ張ってこの光景が夢中かどうか確かめた。フレアの背中にある紋章が現実のもの、という確証が取れてしまったウェインはしばらく絶句した後、ゆっくり口を開いた。

「お前が……魔王の血族……だと?」

 ウェインの表情は幽鬼のように暗く、恨みを持ったものだった。何度も見てきた顔に、フレアは少し失望した。

「どうですか? これでも私を助けようとする気持ちは消えませんか? セレファイスには、皆恨みがあるはずです」

 フレアは脅すような形相でウェインに詰め寄った。普通の人間ならセレファイスの名を恐れ、フレアと関わろうとはしないだろう。先程の表情を見る限り、ウェインもその類の人間であると、フレアは見抜いていた。

「あぁ。恨みはある。魔王には、この手でぶっ殺してやりたいほどの恨みがある」

 ウェインの言葉を聞いて、フレアは身構えた。この後に続く言葉は想像がつく。罵詈雑言、怨嗟の声、暴言。泣き寝入りをするしかなかった魔王への恨みを、凝縮した言葉の数々。今まで出会い、フレアの素性を知った人間は皆そうだった。しかし、ウェインの口から零れた言葉は、フレアの予想とは大きく違った。

「だが、筋違いだ。俺はお前を捨てようとは思わない」

 凛としたウェインの声音と紡がれた言葉の強さに、フレアは一瞬気圧される。

「――何故ですか⁉ 大陸をボロボロにした魔王の血族ですよ? 気味が悪いとか、不吉だとか思わないんですかッ⁉」

 フレアは声量を強め、今までに投げつけられた暴言を繰り返した。しかし、ウェインは変わらずフレアを真っすぐ見つめている。

「……俺の婚約者は、魔王に殺された。四年前、第一次魔王大戦の序盤に、最前線で死んだ」

 ウェインは頭を抑え俯いた。訥々と語るウェインの左手薬指に、美しい指輪が嵌っていることに気づいたフレアは息を呑んだ。

「じゃあ、何で……私を捨てようと思わないんですか」

 ウェインは顔を上げる。表情は険しいが、先程までの弱気な様子は皆無だった。

「意味が無いからだ。お前をここで殺したとしても、あいつは、エフィは戻ってこない。魔王や幹部だったら殺していたが、お前は何もしてねぇだろ? なら関係ねぇよ」

 エフィ。恐らくウェインの婚約者だった人の名前。フレアはその名前をそっと心にしまった。

「なら、お前はただの、俺に保護された一般人だ。捨てる理由もない。むしろ、お前の素性を聞いて逆のことを考えたよ」

「逆……?」

 フレアは怪訝な表情でウェインを見つめるが、それを意に介さずウェインはフレアに向かってにこりと微笑んでから続けた。

「俺は魔王のせいで婚約者や戦友、親友を失っている。お前も魔王化した兄のせいで家族を無くしたんだろ? なら同じだ。大切な人を失った悲しみは痛いほど分かる。だから俺は、お前をほっぽり出したりはしない」

 そう言い切ったウェインは軽く身体を流し、湯船に浸かった。フレアもその後を追い、ウェインの隣に浸かった。

「……信用できません。今まで私の素性を知った人で、私を人間扱いした人はいません。後になって捨てる位なら今捨ててくだっ」

 訥々と語るフレアの話を遮るようにウェインはフレアにバスタオルを被せ、そのまま抱きしめた。フレアは突然のことに目を白黒させていたが、やがて状況を認識し赤面した。

「なっ……何してるんですか」

「どうせ言葉で言ってもわからないと思ったから行動で示しただけだ。何度でも言おう。俺はお前を捨てようとは思わない」

 しばらくするとフレアが観念したかのように息を吐き、ウェインを抱き返してきた。

「わかりました。今は信じましょう。ただ、私を失望させないでください」

「あぁ分かったよ。それよりお前……見た目に反して案外肉付いいな。もちもちしてる」

「えぇ⁉ 何言ってるんですか⁉」

 せっかくのいい雰囲気が台無しである。身の危険を感じたフレアは脱兎のごとくウェインの腕から逃げ出し、思いっきり水を掛けた。

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