第36話
本日2話目です。
マユリちゃんはイタズラが成功した時のような笑顔で、俺の隣にいつのまにか、そう本当にいつのまにかいた。身体強化は使えないはずだけど。
「ビックリしました?」
武装した男たちには死骸の片付けだけを頼み、彼らはすでにそちらに向かってもらっている。
「ど、どうやって?」
「せん、、、じゃなくてハートランドくん、私のこと、忘れちゃった?」
マユリちゃん、そんな悲しそうな顔しないで。
「わ、忘れたんじゃなくて、し、知らない。そ、それにお、俺は、ハ、ハートランドっじゃないから。」
この数年で拗らせた女性への対応は前世の頃よりも酷くなってしまった。もうマユリちゃんにも呆れられてしまっただろう。
「そっかぁ、、、。じゃあ、あなたの名前を教えてくれる?私はマユリ。」
ど、どうする?逃げるか?ダッシュで逃げれば、ってさっき追いつかれてたし、、、あ、空間魔法か。マユリちゃん使いこなせるようになったのか?がんばったんだね。ってそうじゃない。この場をどうやって乗り切るのか考えなくちゃ。
「名前も教えてくれないの?」
「・・・・・・。」
「私、そんなに嫌われちゃったのかな。」
「ち、違う!」
やべっ!思わず大きい声出しちゃった。でもあんなに悲しそうに涙浮かべられたら仕方ないっていうか。うーん、どうしよう。もうハートランドだって言ってしまおうか。俺が知らないふりをしてるのはバレてるだろうし。。。
マユリちゃんは黙って、そしてじっと俺を見てる。急かすことなく、俺が話すまで待っていてくれてる。こんなに俺を気遣ってくれる相手に対して、俺はずっとシラを切るつもりか?適当なことを言ってもこの子はきっと諦めないだろう。そういう目をしている。
「はぁ〜、わ、わかった。あとで話そう。と、とりあえず着替えたい。」
「うん!私も着替えてくるから逃げないでね!」
俺たちは2時間後に待ち合わせして、それぞれの住まいに帰っていった。悪い気はしない。むしろマユリちゃんと話せるのは嬉しい。でも俺はきっとまた傷つけてしまう。俺はすぐに調子に乗ってしまう。一般常識にもかけてる。女性の扱いなんてもっと知らない。こんなやつのことなんか、すぐに嫌いになる、、、。そうか、結局俺は嫌われたくないんだ。嫌われたくないから、離れたのか。
どうしようもないな。自分が傷つきたくないから、相手を傷つけて、、、最低だな、俺。
待ち合わせ場所に行くか迷ったが、もう全てを話して帰ってもらおうと思い、渋々向かう。ナナやムラトも心配しているだろうし。そしたら俺もこの街を出てまた知らない街でひっそり暮らそう。
「あっ!もう遅いよ!」
俺を見つけたマユリちゃんは足早に駆け寄ってくる。昔のようなオドオドした感じはない。大人になったからなのか、無理にそういう風に振舞っているのか分からないが。
「どこかでご飯食べながら話しましょ。私、いいお店見つけておいたから、そこで。ねっ?」
「・・・・・・お金ない。割り勘でいい?」
「えー、私が誘ったんだから私が払うよ!」
「い、いいの?じゃあ、遠慮なく。」
こういうところがダメなんだろうな。
女性に奢ってもらったと話すと良く友人に怒られたっけ。
マユリちゃんに着いて行くと小洒落たカフェといった面持ちの店に着いた。数年この街に住んでいるが、こんな店があったなんて知らなかった。まあ、仕事場と家の往復くらいしかしてないし、仕方ないか。
「好きなの頼んでいいからね!あ、お酒とか飲んじゃう?」
酒?酒かぁ!そういえばこっちの世界に来てから、飲んでない。もう飲んでもいい歳になってたのか。マユリちゃんが言うなら大丈夫だろう。
俺が無言でうなづくと、マユリちゃんはニコッと笑って注文してくれた。
前世で俺は酒を飲むのが好きだった。強くはなかったけど、よく飲んでいた。はじめは1人で飲んでいるだけだったが、「行きつけの店」と言えるようにななるくらい通ってると店員やその店の常連客とも話ができるようになった。友達も彼女もいなかったが、酒をきっかけに話せる人が増えていったからか、そういう雰囲気も好きだったのかもしれない。
