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3話 錬成術

「貰うぜ。『模倣錬成・――

 右手だけで巨剣を受け止めながら、ウェインが左手を振るう。魔素が煌めき、形を成す。光が集まり、虚空に輪郭が生まれる。

――執行者エキュスクローダー』‼」

 魔素が溶け、空中に漆黒の魔法陣を錬成する。混沌を映したような真っ黒な門から執行者が召喚され、クロウの雷撃魔術をその身で弾く。

「なっ⁉ 私の執行者が……模倣された⁉」

「便利そうだったし、貰うことにしたよ。お前、自分の眷属に殺されるとか考えたことあるか?」

 ウェインの指示に従い、模倣したウェインの執行者が、クロウの執行者へと斬りかかる。先ほどまであった二対一という人数不利が、この時点で消滅した。

 ウェインは今がチャンスとばかりに、クロウへ飛び掛かり剣を薙ぐ。しかしクロウも負けていない。連続で魔術を紡ぎ、絶殺の間合いから逃れ続ける。数合の後、ウェインの斬撃とクロウの魔術がぶつかり合い、衝撃を殺すためにウェインの足が止まった。クロウはその隙に懐から黒い結晶を三つ取り出した。

「ははっ! 面白いですね! では、こういうモノはどうでしょうか?」

 ほくそ笑んだクロウはその黒い結晶を地面に投げる。結晶が割れ、欠片を繋ぐように通った線が地面に魔法陣を作り出す。地面に穴が空いたかのような魔法陣から、三匹の執行者が這い出てくる。

「簡易召喚石⁉ んな馬鹿なものを……」

 再び人数差が生まれる。五対二、執行者同士が削り合ったとしても四対一だ。このまま戦えば、人数差で押しつぶされるだろう。

 ならば、短期決戦しか勝ち目はない。

「『模倣錬成・簒奪の重剣アルデバラン』‼」

 ウェインは浅く息を吸った。左手に持ち替えた剣を引き絞り、解放。その手に握られていた、ただの剣が生み出したとは思えない強力な衝撃波が、執行者の陣形を突き崩す。その間隙を突き、大地を蹴ったウェインはクロウとの距離、約十メートルを一瞬で疾走し、彼を両断するべく斬撃を繰り出した。しかし――ウェインの斬撃は虚しく空を切った。

「なっ⁉」

 ウェインもこれには驚きを隠せなかった。攻撃は完璧、クロウの呪文詠唱速度が早いとはいえ、あの速度の斬撃を回避する術はない。だが、クロウの姿は消え、斬撃は当たらなかった。まるで幻を斬ったように。

 まぁ、斬れなかったものは仕方がない。そう思考を切り替えたウェインは、後ろから押し寄せる執行者を仕留めるべく得物を振り上げ――。

「『燃え盛る爆炎インフェルノ』‼」

 全く無警戒だった背後から紡がれた爆裂魔術に巻き込まれた。


***


「ふっふっふ……はっはっはは……」

 黒煙と火の粉が舞う空間にて、クロウは静かに笑っていた。

「ついに成し遂げた。誰も成せなかった反逆騎士ウェインの討伐。最強の騎士を、殺した。私が、私こそが、最強。最強だ!」

 一通り勝ち誇った後、クロウは手配書を取り出した。一番上に書いてあったウェインの文字を線で消し、次なる標的を定め始める。

「次は誰を殺しに行きましょうか。近さで言えば魔術師ノア? いや、影響力を考えてここは竜騎士シェラを――」

 しかしクロウの笑みは続かなかった。突如鳴り響いた剣戟音と細切れになった執行者の死体を見て、ウェインが生きていることを感じ取る。クロウはありえない、と目を見開いた。

「……何故生きている⁉ 私の戦術は完璧だった! 幾らあなたでも避けることは不可能だったはずだ!」

 叫ぶクロウ。しかし一瞬見えたウェインの左手が煌めていることに気づいた時、クロウは全てを棚に上げて後ろへ跳んだ。


***


 身体が焼ける感触。爆裂魔術の業炎が肉を焦がし、骨を溶かす。気づけば身体の感覚が無くなっている。恐らく爆裂魔術で吹き飛んだのだろう。だが、ウェインは焦らず『その時』を待つ。次の瞬間ウェインの身体を魔素が舐めるように這い、四肢が、肉体が、全てが戻るように再生してゆく。

(なるほどな。今まで戦っていたのは虚像か。本体は隠密魔術で隠れ、必殺の時を狙っていたということか)

