第97話
アルベルトの部下視点です。
アルベルト騎士団長の命を受け、俺は第2騎士団を率いて王都の警戒に当たっていた。
「シド副団長、今のところ目立った混乱は起きてないようですね!杞憂だったんじゃないですか?」
年若い騎士が軽い調子で話しかけてくる。そんな彼の姿に俺はイラッとしてしまう。
「バカ者!気をぬくんじゃない!相手はあの魔人だぞ?!」
イラついた理由はわかっている。普段俺が団長に対して行なっている言動と変わらなかったからだ。この若い騎士には申し訳ないが、自分が当事者となると団長の気持ちがよくわかる。皮肉なものだ。
たしかに王都周辺、特に南部を任された俺の団には目立った動きはない。それが帰って不気味に感じる。
方角が違うとはいえ魔人が100人程の軍勢で押し寄せてきて、なんの動きもないのは明らかにおかしい。その後、奴らは消えるようにいなくなったが、そんなにすぐに北の砦に戻れるものなのだろうか?俺に魔力を感知できる力があればと歯噛みしてしまう。
それにしても今日は驚かされた。長年、団長が心を痛めておられた最愛の娘との再会。そして、規格外の強さを誇る婿殿。いや、婿殿は早いか。いずれにしてもあのハルキと名乗る男は俺が出会った中で、圧倒的だ。よく相手の強さがわかるのも強さだという人がいるが、あれは誰がみても異常だ。少しでも武に携わったものであれば誰もが身震いすると思われる。ミア様もとんでもない男を見つけたものだ。
ミア様と一緒に来た女と男もヤバイ。確かナナとムラトだったか。類は友を呼ぶというが、化け物集団といってもいいほどの戦闘力を感じる。ひょっとしてミア様もそうなんだろうか?パーティは武だけではないから、あの方も何か特殊な力をお持ちなのかもしれない。でなければあんな化け物集団に混じっていられるわけがない。
思考が逸れてしまった。これでは先ほどの騎士のことを言えないな。
「急報!急報!」
一見穏やかに見えた風景が1人の騎士の叫びで壊される。団に緊張が走る。
「シド副団長は居られるか!?大至急お伝えしたい!」
「シドは俺だ!何があった?」
俺は急報を告げる者に素早く駆け寄った。
「アルベルト騎士団長からシド副団長への伝令です。第2、第3、第4騎士団をまとめ、王都の住民を避難させよとのことです。そして、、、。」
彼は言葉を詰まらせ涙を流す。
「生きよ!そして娘を頼むとハルキ様に伝えて欲しいとのことです!」
頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。なんだそれは?何があった?その言葉はまるで遺言のようではないか?
「おい!どういうことだ!アルベルト団長は今どこにいる?」
涙ぐむ彼の両肩を激しくゆすり彼を問い詰める。
「現在、王都の北部を警戒していたアルベルト団長率いる第1騎士団は魔人の集団から攻撃を受けております。周囲を魔人に取り囲まれている状態で状況は劣勢と言わざるを得ません。我らは東西南北それぞれに配置された騎士団にこのことを告げるために団を離れましたが、壊滅は時間の問題です。ただ団長からは加勢は必要ない、住民を避難させよと、我らを叱咤なさいました。」
あのカエルめぇーーーーっ!
「すぐに救援に向かう!我に続け!」
「お、お待ちください!アルベルト騎士団長は救援を求めておりません!命令を無視するおつもりですか?!」
「叱責は後で俺が責任を持って受ける!だが見過ごせん!第2、第3で救援、第4は住民の避難に当たらせる。避難する時間を稼ぐのだ、団長の命に全て背くわけではない!」
我ながら無茶苦茶な言い分ではあるが、団長を見殺しにすることなど出来るわけがない!せっかく娘さんとの再会を果たしたばかりなのだ。
「えっ!団長がっ!」
王都の東部の警戒を任された私ソラは、第3騎士団とともにその急報を聞いた。第2のシドと合流して住民を避難させるようにと。
団長の命令は絶対だ。私たち騎士団は住民を守るためにいる。これは常々団長に言われ続けてきたことだ。だからこの命令は団長を良く知る騎士団全ての人が納得できる内容だった。
でも、今回ばかりは従うことはできない。みすみす団長を見殺しにするなんて。彼の方は私にとって特別。団長をお慕いする気持ちは誰にも負けない。そのことは団長もご理解いただけていると思うが、年の差を理由に相手にしていただけない。きっと、奥様と娘さんをなくしたことを気に病んでいるからだと私は思っている。
ただ、今日、その娘さんと奇跡的に再会できた。団長のあの嬉しそうな顔、涙を流すお姿に体の芯から震えを覚えた。不謹慎かもしれないが、これでやっと私のことを見てもらえるチャンスが来たと、思ってしまった。団長、ごめんなさい。でも私は貴方のことが・・・。
自分に異常な部分があることは理解している。こんな考えをしてしまう女に目をつけられてしまった団長には客観的に見れば気の毒に思う。でも貴方を害するもののためなら私は誰よりも非情になれる。今回の件は十中八九あのカエルが仕組んだことだろう。私はあいつを許さない。絶対に殺してやる!
「シドと合流します!王都北部へ向かう!」
「お、お待ちください!シド副団長は南部警戒中です。方向が真逆です!」
第3騎士団で私の補佐をしてくれているこの子は何もわかっていない。シドが団長を見捨てるなんてありえない。バカでどうしようもないやつだけど、団長を慕う気持ちは認めている。絶対に北部を目指す。それくらいの信頼はある。
「大丈夫よ。シドは必ず北部に現れる。その時に私たちが南部に向かったら合流できないでしょ?」
私たちは王都北部へ最速でたどり着くべく鱗竜を走らせた。
シド率いる騎士団は鱗竜に跨り、北部を目指す。第3、第4への伝令を向かわせたのだが、それと時を同じくして東、西の騎士団も北部を目指していた。騎士団長アルベルトの指示は守られることなく騎士団全てがアルベルトを救うべく動いていた。慕われていたと思うべきか、はたまた指揮系統に問題があったと見るべきか。
しかしながら住民への避難勧告はなされなかったにもかかわらず、騎士団の異変に気付いた住民が、自主的に避難を開始した。これは獣人の国ゆえの感覚なのかもしれない。
そしてその不可思議な動きは遠く離れた地にいるはずの男が察知することとなる。魔人にとっても騎士団にとっても規格外なあの男が動き出す。




