第34話
わたしは氷の女王、そう呼ばれている。
いつからそう呼ばれ始めたのかは覚えていない。
記憶を辿れば思い出せるかもしれないが、思い出したくはない。
わたしの側にいるムラトさえわたしをを分かってくれればいい。
明日、わたしは15歳の誕生日を迎える。そして父に代わりこの国を治める女王となる。まだ15歳だというのに。
「ナナ様、気分が優れませんか?」
執事のヨハンが声を掛けてくる。
わたしに話しかけないで!
目で訴えるが伝わっていないのか、分かってて分からない振りをしてるのか、ヨハンは微動だにしない。
「ヨハン、ムラトを呼んで!」
綺麗なお辞儀、でもわたしはもうそんなのは見慣れてる。そんなことはいいから早くあの子を連れてきて。そしてあいつを早く見つけ出して!
わたしにはムラトの他にもう1人、側にいてくれる子がいた。彼女の名はマユリ。とあることがきっかけで、わたしの側からいなくなってしまった。
わたしが悪いの?わたしはあなたのためを思ってしたことなのに。。。
この5年、どれだけの数この自問自答を繰り返したかわからない。わたしは悪くないと思いつつも何度も後悔をした。
でもそれでも彼女は帰ってこない。
まあ、当然だ。あの子の好きな子が居なくなったのはわたしが原因だから。
「ナナ、どうした?明日の戴冠式を前に緊張でもしているのか?」
わたしの騎士であるムラトは優しく微笑み掛けてくれる。マユちゃんがいなくなるきっかけを作ったわたしにもムラトだけはわたしの味方で居てくれた。それだけがわたしの救いだ。
昔は全くわたしと目を合わせてくれなかったムラトも今ではわたしの目を見て話してくれる。
あのことをきっかけにムラトは変わった。わたしに色目を使うものに対して刺々しい態度を取っていたが、冷静に対処してくれるようになった。
わたしの騎士であるムラトが引き起こすことで、わたしにとって不利益になると判断すれば、嫌いな相手にもわたしの代わりに頭を下げてくれる。
時には暴力に訴えられることもあるが、それでもムラトは手を出さないでくれる。
隠してはいるが、あなたがわたしのためにどんなに苦しい思いをしているかをわたしは知ってるよ。
元々平民であるあなたと結ばれる可能性は限りなくゼロに近いけど、わたしはあなたなしでは生きていけない。出来ることならあなたと添い遂げたい。
それくらいわたしはあなたを大切に思っている。
わたしが氷の女王と呼ばれるようになったのは、感情を表に出さなくなった、いや笑わなくなったからだと思う。
笑いたいと思っても笑えないのだ。
マユちゃんもあの人も、わたしが傷つけてしまった。ムラトは違うと言ってくれるけれども、わたしのせいなのは間違いない。
「ナナ、またあの日のこと思い出してるのか?」
ムラトには考えていることがすぐにバレてしまう。せめてこの人には笑いかけたいと思うのだが、罪の意識が強いのか、笑おうとすると、苦しくなる。
「ムラトにはお見通しね。わたしはあの人に謝りたい。あそこまではする必要なかったわよね。」
「ナナ、何度も言ってるだろう?あれはお前が悪いんじゃない。あいつがあの程度で逃げ出すのが悪い。俺だってまさかあの程度のことで、あいつがいなくなるとは思わなかった。あんなに軟弱なやつだとは思わなかった。それにマユリもだ!あんな奴のこと追いかけて、、、」
「やめて!マユちゃんのことを悪く言わないで!全部わたしが悪いんだから。」
あー、またこのやり取り。何度繰り返したかわからないやり取り。わたしが何度もやめてっていうのに、ムラトはあの人とマユちゃんの話になると2人を悪者にしようとする。わたしを大事に思ってくれるのは、ありがたいけど、それは違う。違うんだよ。
時期女王の苦悩は続く。
「みんなちゃんと席に着きなさい!あたしが担任の風使いことオーロラ・カールスバーグよ!」
あたしはサジタリア王国にあるフェリス魔法学園の教師だ。「風使いのオーロラ」という名を耳にすれば、大抵の人はあたしを知ってる。この国だけじゃないよ。近隣国からも恐れられる大魔法使いとはこのあたしのことだ。
あたしは10歳から教師をやっている。その時は一緒に授業をやってくれるもう1人の先生がいたんだけど、あることがきっかけで今はいない。親御さんのところに戻ったのかとも思ったんだけど、この5年なんの連絡もないらしい。
あたしは何故だか知らないがあの人の事が気になってしょうがない。本当はね、あの人がいなくなったあの日、すぐに探しに行きたかったんだ。でもね、なぜかあたしにはやらなくちゃいけないことがあると思って、躊躇してしまった。
あの人にみんなを頼むと言われた気がして。。。
あたしはあの人が好きなんだと思う。何も言わずいなくなってしまったけど、絶対帰ってくると信じてる。だからあたしは守るんだ。あの人の居場所を。
あの時、やらなくちゃいけないと思っていたことは、一応もう完了している。
あの子達は立派に育った。だから早く帰ってこい!
