第52話
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入口の騎士をびっくりさせることは出来なかったが、俺たちは無事脱出した。当初の予定とは大きく狂ったが、しっかり対策して次回潜った時にはきっちりクリアしていけば良いだろう。
ナカジのいる店に行くと、さっきの店員に変わり店先に彼はいた。
「ナカジ!久しぶりだな!」
俺が声をかけると驚いたようにこちらを向く。
「先生か?それにムラトもナナもマユも。あと、もう1人は知らないが。」
俺は飛び出したあの日からのことと、今、ダンジョン攻略していることを話し、スライムの対策装備について相談した。
ナカジによるとスライムの酸に対する対策は、アシッドフロッグという蛙に似た魔物の皮から作れるそうで、この場にはないが、宿のある街まで戻れば用意できるそうだ。ナカジはまだまだここを離れられないので、簡単な紹介状を書いてもらい街の武器屋にあとで顔を出すことにした。
防具はなんとかなるとして、武器に関してはコーティングという技術があるらしく、それを行なっていれば、ある程度は防げるそうだ。元々は錆止めのようなものだが、ないよりはマシだろう。一番いいのはミスリルという魔法金属で出来たものを使うことだそうだが、ものすごく高価なものらしい。
「あー、ムラト。ちょっといいか?」
ナカジはあえてムラトだけを呼び出し、一本の武器を渡した。
「ムラトに会ったら渡そうと思ってた。まだ完成品とはいかないが、東の国にある『刀』というのを参考に作ってみた。俺の知り合いでは、お前の剣術が1番だ。使い勝手を試してみてもらえないか?」
「ありがたく使わせてもらう。でもこれはなんというか、今までとは刀身の形が違うんだな。」
若干反りを持った刀身は、今までの両刃の剣と違い、片刃だった。切り返しで刃を返す必要があるので、少し訓練が必要だ。だが、切れ味もよく刺突にも向いたこの『刀』はこれからのダンジョン攻略に大いに役立つだろう。
金を払うと言ったのだが、試作品だからと言って金を受け取ってくれなかった。うまい酒でも買って、今度届けてやろう。ハーフドワーフだし、酒は嫌いではないだろう。
俺たちはダンジョン街から抜け出し人気のないところへ向かう。先ほど、作ったゲートで宿に戻れるかの実験である。魔法陣という目印があったので、繋げることができたが、そう言ったものなしで、使えないと使い勝手が悪い。
俺は記憶を頼りに街はずれの大樹、マユと以前待ち合わせをした場所を思い浮かべる。あの約束がなかったら、今の俺はないんだよなぁ、とちょっと感傷的になってしまったが、しっかり思い出すことができた。
「ゲート」
うまく繋がった。繋げたい場所をしっかりイメージできればダンジョン外なら繋げられるようだ。
一応念のため、顔だけ出して周りの様子を伺う。大丈夫、誰もいないようだ。
「なかなか便利な魔法よね?アストラムと繋げられたら、便利なんだけど。」
「今のところ、無理そうだな。だって俺、アストラム行ったことないし。」
「うーん、じゃあサジタリアは?あなたの家の近くならイメージできるでしょ?」
たしかに。それが可能であれば、すぐにでも帰ることができる。ただ、問題は魔力量が足りるかどうかだ。ダンジョンから脱出した時よりも、この大樹のある場所まで来る方が魔力を消費した。ここからサジタリアまでとなると、一体どれほどの魔力を消費するのか?
「うーん、どうなんだろう?どれくらい魔力が必要なのかわからないんだよね。一応やるだけやってみるか。もし、魔力切れ起こしたら、これを俺も飲ませてくれる?」
俺は魔力回復ポーションをマユに渡し、実験を試みる。俺の現在の魔力量は20万。念のため、ドレインで回復してあるので、満タン状態だ。ちなみに俺と同年齢の魔力量の平均はおよそ1500。俺には一般的な魔法使いの130倍の魔力量があるが、果たして足りるのか?
