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1話 日常

 剣戟音が鳴り響く。一太刀毎に悲鳴が上がり、鮮血がぶちまけられる。誰もいない裏路地には、倒れ伏す黒ずくめの男たちと生き残りの男。そして剣を携えた青年がいた。

「……俺は、独りさ。愛する人も、忠誠を誓った人も、誰も護れなかった矮小な人間だ。なら最初から、俺は独りで良かったのさ」

「なにがッ……矮小だッ! 我々が、ここまで損害を被るとはッ」

「……提案だ。このまま逃げるというのなら追わない。だが、抵抗するならば」

「黙れッ――『凍てつけ死の風よマナガルム』‼」

 黒ずくめの男は左手を突き出す。その掌から、裏路地を埋め尽くす氷嵐が吹き荒れた。

「ひゃはははッ! 見たか! 俺は魔術師なんだよ! お前の剣の腕が幾ら強かろうが、関係ね……は?」

 男の哄笑が止まる。氷嵐を裂いて、青年が佇んでいたからだ。

「――忠告はしたぞ。が、魔術の腕は中々だな。貰おうか」

 青年は左手を黒ずくめの男に向ける。すると、どこからともなく光の粒子のようなものが集まり、青年の周囲を漂い始める。魔法陣が虚空に刻まれ、光が逆流する。

「解析、分解、再構成、完了。『模倣錬成レーター氷牙迅狼マナガルム』」

 青年の声に合わせ粒子が蒼く変色し、直後氷の嵐が顕現する。それは先程男が繰り出した魔術に似通っていて……。

(馬鹿な‼ 『マナガルム』は俺専用の魔術だぞ⁉ それを何故お前がッ――‼)

 そう驚愕した男の声は発せられることもなく、氷嵐に巻き込まれて、消滅した。誰もいない裏路地を一瞥し、青年は溜め息をついた。

「……まだまだ俺も及ばんな」

 青年は左手の薬指に嵌った指輪を眺めて呟いた。


***


 五人分の死体を隠した青年――ウェインは陰鬱な溜息をついた。今月に入って六回目の襲撃だった。

「懲りねぇなこいつらも……」

 ウェインは地面に転がる死体を漁った。暗器、良く分からない薬品が入った小瓶、そしてナイフ。その柄に描かれていた紋章を眺めてウェインはやはり、と呟く。彼らの正体は軍の暗殺部隊。そんな実力者を呆気なく一蹴したことにウェインは何の感慨も覚えず、ただひたすら面倒くさそうに頭を掻いた。

「……明日報告しとくか。義務だからな」

 そう呟いてウェインは街の中心に向けて歩を向けた。


***


 次の日、街の中心にそびえる高い建物――冒険者ギルドの最上階にて、ウェインは豪奢なソファーに座っていた。対する上座には魔術師が着るようなローブに身を包み、不機嫌そうに表情に笑みを張り付けた黒髪の女性が座っていた。

 彼女の名はマエリベリー。冒険者ギルドにおける最高責任者である。

 彼女はやって来たウェインの報告を聞くと、大きな溜息をついた。

「つまり、お前は襲撃されるのが分かっていたのにも関わらず裏路地に入って、あまつさえ返り討ちにして殺したんだな。それも五人も」

「そうだ。後処理よろ~☆」

 直後、ウェインの耳に擦過音と凄まじい爆音が飛び込んで来た。見れば額に青筋を浮かべたマエリベリーの手から、目に見えるほどに濃密な魔力が立ち昇っている。恐らく怒りに任せて得意の火炎魔術を幾つかぶちまけたのだろう、とウェインは結論づけた。

「……もう一度言ってみるがいい。何をよろしく、だって?」

「え? だから後処理――」

 再びマエリベリーの手元が閃く。今度はウェインの脳天目掛けて放たれた火炎魔術だったが、ウェインは無傷であった。いつの間にか、ウェインの眼前には硝子のような障壁が展開されていた。