「じゃあ自己紹介しようか。一番前のそこのあなたから。」
あたしは金髪碧眼の正統派美少女と言える子、この学年の主席の子に話しかける。
「はい!アイリス・バーナーです。得意属性は火、風、水、光の4属性です。お兄ちゃんと同じ主席でしかもSクラスに入学できて嬉しいです。私はお兄ちゃんやオーロラ先生みたいに教師になれなかったのは残念だけど、お兄ちゃんの妹として恥ずかしくない成績を残していきたいと思います。よろしくお願いします!」
ハキハキとした自己紹介、そしてあの人の面影のある顔立ち、あたしは涙が止まらなかった。
みんなが私に声をかけてくれる。でも欲しいのはあの人の言葉、そしてまたよくやったと褒めて欲しい。帰ってきてよ!妹ちゃんも待ってるぞ!
「学園長!今年も有望そうなのがいっぱい入りましたね!あの子の妹がこの学園に入学とは、月日が経つのは早いですな。」
白髪の元学園長、今は教頭先生か、その人が私に話しかけてくる。私はダークエルフ、属性魔法以外も研究の末、使えるようになった。王国一、いや、世界でも指折りと自負してる。
まあ、順調に成長してればあの子には敵わなかっただろうけどね。
あの子ははっきり言って異常だった。魔法を新しく生み出すなど、並大抵のことではない。それをわずか10歳の時にやってのけた。誰もが知らないアプローチで魔法を解析し、私に新しい世界を見せてくれた。ダークエルフとして生きてきて、魔法には精通していたが、後にも先にも彼以上に魔法に愛されている人はいなかった。
ま、こんなこと言っても、いきなり消息を絶った彼の力のことをきちんと把握しているのは、私と元クラスメイトの彼らだけだろう。あとは当時のSクラスの面々か。今は皆、上級学校に進んでいる。社会で働くよりも、より魔法を磨くことにしたようだ。まあ、あの当時の彼と彼の受け持ったクラスメイトのことを知っている人からすればどれだけ研鑽しても彼に追いついたと思えないんだろうな。
彼が受け持っていたEクラス。
私は担任の座についていながらいなくなってしまった彼の尻拭いのような感じで、補佐をしていた。オーロラ先生が私がメインでみんなを鍛えると並々ならぬ決意をしていたのが印象的だ。その意思を尊重しなるべく私は手を出さないように見守る方向にした。
担任兼クラスメイトがいなくなったにもかかわらず、彼、彼女らは魔法の研鑽に努めた。彼を追ってもう1人退学者が出てしまったのは残念だったが、それでもぐんぐん力をつけていった。
定例の模擬戦でもSクラスを圧倒。それでもなおEクラスにこだわり、最後までEクラスのまま卒業し、誰も上級学校に進学することなく去っていった姿は、この先一生忘れないだろう。
「アイリス・バーナーか。彼女には兄と同じ道をたどることなく、無事にこの学園を卒業して欲しい。」
窓辺に立ち、空を見上げて独り言のように呟いた言葉だったが、彼を知る全ての人々の想いを代弁していた。