 気づけばウェインは大通りに倒れていた。視界が煙で染まり、辺りは見えない。舌打ちをして立ち上がる。

「侮れんな、『黒曜師団』。まさか虎の子の『幻象創造ジェネシス』を使うはめになるとは。くそ、もどかしいな」

 ウェインは悔しそうに自身の左胸を掴んだ。だが、出来ないことを嘆いても仕方が無い。あるだけの力でやるだけだ。

 剣を錬成、眼前に迫っていた執行者を斬り伏せる。そして剣圧で晴れた煙の隙間から見えたクロウに左手を向けた。

「『真理錬成イドラ侵食する斬撃オルティネイト』!」

 虚空が裂け、無から刃が躍り出る。一本目の刃は地面を斬り、斬痕から生まれた幾重もの刃がまた空間を、大地を斬る。山火事が木々を呑みこむように、斬撃が空間ごとクロウを切り刻もうと伝播する。

 やがて、ウェインを中心に十メートルほど斬り削ると、満足したかのように刃は消えた。

 切り刻まれた空間の外で、驚愕の表情を浮かべるクロウをウェインはその双眸で捉えた。

「――俺を殺したあとは、仲間を殺しに行くんだろ。行方すら知らない、もう二度と会うことは叶わない、引き裂かれた仲だが……」

 瞳に怒りを滾らせ、ウェインはクロウに左手を突き出した。

「それは……触れちゃならねぇ、俺の逆鱗の一つだ」

「っ……‼」

 ウェインの纏う雰囲気が激変する。先程までのウェインとは圧倒的に違う、別格の殺気に気圧されたクロウは、数歩後ずさり、やがて堰を切ったように逃げ出した。

 だが当然ウェインもただ見ている訳がない。突き出した手を冷静にクロウへと向け、狙いを定める。――赤く、紅く。燃えよ閃光。

「『真理錬成・審判せし開闢の黎光ブリューナク』‼」

 ウェインの手のひらに焔が生まれ、紅い光線が大通りを薙ぐ。直撃すれば一切の抵抗すら赦されない破壊の嵐が、大通りの荷物や家屋を消失させてゆく。

 だが、ウェインの手には明らかに手ごたえがない。うまく避けたようだが、当然逃がすつもりはない。宙に舞う魔素の残滓を踏み、空中を飛翔するように駆ける。あっという間にクロウへと肉薄し、追撃の錬成術を紡ごうとした。だが、ウェインの腕が届く前にクロウの召喚が間に合った。

「――っ!『多重召喚マルチサモン・執行者・五重クインテット‼』

 クロウは簡易召喚石を乱暴に放ると一言呪文を唱え執行者を召喚。逃走を再開する。召喚された執行者は咆哮を上げウェインへと襲い掛かる。それを見たウェインは一瞬足を止め、虚空に向けて手をかざした。

「そんなもんは――足止めにすらなんねぇよ。『真理錬成・最獄炎に凍る闇ダインスレイヴ』」

 虚空に魔法陣が生まれ、魔方陣の中心に闇が蟠る。ウェインは集った闇から、何かを引き抜いた。

 錬成したのは、剣。それも真っ黒で、夜の闇を凝縮したような剣だ。すらりと伸びた刃は剃刀のように薄く鋭く、しかし刀身は肉厚で重厚な、相反する二つの属性を無理やり融合させた、それでも何故か整合性がある不思議な剣。先ほどまで振るっていた鉄製の剣とは、明らかに違う。

 大剣を振りかぶった執行者を逆袈裟に切り裂く。黒光りする外皮が冗談のように裂け、真っ二つになる執行者。返す刀で二体目、三体目と次々執行者が細切れになってゆく。

「覚悟しろよ。降参しな。おとなしくするなら警備兵に突き出す程度にしといてやるよ」

 全ての執行者を切り裂き終えたウェインが『最獄炎に凍る闇』の切っ先をクロウの足に突き刺す。

 殺す気は無い。今までウェインを殺そうと襲ってきた暗殺者の中でも別格、かなり上位の存在であるこいつからは、かなり有力な情報が得られるはずだ。マエリベリーの所まで連行して、読心の魔術を使って貰おう。

 じわりじわりと肉に剣が食い込んでいく感触。このまま行けば足が落ちるのも時間の問題だ。だが、クロウは薄い笑みを浮かべ、呟いた。

「殺さないのですか? ……甘いですね。二年間も戦線を離れていればそうなるのも分かりますが」

「何が言いたい?」

「――ッ! 『火炎の吹雪フロストバーン』‼」

 突然クロウが左手を振り、魔術が起動する。詠唱したのは氷属性と火属性の混合魔術である『フロストバーン』。絶対零度の氷刃と灼熱業火の炎刃が対象を切り刻み、その温度差で崩壊させる術である。かなりの至近距離で放たれた魔術から逃れるために、ウェインはクロウの足から剣を抜いて飛び去った。魔術を封じるために手を落とすべきだったか、と心の中で悪態をつく。

