第11話
『やっちまったぁーーーっ』
女神とは思えない声がひびく。
『何が、「愛にはいろんな形があるのよ。」なのよー!愛の女神って言ってもお付き合いしたことないじゃない!ハルキくんを初めての人にしたくて、色々がんばったのにー!』
嫉妬で我を忘れ、勢いでやらかしてしまった女神が絶叫していた。
そもそも純潔と愛の女神は分け隔てなく、誰のためでもなく、優しく見守る、時には愛の素晴らしさを神託として説くのが、創世神から与えられた女神アウロラの使命だった。
しかし実体を持たず、さらには純潔の神であるがために、特定の誰かとそういう行為をすることが出来なかった。そう言った経緯もあり、逆にそのことに対しての興味が高まっていった。そしていつしか、他の世界や自分の管轄する世界の住人に神託として愛を説き、近づき、それが受け入れられてもらえないとわかると天罰と称して様々なおいた、いや不幸に落とすまで追い詰めるといったイタすぎる女神だった。
それを懸念した創世神はアウロラに今度やったら神の地位を剥奪すると宣言していた。
ただ、アウロラとしては愛と純潔の女神として使命を全うするには、実際にお付き合いして、愛を知らないといけない、知らないからやらかしてしまう、というよくわからない言い訳で創世神を勢いで説得した。面倒臭くなった創世神は特別処置として、ハルキをアウロラの世界に呼び寄せた。
これが失敗だったのかもしれない。
創世神がハルキを選んだのには、ある思惑があった。多くの人が10代で童貞を失う世界で、およそ30年もそれを守り続けた者ならば、アウロラの純潔も長く保たれるだろうと。さらには0歳からの転生なら数十年は確実に安泰だし、ハルキの身体が性に目覚める頃には、アウロラの気も晴れて、大人しくなっているだろうと。
しかし、創世神は見誤っていた。アウロラの「性」に対する執着の度合いを。
生まれてから数百年、比較的若い神であるアウロラは他の神から引き継ぐ形でこの世界を任された。任されたといっても見守るだけで、特に何かできるわけもないので、下界に住むものたちとはどういったものかをつぶさに観察し続けた。下界には人類以外にも獣や、魔人や魔獣と呼ばれる人や獣が魔力によって形を変えたものなどありとあらゆる生物が暮らしている。そしてどんな生物も子孫を残すために、精を出す。そう精を出すのだ。その行為をはじめは興味本位で眺めていたが、いつしかそれを見るのが楽しみの一つになった。また、他の神も時々遊びに訪れては、何も知らないアウロラを面白がって、性に関する知識を与えていた。
アウロラの頭の中はそればかりになってしまっていた。
そんなことになっているとは露ほどにも思ってなかった創世神はそんな中で、安易な約束をしてしまった。
『他の世界からワシが連れてきたものと愛を育み、成就させてみよ』と。ただし、それが叶わなかった場合、愛を外し『純潔の女神』として使命を全うせよ』と。
今回、やらかしてしまったアウロラは、ハルキとの愛が成就しなかったことで、純潔の女神』として全うすることになる。
「愛を成就出来なかった純潔の女神」
絶対影で言われる。もう暗い未来しか見えない。
「純潔の女神アウロラ」
響きは綺麗だが、アウロラ自身は耐えきれない。人類で言うなら、生涯処女が確定ということだから。
こんなに興味があることを今後ずっと抑制されると思うと耐えきれない。創世神にこのことはバレているだろうから、先に手を打たなくては。アウロラは一計を案じる。
「アウロラよ。うまくいかなかったみたいだな。」
創世神は落ち込んでいるだろうアウロラを気遣い、優しく語りかける。
「何をおっしゃってるんですか?順調に進行中ですよ。」
「どういうことだ?もう見放したんだろう?もう彼とは関わらないんだろう?実際彼にそう伝えていたではないか?それとも見てないとでも思ったか?」
優しかった声色が、背筋を凍らすほどに威圧的なものになっていく。それでもアウロラは怯まず、平静を装う。ここで失敗すれば全てが終わる。
「創世神さま、たしかに私は干渉しないとハルキくんに伝えました。私の加護も私が与えた力もすでに彼から外してあります。」
「ではなぜだ?そなたが関わらないのであれば、愛を成就させることは出来ないではないか?」
「私が創世神さまの本当に伝えたかったことに気付かなかったとお思いですか?」
「何を言っている?本当に伝えたかったこととはなんだと思っているんだ。何か勘違いしているのではないか?」
「そこまで徹底しておとぼけになるのですね。私はもうわかってますよ。そんなに誤魔化さないでもいいのに。でもまあ、一応勘違いということもないとは言い切れないので、お話しいたしますね。
私、純潔と愛の女神アウロラは彼とは干渉しません。これは間違いないです。
私は彼に色んな愛の形を知ってもらいたかった。愛を知らなければ、こういったことにも繋がるのだということを知って欲しかった。だから今回はあえて彼に試練を与えたのです。愛ゆえに。」
アウロラは続ける。アウロラ、一世一代の大勝負。ここを一気に乗り切ってこの状況を打開するんだ!その思いで一気にまくし立てる。
「創世神さまのおっしゃりたかった「覚悟」ができました。私は下界に降りて彼と同じ立場で同じ時を生きたいと思います。短い間でしたが、お世話になりました。私、神様やめます。」
「えっ?何を言ってるんだ?神をやめる?そんなことが簡単に許されると思っているのか?そもそもなんでそんな話になるんだ?」
そこはアウロラの想定内の返答。「よし、うまくいっている」自らを奮い立たせ彼女は続ける。
「創世神さまは、おっしゃいました。『愛を育み成就させよ』と。そもそも女神であり、実体を持たない状態で人類の信仰の対象である私が人間であるハルキくんと愛を育むことなど出来るはずがありません。だから私は『成就させたいのなら神様やめる覚悟をしろ』という意味だと思いました。実体のない神と実体を持つ人間では現実的に無理ですから。あと数百年もすれば実体を持つだけの力が備わるかもしれませんが、その頃にはハルキくんは死んじゃってるでしょうからね。創世神さまのことだからそこまでお考えの上でのお言葉ですよね?」
悠久の時を過ごしてきた創世神も言葉をなくすほどのひどい勘違い、もといアウロラの奇策。勘違いしているふりをして、自分に都合の良い解釈をさせる強引な戦略。神をやめて人間になるなんて神々の誰にも考えられない、それほどまでに愚かな選択。目先の性への執着により、先を見通す神の力すら霞めてしまった愚かな女神。そんな哀れな女神を創世神は呆然として見る。
「というわけで、私は人間になってハルキくんと愛を育みます。ではお世話になりました。」
「ま、待て!そなたの勘違いだ!そんなことを思って言ったわけではない!」
創世神の言葉は虚しく響く。そこにはもう駄女神の気配はなく、取り残された創世神がいるだけだった。
「はぁ〜、無茶苦茶にもほどがある。どうしてあんな風になってしまったのか?まあ、あやつがこれからどうするのかは楽しみではあるがの。何せ神が下界に降りて人間になるなんてことは、初めてのことだし、彼共々しばらくは見守ってやるか。
はぁ〜、でもこの世界の後釜も決めなくちゃならんし、面倒じゃのう。」
創世神は存外、面倒くさがりだった。




