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女三人空の上

 そして。

 ゲルダさんの前に、ハーネスを付けた私が立つ、いつもの状態。

 そのさらに前に、ハーネスで私とくっついたノーラさんがいた。

 腰に両手を当て、胸を張り……『じゃーん!』という効果音が付きそうなくらいに得意気な笑顔で。

 正直、可愛い。


「さあさあ、早速いってみようじゃないか!」

「いや、それは、いいんだが……正直なところ、飛行中の安定性は保証しないぞ?」


 うきうきとしたノーラさんの声に答えるゲルダさんは、困惑を隠せない。

 そりゃまあ、そうだろう。

 自転車だって二人乗りはバランスが難しいという。私はやったことないけど。そんな相手いなかったし。

 いやそれはどうでもいい。


 まして、三人、ともなれば……いかに私と二人で飛ぶのには慣れているとはいえ、もう一人。

 しかもその一人は私の前に居て、私が抱えることになるわけだから、ゲルダさんの制御から離れてしまう。

 相当にやりにくいんじゃないだろうか……。


「それはもとより覚悟の上!

 ……って、それだとアーシャ先生がしんどいか」


 やめて、うっきうきの顔から不意に真剣な顔になるのやめて。

 そのギャップは、私の理性と心臓に悪い。


「や、いやぁ、大丈夫です、きっと。

 私頑張りますから。ノーラさんの身体をしっかり固定してたら、きっと大丈夫ですよね?」


 いや、わかんないけどさ。でも多分、変にぶらぶらされるとバランスが取りにくいんだろうってことは想像がつく。

 だが、私の言葉に、一瞬妙な沈黙が訪れた。


「……そうだな、アーシャ、ノーラさんをしっかり抱き留めておいてくれ」

「んふふ、すまないねゲルダさん、あたしばっかり役得で」


 え、そ、そういうこと!?

 あの数秒の間に、そんな駆け引きというか心理戦があったの!?


 え~っと、え~っと、ここを穏便に済ませるには……?


「あ、あの、ゲルダさん」

「うん? どうした、アーシャ」


 私は、自由の利かない中でも何とかゲルダさんへと振り返る。


「その……飛んでる間は、しっかり、抱き締めててください、ね?」


 うぁ~……恥ずかしい。自分で言うのもなんだけど、すっごく恥ずかしい!

 なんだよ、少女漫画のヒロインかよ! 謝れ! 数多の少女漫画のヒロイン達に謝れ!


 などと私の心の中では、嵐が吹き荒れていたのだが。

 私の言葉を聞いたゲルダさんは、しばしきょとんとして。

 それから、小さく吹き出した。


「ふ、ふふ……アーシャ、そんなに気にしなくていい。

 だが……気にしてくれたことは、嬉しいな」


 ゲルダさんは、私の耳元でそうささやく。

 ちょっと低めのイケメンボイスが、私の耳元をくすぐった。

 やばい。正直、これはこれで私の理性と心臓がやばい。

 この密着状態でそれは、やばい。体温上がったことまで勘付かれるんじゃないかな!?


「あはは、流石アーシャ先生だねぇ」


 ノーラさんは呑気な声でそういう。

 っていうか、何がどう流石なのか小一時間問い詰めたい!

 と、思ってたんだけどさ……。


「じゃあ、アーシャ先生はあたしを、しっかり、抱き締めてくれるんだよね?」


 とか、ちらりと流し目なぞ決めながら言ってくれる。

 普段の快活で姐御肌な表情からは想像もできない、艶っぽい笑みで。

 少女と言っても通じるその顔立ちでその艶美さは、小悪魔と呼ばれてもおかしくないと思いますよ!?

 あ、やばい、本格的に心臓がやばい。


「ハイ、シッカリト」


 色々な意味で限界が近くなった私は、機械的な棒読みでそう答えるしかできなかった。





 そして、私の心臓をやたらとやばくした前準備が終わって。


「ひゃっほ~~~!!」


 いざ、三人での初フライト!

 と、飛び上がれば、ノーラさんが実に楽しそうな声を上げた。

 流石、うっきうきでハーネスを準備しただけのことはあり、ノーラさんは初フライトにも関わらず実に楽しそう。

 まあ、三人ってことで、飛行速度が多少抑え気味なせいもあるんだろうけど。

 私との初フライトの時は、もっと速度出てた気がするぞ!?


「ノーラさんはこういうことにも動じないんだな」


 多少予想していたのか、ゲルダさんはそれでも感心したような声で話しかける。

 正直、私もそう思う。


 そんな私達に、もぞもぞとしながらノーラさんは振り返って。


「動じてないわけじゃないけどね!

 あたしらみたいな地べた這い、下手すりゃ地下道で一生終えるようなドワーフがこうやって空へと舞い上がってんだ!!

 そりゃぁ心も舞い上がるってもんだろ!?」


 快活な笑みに、思わずどきっとした。

 そうだ、それはそうだ。

 こうやって空を飛ぶ、それは、それだけで一つの冒険だ。

 普通なら、経験することなんてできはしない。


 私は、初回から割と巻き込まれた形になってて、しかもその後何回も飛ばされてたから、その辺りの感覚が麻痺していたみたいだ。

 そう、だよね。こうして生身の身体で風を切って空を飛べて。

 飛行機の窓の向こう、じゃなくて、自分の視界一杯に広がるこの景色を体験できるのは、きっと得難い経験だ。


 そんな当たり前の事に、今更ながら気づかされた。


「……ゲルダさん」

「うん、なんだ?」

「私、もっとゲルダさんに感謝しなくちゃいけませんでした。

 こんな素敵な光景を見せてくれてたのに」


 どうしても実務的な用事で飛ばされていたせいか、すっかりそのことを失念してたことが恥ずかしい。

 でも、こうして空高くから見たこの島は、この国は……とても、綺麗だ。

 緑豊かで、鮮やかな海の青に縁どられたこの国は、本当に綺麗だと思う。

 そのことを、多分私は今初めて実感した。


「そう言ってもらえたら、私はそれだけでも十分だよ」


 答えるゲルダさんは、なんとも照れくさそうな声。

 ですよね、直球でこんなこと言われたら、困りますよね。

 でもね、言わないわけにはいかなかったんです、ほんと。


「ちょっとちょっと、あたしをほっといて二人の世界ってのは酷いんじゃないかい?」


 からかうようなノーラさんの声に、私もゲルダさんもはっとする。

 慌てて言い訳を考えようともしたけど……この光景を前にしたら、それは野暮にも思えた。

 だから、私はぎゅっとノーラさんを抱きしめて。


「ごめんなさい、そしてありがとうございます。

 ノーラさんのおかげで、私、素敵な景色に気づけました」

「あはは、そりゃぁ何よりさね!

 あたしも、一生に一度拝めるかってな光景を楽しませてもらってるしさ!」


 裏表のないノーラさんの言葉に、私もゲルダさんも、くすくすと笑ってしまう。

 うん、この三人で飛んで、きっと良かったんだろうな。


 そんなことを思いながら、私達は空を滑るように飛んで行った。

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