「だから私は逃げられる。だからあなたは、かの騎士団の崩壊を止められなかったんですよ」

 火炎の渦と、氷刃の嵐を盾にしてクロウは姿を消す。だが、逃がすわけにはいかない。魔術への対処、クロウへの攻撃。この二つを同時に行える技は限られる。

 襲い掛かる氷炎に怯まずにウェインは魔素を巡らせる。じっくり、ゆっくり、淀みなく。

「『模倣錬成・――』」

 錬成術は己が追憶を再現する術。記憶と風景、理論と技術、感情と本質。全てを寸分違わず模倣出来れば。

「『――、空を堕とす剣アークトゥルス』‼」

 如何なる夢想も現実となる。

 腰を落とし、剣を腰に据える。東方剣技の奥義である「居合」の構えをしたウェインは曲げられた背骨と腰の回転を発条バネのように活用し、強靭な斬撃を繰り出した。それは火炎の渦、氷刃の嵐をかき消し、周囲の建物を両断ずらし、クロウに襲い掛かり――。

「逃がしたか……運のいいやつめ」

 剣を振りぬいたまま残心するウェインは残念そうに呟いた。既にウェインが探知できる範囲からは逃れている。しかしあそこまで損傷を与えたのだ。しばらくは襲ってこないだろう。

「ち、街を壊す予定は全くなかったというのに……熱くなり過ぎたか。マエリベリーの奴がキレるのは確定的に明らかだな」

 ウェインは周囲を見回した。大通りの様子は悲惨の一言に尽きる。建物は斬られ、穿たれ、焼けている。おまけに辺りには先程クロウがかました爆裂魔術に巻き込まれた不運な通行人が物言わぬ死体となって……死体?

 不意にうめき声が聞こえる。声は死体だと思っていた人間から発せられたものだった。ウェインはその声に従いその方向に駆け寄った。

 声を発していた人間は赤い長髪を携えた少女だった。身体のあちこちが焼けており、その美しかったであろう髪もところどころ煤けて焦げている。血はとうに乾いており、既に虫の息だ。

 少女は焦点を結ばない瞳でウェインを見据えるとゆっくり口を開いた。

(たすけ、て、)

 声は出ていなかった。しかしウェインはその無音の呟きを理解し、硬直する。本来ウェインは誰彼構わず人助けする人間ではない。しかし彼女がこうなっている理由はウェインの暗殺現場に巻き込まれたからである。つまり被害者だ。ならば、彼女を見殺しにすることはできない。ウェインは彼女に向かって手をかざす。

「『模倣錬成・完全治癒ヒールオール』‼」

 詠唱に合わせて魔素が踊る。模倣した術は治癒魔術の最高位術式『ヒールオール』。被術者の体にある外的損傷を全て治癒する破格の魔術である。だが、魔術が苦手なウェインの腕では彼女の傷を半分も治癒出来なかった。彼女の息が浅くなってゆく。時間はもう残されていない。

「くそっ……俺はまた誰かを見殺しにするのかッ⁉ いや、あの術を使えば……だが」

 ウェインは葛藤する。彼女を救う手立てはまだある。しかしそれを実行した時、彼女に大きな代償を背負わせてしまうことになる。自分如きが他人の運命をねじ曲げていいものか。

「だけど……目の前で死なれるのも目覚めが悪いな。はぁ……仕方ねぇか」

 覚悟を決めてウェインは目を閉じ、手を広げる。彼女を覆うように魔素を展開し、とある錬成術を起動する。

「『真理錬成・素体構築アイデンティティ』」

 魔素が煌めき、彼女の体に空いた傷を埋めてゆく。魔素によって生成した人工的な肉体で失った肉体を修復する錬成術だ。しかしこの術には欠点がある。彼女に渡した魔素の体は一時的なものであり、時間がたつにつれ壊れてしまう。そのためウェインが定期的に魔素を補給しなければならない。治療には数年かかる。つまりそれだけの時間、彼女を護らなければならないということだ。

 あれだけ、他人を護ることが出来なかった、ウェインが。

「う……あ、これは?」

 すっかり傷が治った少女はゆっくりと起き上がった。周りを見渡しきょとんとした表情を浮かべている。

「まだ座ってろ……ったく災難だったな」

「あっあなたは! 助けてくれてありがとうございます!」

「別にいい。元はと言えば俺が悪いんだからな」

 布を錬成し、包帯代わりに出血箇所へ当てる。余った布はローブのように彼女へ被せた。応急処置はこれで大丈夫だろう。

 ウェインは改めて彼女を見る。まだ子供、と称して差し支えない容姿でありながら、爆裂魔術に巻き込まれたのに取り乱しもしない冷静さ。異様と言わざるを得ない。それとも異常事態過ぎて、逆に冷静になっているだけだろうか。

 状況を整理し、ウェインは街の中心へと足を向けた。『黒曜師団』が出張ってきたこと、街が壊れたこと、そして彼女のことを、マエリベリーに相談する必要がある。

「とりあえず付いてこい。……そういえばお前はなんて言うんだ?」

「私ですか? フレアと申します」

「そうか。俺はウェイン。一応冒険者だ。よろしく」

 小動物のように引っ付いて歩くフレアに苦笑しながら、ウェインは冒険者ギルドへと向かった。

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