「――よろしく、って言ったんだ」

 にっこり微笑んで言ったウェインの表情を見て、マエリベリーは脱力し背もたれに寄りかかった。

「あーあ。全く、少しは庇う身にもなってくれ。今月に入って確か、六回目だったか? 多すぎるぞ」

「俺に文句を言うのはお門違いだろうが。奴らが来るのが悪いんだ。何だ? そのまま死ねとでも言うのか?」

「あぁ。そう言いたい……のは山々だが、約束だからな。私が庇えるだけ庇ってやる。だが、少しは自重しろ。庇うのにも限界がある」

「おー。ギルドマスター様は慈悲深いでございますね。そのまま全部庇ってくれてもいいんだが」

 にこにこと微笑んだまま、マエリベリーは額に青筋を浮かべた。どうやら、とうとうキレたようだ。

「……ウェイン。いいことを教えてやろうか。私はお前の過去に免じて見逃してやっているが、本来はれっきとした指名手配者だからな? 殺しても罪にはならん」

 魔力を纏いながらゆらりと立ち上がったマエリベリーから離れるように、ウェインが部屋の隅へ飛び去る。マエリベリーの実力はウェインも知るところである。下手を打てば負けるだろう。ウェインはマエリベリーの隙を伺うように、眼を細めた。

 しかし、戦闘は一向に始まらなかった。お互いに「見」に回り、タイミングが失われた感覚がする。嫌気が差したウェインは口を開いた。

「……おい。始めろよ。覚悟は出来てんだろ?」

「……貴様こそ。乗ったのはお前だぞ」

「はぁ? 俺はハンデとして、マエリベリーに先手を譲っただけだが?」

「ほう。ならば私は様子見でターンエンドだ。ほらお前の番だぞ?」

「何日和ってんだよ。戦闘にターンも手番も無ぇって分かったお前自室で戦闘したくないんだろ? 部屋荒らされるの困るもんなじゃあ外行こうそうしよう」

「何を言っている? 確かにここは私の部屋だが、それも含めて提案したのは私だ。まさかお前私の部屋を気遣っているのか?」

「は? じゃあお前」

 ウェインがそう言いかけた瞬間部屋の扉が開く。ウェインとマエリベリーは同時に扉の方向を見た。

「いい加減にしたらどうですか。お二人とも」

 そこにいたのは美しい茶髪を後ろで束ねた、冒険者らしい恰好をした女性だった。買い出しに出かけていたのか、両手に満載の荷物を持っている。彼女はルーラ。マエリベリー直属の部下であり、マエリベリーの右腕とも言える人物である。

「いいところに帰って来たなルーラ! とりあえずこいつをぶっ殺すことにした! お前も手伝え‼」

「はぁ⁉ 二人がかりかよ卑怯だな! おいルーラ、こいつをどうにかしてくれ、煽っただけでキレやがったんだ!」

「お二人ともです! 子供みたいに喧嘩しないでください。あなた達が本気でやり合ったらこの街ごと吹き飛びますよ! ギルドマスターとその専属冒険者が喧嘩したと知れれば、どんな噂が立つか分かりませんよ。少しは自分を客観視してみては?」

 ルーラの言葉に従い、二人は顔を見合わせ、同時に手を下ろした。

「馬鹿馬鹿しい。代わりに私の話を聞け。それで手打ちにしてやろう」

「はぁ。何で俺が悪い雰囲気で収めようとしているのかは分かりかねるが……いいだろう」

 ルーラが珈琲を持ってきてくれたので、ウェインはソファーに腰を下ろしたが、マエリベリーは座らず執務机の上に置いてあった手紙を取り、ウェインに投げ渡した。

「……本題に入ろう。魔王軍のことは知っているよな?」

「魔王軍? まぁ知ってるよ。常識だしな。それがどうした?」

 何故今聞く、という言葉を飲み込み、ウェインは一抹の不安を憶えつつ答えた。『魔王軍』。と言っても特別なものでなく、魔王という存在を中心に強大かつ精強な軍事力で数多の国の領土を奪い取り、人類を恐怖のどん底に叩き落とした一国家の通称である。

「今日、帝都からこんなものが届いた。……読め」

 マエリベリーが一通の手紙を差し出す。受け取ったウェインはその装丁を検分する。無骨ながらもしなやかな表面。過不足なく、丁寧に設えられた装飾は差出人の気品を感じさせる。極めつけは正面に描かれた意匠だ。『剣を砕く龍』の紋章。それはこの街が存在する『リントヴルム帝国』の国章である。つまりこの手紙は――。

