第35話
「兄ちゃん、今日はもう上がっていいぞ。」
「あ、はい。お疲れ様でした。」
仕事の帰り道、今日の夕食は何にしようかと物色する。
「金もないから黒パンとスープでいいか、スープの具材は、、、あっ、すみません。それ捨てちゃうんですか?だったらそれもらってもいいですか?」
露店のオヤジに話しかけると、
「白髪の兄ちゃん、こんなの欲しいのか?スープに使うにしてもこれ出がらしだぞ!」
「いえいえ、まだ食べれますって!」
「食べんのかよ!ま、まあどうせ捨てちまうんだ。持って行きな。」
露店のオヤジから貰った、出がらしのスープの具材を貰ってホクホク顔で家に向かう。
家っていっても、俺のものじゃない。集合住宅のような、雨風防げるのが精一杯というようなボロ屋で、俺のほかにも数人が暮らしている。
この国の貧民対策で、路上で寝られると見た目が悪いからと建てられたものだとか。1日銅貨1枚。黒パンも同じ銅貨1枚なので、いかに安いかがわかる。
そしてその帰り道にはいつものあの子が声をかけてくる。
「ハートランドくん、お仕事お疲れ様。良かったらこの後、一緒にお話ししない?」
「何度も言ってるように人違いですよ。俺はあなたみたいにかわいい人と仲良くなれるようなやつじゃない。俺みたいなのに関わってるとあなたが変な目で見られちゃうから、もう俺に声かけるのはやめたほうがいい。」
その子は黒猫の獣人で、非常にかわいい。俺好みだ。でも今の俺には不相応。仲良くなりたい気持ちをグッとこらえてる。
あそこから逃げ出した俺を探して、学園もやめ、恩人の元からも去り、こうして何年か前に俺を見つけてこの街に住みつき、俺に話しかけてきてくれる。
マユリちゃん、もう俺に関わらないで。俺はあなたのそばにいてはいけないんだ。
逃げ出したあの日、錯乱した俺は、罠として用意していた盗賊、アストラム王国の兵士を皆殺しにしてしまった。おそらく魔力が暴走したんだと思う。
魔力制御はしっかり出来ているつもりだったけど、精神状態を保っておかないと、暴走するんだそうだ。
魅了を重ねがけしてたこと、俺が死にたいと思ったことが原因なのか、不明だが、全員その場で自害したんだそうだ。いきなり20人もの人が一斉に自害したということで、他国であるこの国にも話が伝わってきた。伝え聞いた時は罪の意識で、毎日ゲロ吐いてたし、自害も考え実行したが、この身体は簡単に死なせてくれない。
もう戦いたくもないし、魔法も使いたくないと思っているに、命の危険が迫ると勝手に発動する。本当に困ったもんだ。
死にたくても死ねない。
ならば死ぬ時が来るまで、罪を償おう。
俺は1人でいい、1人で生きていこう。
「ね、ねえ、ハートランドくん。お願いがあるの。今日ダメなら明日でいいから、少しだけでいいから、お願い。私、明日のこの時間に街外れにあるあの大きな木の下で待ってるから。あそこならそんなに人来ないし、ハートランドくんも安心でしょ?じゃあ待ってるからね!」
マユリちゃんはそう告げると、俺に手を振ってから立ち去っていった。
あんなに人気のないところで待ってるとか、意味がわからない。もしかして、い、いや、期待するな。
俺は1人で生きて行くって決めたじゃないか。
部屋で味の薄いスープに黒パンを浸し、ふやかして食べる。全く美味しくないが、黒パンはそれなりに大きいので腹は満たされる。身長が伸びて周りの人より少し大きい俺の身体は燃費が悪く、食費がかかる。もっと小柄なままだったら黒パンも2食に分けられるし、スープだってもう少し味の付いたものに出来るのに。
元貴族とは思えない暮らしだな、と誰にも聞こえないように独言る。
さっさと寝よう。明日も朝から仕事だ。
次の日もいつもと同じように職場へ出かけ、決められた仕事をこなしていく。それでまたいつものように時間になったら、
「兄ちゃん、今日はもう上がっていいぞ。」
「あ、はい。お疲れ様でした。」
このやり取りをもうどれくらい繰り返しているのか忘れたが、今日はちょっと違った。
「あのさ、兄ちゃん、悪いんだが、仕事は今日までにしてくれないか?兄ちゃんは仕事きっちりやってくれて助かるんだが、俺の方がちょっと金が必要でな。兄ちゃんに払う給金も毎日だと、その〜キツくてな。本当にすまねえー!」
は〜、職なしかぁ。前世でも派遣切りされたことあるから事情はわからなくないが、明日からどうするかな?俺にできることなんて限られてるしな。
「親方、今までありがとうございました。また、何か仕事出来ることがあったら、その時によろしくお願いします。」
親方はいつもよりちょっとだけ多くお金を渡してくれた。お金キツイっていってんのに、いい人だなぁ。でも、正直助かった。これからのことも考えないといけないけど、とりあえず今日の晩飯どうするかだな、、、。
あ、そういえばマユリちゃんが街はずれで待ってるとか言ってたな。でもみんなを裏切って、マユリちゃんを傷つけて、さらには今日から無職の俺がどうやってマユリちゃんのところにいけるというのか。
「大変だ!森から魔物が溢れてきている!誰かギルドに伝えてくれ!俺は出来る限り対処する!もうすぐそこまで迫ってきている!」
「わ、わかった!俺が伝えてくる!」
なんだか周りが騒々しい。魔物かぁ、でも魔物はダンジョンか魔の森にいるんじゃなかったっけ?
