第56話
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大口を叩いていた割にはあっさりやられてしまったミハエルだが、保有魔力量からすればそれなりに脅威の存在。しかもこの階層のボスを退けて出てきたことを考えても、上位の存在なのだろう。
「ナナ、俺が聞いて欲しいことは2つだ。1つ目はこのダンジョンの何階層でこいつが出る予定だったのか?もう一つはこいつの一族はみんなこいつと同じように魔人になっているのか?だ。」
ミハエルは確かに強い。俺だからあっさり片付けられたが、一般の冒険者ではまず太刀打ちできなかっただろうと推測できる。魔力量的に見るとだけどね。こいつが何階層で出てくるのかによって、このダンジョンがどれくらいのレベルのものなのかを推し量ることができる。
もう一つの質問の方は、魔人に進化したのが、こいつだけなら問題ないが、そこそこの数がいるとすれば、人間としてはかなり脅威となるのではないかということだ。この大陸にどこでも俺が駆けつけることができればいいが、この大陸は広い。撃ち漏らしが当然出てくる。その辺りをはっきりさせた上で行動したいので、ナナには是非とも聞いてもらいたい。
「任せて。今くらい弱っていれば魅了でなんとかできると思う。」
ナナの赤い眼が怪しく光り、ミハエルを見据える。一度身体をビクッとさせたミハエルがこちらを見る。
顎が壊れてしまって喋れなくなってしまったが、ナナの魅了で落とした者は、意思疎通ができるそうだ。
ひとしきりナナとミハエルが見つめあっていたかと思うと、ため息をついたナナがこちらを向く。
「色々わかったわよ。彼の本来の部屋は50階層だそうよ。それがこのダンジョンの最奥らしいわ。その奥にはダンジョンコアと呼ばれるものがある部屋があって、それを壊すことで、このダンジョンは崩壊するらしいわ。」
ラスボスだったらしい。瞬殺してしまったけれど。こいつより強いのがいないのであれば、このダンジョンをこれ以上進めるのもあまり必要なさそうだ。
「二つ目の質問は?」
ナナは落ち着いた様子に見えるが、内心は焦っていたのかもしれない。
「そうね、結論から言えば彼の一族で魔人になったのは彼だけよ。ただ、彼と同じように魔人となった他の種族の者たちの集まりがあるらしいの。その集団の名前は『ヘルシャフト』。その集団では階級を貴族の爵位に合わせてるみたい。そこでの彼は子爵の地位にいたようだわ。」
うーん、どの程度の強さなのかはわからないが、こいつより強いのがいるなら、放って置けない。始末した方がいいのかもしれないが、ナナはどう考えているのだろう?
「私は彼をあえて見逃そうと思うんだけどどうかしら?」
「理由を教えてもらっていいか?」
「ダンジョン内で倒しても時間が経てば復活するらしいのよ。であれば、ダンジョンから出たところで倒さないと意味がないわ。それと『ヘルシャフト』が気になる。どこにいるのか?どうして進化するようになったのか?それが分かれば私にも可能性が出てくるでしょ。私だって他の魔法も使いたいもの。」
ま、言ってることは理解できる。俺だって使えるものなら他の属性魔法も使ってみたい。
「あ、彼は火と闇魔法が使えるらしいわよ。使う前に終わっちゃったけど。」
ミハエルがダンジョンにいたのは、魔力量を高めるためだったらしい。魔力に溢れたこの地ならば、魔人と化した彼にとってはいい環境だろう。ミハエル自身が理解していないことなので、ナナは解読できないらしいが、ダンジョンコアを使ってこの地をダンジョンにしたのはミハエルで、そのダンジョンコアを授けた者が別にいるらしい。その辺りの記憶が曖昧なのか、消されているのか、何度聞いても答えられなかったとのことだ。今後はこの辺りの解明をしていくのも課題だろう。
さて、色々わかったがとりあえずこいつはナナが魅了をかけたまま、ダンジョンから連れ出すことにする。ダンジョンコアを守るべき奴を連れ出してしまうのは、気がひけるがコスモたちのパーティーも30階層あたりで苦戦しているらしいので、当分は問題ないだろう。ミハエルを使って『ヘルシャフト』とやらがどこに潜んでいるのかを探し出さなくては世界の危機だ。