懐かしき我が家を思い出す。父さんやセバスに稽古をつけてもらった裏庭、屋敷の西側に位置していたその場所は今も同じようにその時のまま残っているだろうか?
「ゲートっ!・・・くはっ!!」
魔力が根こそぎ持ってかれた。ただ、かろうじて意識がある。立っていられず、四つん這いのような格好になってしまったが、マユから魔力回復ポーションを受け取り飲みきる。全く回復した感じはしないが、これでドレインが使える。
「ド、ドレイン」
周囲の魔力を吸収し回復を図る。
危なかった。やはり距離があるところは魔力持っていかれる。落ち着いたところで、立ち上がると目の前にはゲートの扉があった。ちゃんと繋がったのか?恐る恐るゲートに近づく。
そして扉に手をかけ、いざ行こうとすると
「ガチャッ」
「えっ?」
勝手に扉が開き、一斉にみんなが警戒する。念のため、全員が戦闘態勢だ。
「ハーちゃん?ハーちゃんなんでしょ?」
なんとも間抜けな声が聞こえてきた。しかし、懐かしく暖かい響き。昔より少し疲れた顔ではあったが、母の姿がそこにあった。
「か、母さん!ど、どうして?!」
「ハーちゃん!ハーちゃん!ハーちゃん!」
母さんはこちらの質問に答えず、俺を抱きしめ、俺の名を叫び続ける。涙や鼻水を流し、泣きじゃくる姿は俺にもグッとくるものがある。だが、勝手に家を飛び出し、5年もの間何も連絡を取らなかった俺が母さんと呼んでもいいのだろうか?こんな親不孝者のことは忘れてもらった方が良かったのではないか?
様々なことが頭をよぎったが、そんな俺の考えは母さんのたった一言で霧散した。
「おかえりなさい。」
聖母のような微笑みで、俺の頭を撫でながら言われたその一言が、胸にくる。
「た、ただ、いまっ。」
止めどなく流れる涙と嗚咽のまじった声で母さんに答える。こんなタイミングで会うつもりなかったのに。冒険者になる決意してすぐに会うとは思ってなかったから。誰もいないと、気付かれないと思ったのに。
色々言い訳が出てくるが、実際俺は怖かったのだ。5年も行方をくらまして、もういない子と思われてるんじゃないか?勝手にいなくなったことを怒られるんじゃないかって。
母さんの優しさと暖かさが、そんな不安を打ち消してくれた。もう感謝しかない。こんな身勝手な俺を、ダメな俺を見捨てずにいてくれてありがとう。
「か、母さん。もう大丈夫だよ。それより、どうしてこの扉を見て俺だって思ったの?」
気持ちを落ち着かせて、疑問に思ったことを口に出す。どう考えたって、何もない場所にいきなり現れた扉なんて怪しいにもほどがある。あの場にいたんだろうか?
でももし、その場に居たんだとしたら俺の目測にミスがあったことになる。改善点として修正していかなければならない。
「うーん、ご飯の支度をしてたら、なんとなく裏庭にハーちゃんがいるような気配がしたの。」
うん、やっぱりあの場には誰も居なかったようだ。
「で、急いで駆けつけたら見たことがない扉があって、あ、この先にハーちゃんがいるって何故だか知らないけど、確信できたのよ。」
気配って、うーん。でも屋敷から出てきたのは母さんだけだし、気配ってことだったらセバスやメアリーあたりにも気付かれそうなもんだけど。
「母さん、今は屋敷に母さんしかいないの?」
「そんなことないわよ。セバスやメアリー、他にもメイド3姉妹もみんないるわよ。」
「じゃあ、どうして母さんだけ気付いたんだろう?」
「うーん、ハーちゃんそんなこともわからないの?」
あれ?そんな簡単な問題かな?
とびきりの笑顔で胸を張って彼女は言う。
「だって私はあなたのママだから!」
さも当然といった風にいったその姿に、俺以外のメンバーも揃って唖然とするのだった。