森にダンジョンでも出来たのかな?
「おい、もう街はずれまで来てるらしいから、兄ちゃんも早く逃げた方がいいぞ!」
馴染みの親父が声をかけてくれる。
街はずれだともうすぐそこじゃないか?
街の警備はどうなっているのか?
あれ?街はずれ?
「私、明日のこの時間に街外れにあるあの大きな木の下で待ってるから。」
マユリちゃん、、、。
俺は駆け出す。体が大きくなったこと、日々の仕事の中で筋力もそこそこ付いた。両親にもらったこの身体は、俺にはもったいないくらいに性能が高く、身体強化を使わずとも常人を遥かに超える。その俺の全力疾走だ。ものの数分で街はずれに着く。
「マユリちゃん!どこだ?!返事してくれ!」
木の下にマユリちゃんが見当たらない。
くそっ!
もう2度と使わないと決めた。
使ってはいけないと決めた。
でもこのままじゃマユリちゃんを失うかもしれない、、、。
「うぉーーーーっ!!」
俺は叫び、何年か振りに身体の中の魔力を感じ取る。魔力は十分にある。感覚を取り戻せ!
ソナー2!
数キロ先まで魔力を広げる。あの合宿前にみんなの魔力量を上げるためにやったことで、俺の魔力量は格段に増えている。感覚的には加護を失う前と同じかそれ以上。その量があればこの程度のこと造作もない。
いた!これはマユリちゃんだ。周りに魔物らしきのがいるな。数は50、いけるか?いや、やってやる!
逃げればいいのに戦っているなんて、、、。
どんだけ良い子だよ、やっぱり俺にはもったいないし、こんなところで死なせたくない。
身体強化を使い、魔物どもを強襲。
魔物はゴブリンだった。ソナーでは分からなかったが、この形、動きを記憶しておく。
そしてゴブリン程度なら武器なんてないけど、この身体だけで十分だ。
魔力を纏った拳で顔を殴れば頭が吹き飛ぶ。
ボディに蹴りをくれてやれば、上半身と下半身が分かれて臓物を撒き散らす。
ひどい悪臭だが、気にしてなんかいられない。
俺はゴブリンを蹂躙していく。奴らも攻撃してくるが、当たった瞬間に武器が消し飛ぶ。
「ハートランドくん!」
マユリちゃんの声が聞こえたが、無視する。
今はこいつらを片付けないと。
ゴブリンたちは俺に攻撃が効かないとわかると逃げ出す奴が出てくる。俺は逃がすつもりはない。
拳に纏っていた魔力を左手の5指の先に圧縮していく。以前は圧縮が足りず威力のないものだったが、指先にであれば圧縮できるし、それなりの威力が出せるようになっている。
ソナー2と並行して行うと情報量で頭が擦り切れそうだが、構わない。ここでマユリちゃんを救えるのなら。
「指弾!」
5指から放たれた魔力の塊は、ソナー2で捕捉したゴブリンの頭を次々に消しとばしていく。
「指弾!指弾!指弾!」
50匹ものゴブリンの襲撃はある意味、災害である。この街程度なら、相当数の被害を出したかもしれない。しかし、ここに規格外の存在がいたことが奴らにとっての誤算だろう。
「ハートランドくん!ありがとう!助けに来てくれたんだね。」
マユリちゃんが泣いている。
「・・・い、いや人違いだ。そ、それに俺は魔物が出たっていうから倒しただけだから。うん、別にマ、、、あなたのためじゃない。じゃあ!」
俺は身体強化を使いマユリちゃんを置いて走り出す。こんなゴブリンの死骸だらけのところに放置するのもどうかと思ったが、ギルドから派遣されるだろう冒険者に伝えて、ゴブリンの死骸の処理とマユリちゃんの保護をお願いしよう。
「すみません!ゴブリンはやっつけたんですけど、数が多いので死骸の片付けお願いします。あ、あと近くに女性がいるので、その人も保護してあげてください。」
武装した男たちの集団に声をかける。
「保護って私のことかな?」
「えっ?」
身体強化を使って立ち去ったはずなのに、置き去りにしたはずのマユリちゃんがすぐ隣にいた。