マユリちゃんが頼んでくれたのはジョッキに入った果実酒だった。この辺りでは一般的に飲まれているもので、酸味があってスッキリしているらしい。
「再会を祝して?てことでいいかな?乾杯!」
マユリちゃんが乾杯の音頭をとる。
俺は何も言わずにジョッキを持ち、マユリちゃんのジョッキに軽く当て、果実酒を飲んでみる。
「うまい!」
「ホント!口にあったようで良かったぁ♪」
思わず感想を言ってしまった俺だったが、マユリちゃんは嬉しそうだ。
その後も色々なおつまみが出てきた。オーク肉の煮込みはトロトロで一緒に煮込まれた野菜もホクホクして美味しい。カニのような見た目をしたシザークラブを焼いたもの、ビックフロッグというカエルの姿焼きなど、魔物の肉がメインの料理が並んだ。今の俺の生活ではとても買えないようなものだったが、一般的な家庭で考えると値段的にはそこまで高くないそうだ。
今の俺の生活は底辺のようなものだから致し方ないか。
つまみが美味しいと酒が進む。俺も少しほろ酔いになってきた。それはマユリちゃんも同じだったようで、少し顔が赤くなっているように見える。かわいい。
「ねえ、ハートランドくん?」
「ん?なあに?」
あ、やべっ、返事しちゃった!んーでももういいか、なんだか気持ちよくなってきちゃったし。
「あー、返事した!やっぱりハートランド君なんじゃん。なんで知らないふりしたの?」
「んー、だって俺なんかに関わって欲しくなかったから。俺なんかと一緒にいるとマユリちゃんまで不幸になる。俺なんかは1人でいた方がいいんだよ!」
「もう、俺なんか、俺なんかって、、、。ハートランド君、いい?あなたはすごい人なのよ?俺なんかとか言って悲観的にならないで!」
「いや、俺はすごくない。あの日、調子に乗ってマユリちゃんに酷いことしてナ、ナナにもお、怒られちゃって、き、嫌われて、、、。」
ナナの名前を出すだけで恐怖が蘇り、声も尻窄みになっていく。
「はぁ〜、やっぱりそんな風に思ってたんだね。あのね、私は酷いことされたと思ってないよ。まあ、ちょっと恥ずかしかったけど。あとね、ナナちゃんが怒ったのも逃げ出すほどのことじゃない。それにちゃんとすぐ許してくれたじゃない?」
「で、でもみんなそんなことする俺のこと、嫌いになったはず。俺がいるとみんなに迷惑をかける。俺は普通の人と違うみたいだし、1人でいなくちゃいけないんだ。」
「どうしてそう思うの?誰もハートランド君のこと嫌いだなんて言ってないよ。それになんで1人でいなくちゃいけないの?私はハートランド君のそばにいたいよ!」
絶対嫌われていると思ってた。マユリちゃんが最初に現れた時も、あんな酷いことして逃げ出した俺に文句を言いにきたのだと思った。怒られるんじゃないかと思ってた。でも、今言っていることが本当なら、俺は。
「ねえマユリちゃん、お、俺は生きててもいいのかな?みんなのそばにいてもいいのかな?みんな謝れば許してくれるかな?」
気付けば涙が溢れてきていた。この数年、まともに人と話してなかったし、マユリちゃんにそばにいたいって言われて、酔いも回っていたせいもあるんだろう。
「当たり前じゃない!生きてよ!みんなとまた楽しく過ごしていいんだよ?みんなに謝る時は私も一緒に行ってあげるから。ね?帰ろうよ、みんなのところに。」
俺は人目も憚らずに泣いた。マユリちゃんも泣いていた。俺は嬉しかった。マユリちゃんがそばに居てくれる。それだけで幸せだった。それと同時に俺がやらなくちゃいけないことも思い出した。
この日、ようやく彼は過去の呪縛から解放された。
評価とブックマークしていただけると助かります。PV数とユニーク数だけだとイマイチこの方向でいいのかわからないので。よろしくお願いします。