「帝国政府、もしくは皇帝直々の手紙⁉ な、内容は?」

「読めと言っただろう。まだ中身は入っている」

 ウェインは包装をめくり、本文を読み始めた。内容は簡潔で手紙というより指令書のような体裁だった。そしてその内容は――。

「魔王軍が進撃を開始、予想襲撃地点は……セヴァンフォード? ……ここじゃねぇか⁉」

「そうだ。何故か知らないが、魔王軍がここに向けて進軍しているらしい。だから迎撃にあたってくれという話だ」

 ウェインは手紙をテーブルに叩きつける。乾いた音が部屋に反響した。

「はぁ⁉ 勝手なこと言ってくれるなぁ! 魔王軍、他国の軍と戦うのは帝国軍の仕事だろ⁉ 冒険者は何でも屋じゃないんだぞ!」

「無論そうだ。冒険者は何でも屋ではない。だが、戦闘が出来る以上戦わなければならない、と言うのが向こうの見解だ」

「体のいい時間稼ぎってわけか? ふざけやがって」

「……残念ながら違う。時間を稼いだとしても援軍はない。軍上層部のジジイ共はどうやら本気で我々に魔王軍を殲滅させるつもりだ」

「もしかして馬鹿なのか? 戦力差、何倍だよ」

「馬鹿なんだろうな。この戦力差で援軍を寄越さないとなると、それしか考えられん。上層部の奴らが狂った可能性も考えて、密偵を飛ばしてはおくが……望み薄だろう」

 それきりマエリベリーもウェインも言葉を発しなかった。状況は既に詰んでいる。セヴァンフォードは大陸中央に位置する交通の要所。大陸にあるすべての国家、すべての都市の心臓部と言っても過言ではない。つまりセヴァンフォードは絶対に落ちてはならない場所なのだ。

「そこで……だ。お前に頼みがある」

「頼み、ね。ギルドマスターであるお前が、直属の部下である俺に頼み? 命令した方が早くて便利じゃないのか?」

 マエリベリーは黙り込んで目を閉じた。ウェインは彼女の返答を待った。しかし、次の瞬間に彼女が言った言葉はウェインの予想と違うものだった。

「……このままではセヴァンフォードは落ちる。そこで、お前にはこの街の防衛戦に参加して欲しい」

 マエリベリーの頼みを聞き、口を閉じ、目を細めたウェインは、そのまま瞳を閉じて、にやりと嗤った。

「なるほどな。命令しなかったのはこれが理由か。俺に配慮してくれたんだな。ありがとよ。それで? ――お断りだクソが」

 ウェインは激情のまま珈琲が入ったカップを薙ぎ倒した。カップが机から転げ落ち、部屋に破砕音が響く。

 それなりに戦況が分かっている者ならば、セヴァンフォードを防衛しようと動く。援軍を出さない上層部が明らかにおかしいだけで、普通は二つ返事で了承する案件だ。

 しかし、ウェインは違った。断るだけでなく、あろうことか煽ったのだ。だが、マエリベリーはやむなし、とソファーに身体を預けた。

「……ウェイン、まだあのことを根に持っているのか?」

「根に? あぁ。持ってるよ。義理も仁義もクソもない皇帝、ひいては偽りの帝国なんて滅びるべきだ。それが『報い』ってもんだろ」

 報い。その言葉の意味を知っているマエリベリーは、それ以上彼の思考に踏み込むことを止めた。ウェインが帝国上層部を嫌っていることをマエリベリーは大いに知っている。

「……あくまで嫌ってるのは上層部だけだ。この街には恩義もある。出来れば協力したい。だが結果論的に、皇帝のために戦うってのは我慢ならねぇ」

 ウェインはそっと左手を握り込む。

「それに、俺はもう他人の為には戦えねぇんだよ。誰かを失う悲しみにはもう耐えられない。だから、断る」

 ウェインはきっぱりと言い放った。マエリベリーは仕方なさそうに顔をしかめた。

「分かった。ただ、依頼書は渡させて貰う。気が向いたらサインしてくれ」

 マエリベリーが指を鳴らすと、執務室の外からルーラが入って来た。彼女から依頼書を受け取ったウェインは今度こそ執務室から出て行った。


どうも!歪神ヒズミです!

この物語は旧作である『滅亡幼女の異世界戦記~拾った幼女が最強になってゆく話~』(非公開)の大幅改稿版です。

改稿した際にジャンルの変更点が大きすぎたので再設定する、という意味も込めまして新規投稿という異例の対応をさせて頂きました。そこのところをご了承下さい。

改稿に付き合って頂いた方々。ここでお礼申し上げます。

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