「ねえ、ダーリン、一ついいかな?」
今まで空気のようだったフィーネが俺の袖を掴む。
「魔人が全て悪い人ってわけじゃないからね。私はダーリンだけじゃなく人間が好きだからね。」
不安そうな顔をして訴えかけてくる。
「大丈夫。フィーネが悪い奴だなんて思ってないから。」
魔人にも色々あるようである。ミハエルのように魔人として人を蔑むようなものもいれば、フィーネのように好意を持つ者もいる。これは人でも魔人でも同じこと。人でも悪い奴はいっぱいいる。魔人もそういうもんだと思う。問題は魔力が強いこともあり、魔人の悪い奴は人では対処できないケースが多いだけだ。
ミハエルの立っていた場所の奥の扉を開け、魔法陣と21階層につながる階段がある部屋に入る。全員一致で、魔法陣での転送を希望する。奴を連れ出した時にパニックにならないように、フード付きのコートを奴にかぶせ、一緒に連れ出した。
ミハエルのことはナナとムラトとマユに任せて、俺、フィーネ、メイサの3人はナカジの店へ。このメンバーに不安しか覚えないが、ナカジが用があるのは俺みたいなので、行かないわけにも行かない。ナナの魅了とマユのバインドで拘束しているから2人はミハエルを見なくちゃいけないし、何かあった時のために、側にムラトを置いておきたい。必然的にこの組み合わせになってしまうのは、仕方がないことだ。
「フィーネ、くれぐれもハルキくんに迷惑かけないでね!」
マユがフィーネを牽制する。
「任せてよ!他の女が寄ってこないように私がダーリンにくっついてるから♡」
「ちょっ!そういうことじゃ・・・」
マユが答える前にフィーネが俺の右腕にしがみついてくる。マユほどのふわっとした感じはないが、女性らしい柔らかさが腕に伝わる。
「なんでそうなるのよ!」
マユが怒っているが、フィーネは我関せずだ。
「そ、そ、そ、そういうことなら、仕方ない。」
むぎゅっ
メイサが後ろから俺の腰にしがみついてくる。広背筋のあたりに二つの柔らかなものが押し付けられる。俺の神経はその部分に過敏に反応する。
バイクの後部座席に乗せた女性がしがみついてくる感覚に似てる。まあ、俺は経験はないんだけど、当時、雑誌に書いてあったのはこういうことかと納得してしまった。
「ハ、ハルキが他の女に狙われないように警護してるだけ。そ、そうこれはお世話係の仕事。」
よくわからないことを口走りながらしがみついているメイサ。
「ぐぬぬぬぬっ」
マユさんの表情がえらいことになってきた。ちょっとはこの2人を引き剥がす努力をした方が良いか?
「2人とも悪いんだけど、歩きづらい。これじゃあいざって時に動けない。」
腰から柔らかな感覚が離れていく。ちょっと残念な気持ちはあるけど、実際さっきの状態では歩きづらくて仕方がない。
「坊っちゃま、あ、・・・ハルキごめんなさい、です。調子に乗った・・・こう・・・たかったの。」
メイサはあからさまに凹んでいる風だった。最後の方は小声でみんなは聞き取れなかったみたいだが、俺には聞こえてしまった。
『ずっとこうしてみたかった』って。
うーん、そんなことを聞いてしまったら怒るに怒れない。
「ねえ、メイサ。俺を守ろうとしてくれてありがとう。でも、俺はメイサには後ろより隣にいてほしいかな?」
そう言って俺は彼女の手を握り、笑いかけてやる。歳上には到底見えないメイサはどちらかというと親戚の子という感じがしてしまう。なので、ついつい手を握ってしまったのだが、まあ、これくらいは許してくれないかな?
ちらっとマユを見ると、仕方がないなぁ、って顔をしてくれたので、俺はそのまま歩き出す。
メイサは俺を見て惚けた顔をしている。この顔見れたなら、まあ、いっか。
そうそう、フィーネはメイサが離れた後も我関せずといった風にしがみついたまま離れる様子が無かった。これも致し方ないと妥協して歩く。フィーネも慣れたもので、俺に歩きづらいと感じさせないように、くっついてるから不思議だ。
あとでマユの機嫌を取りに行かなくてはと考えながらナカジの店を目指す。ナカジは一体何を用意してくれているのか、そちらに想いを馳せて俺に向けられている様々な視線を無視していた。




