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敗者(?)は語る

「さて、どこからどう話したものでしょうか……」


 観念して話すことにした私は、言葉を探る。

 聞かれていることは、私の思考がどこに由来するか、だ。

 そしてそれは、私が受けてきた学校教育だとかによるものと言える。

 一から説明すれば、それこそキリがないのだが……。

 思い悩んだ末に、私は色々ぶちまけることにした。


「まず、誓って本当のことを申し上げます。

 相当に荒唐無稽ですので、信じていただけるかはわかりませんが」

「よいよい、真偽含め、どう判断するかはこちらの問題じゃ。

 そなたはまず、言うべきと思うたことを言うがよい」


 魔王様は、相変わらず上機嫌だ。

 正直なところ、下手に嘘など吐いた挙句、見抜かれて機嫌を損ねるというのが一番怖い。

 後まあ……嘘をつかれたと悲しませたくない、というのもちょっとあったりするのだが。


「実は。私には、生まれる前と言いますか、前世の記憶がございます」

「ほう」

「前世の私は、恐らく元の国どころか、この世界ですらない、まるで違う世界におりました。

「ほほう?」

「その世界には魔術が無く、代わりに学問とカラクリが発達しておりました。

 おかげで、特別な力がない者でも様々な恩恵にあずかることができます。

 例えば、かまどは指先一つで火が付きますし、一日中明かりをつけていることも可能でした」

「ほうほう」

「それらの恩恵は、全て学問によって支えられています。

 ですから、教育というものにとても力が入っておりました。

 また、ただ教えを受けて覚えるだけでなく、新しい物を作り出す力となる思考の訓練もございました。

 恐らく、陛下がご指摘なさった事柄はそれらの産物でございましょう」

「ほうほうほう。なるほど、実に興味深い。

 その教育の内容を詳しく……いや、これはグレースが同席しておる時の方が良いの」


 私の話に一々相槌を打っていた魔王様は、実に楽しそうに話を聞いていた。

 いや、側近さんとゲルダさんも興味深そうな顔をしている。

 三人の反応を、私はしばらく見て。それから、おずおずと口を開いた。


「以上が、おおよそですが……その、おかしいとは思われないのですか?」

「いやいや、確かに荒唐無稽ではあるが、そなたの言動を考えれば納得もできるからのう。

 のう、ドロテア?」


 そわそわと手を擦り合わせながら実に楽しそうな魔王様は、横に控えていた側近さんに声を掛けた。

 側近さん……ドロテアさんは直立不動の姿勢のまま私をみやりつつ、口を開く。


「ええ、左様でございますね。

 また、脈拍や表情にも乱れがございませんし、嘘を言っていないことも間違いございませんでしょう」

「うむ、ゲルダはどうじゃ?」


 さらっと今凄いこと言われたよ?

 非接触でそんなことわかるの?

 ドロテアさん、生きた嘘発見器なの?

 しかし、その能力は魔王様には当たり前なのだろう、満足そうに頷くと今度はゲルダさんに話を振った。


「はっ、こちらへと向かう道中に見せたアーシャの言動にも納得がいきました」

「なんじゃその、道中の言動というのは」

「はい、実は道中にこんなことが……」


 と、ゲルダさんは私がこの城の機能について語った件を話し出した。

 ああああ、なんかもう、穴があったら埋まりたい……恥ずかしい……。


「ふぅむ。

 のう、アーシャ。そなた、薬師ということはその前世とやらで薬草学を学んだのであろう?

 だのになぜ、そんな城塞機能についても学んでおるのじゃ」


 ゲルダさんの話を聞き終えた魔王様が、不思議そうに私の方を振り返る。

 そうですよね、不思議ですよね、変ですよね。

 さて、これもまた、どこから説明したものか。


「ええと……まず、私が学んだのは薬草学ではなく、医学と言います」


 ひとまず、そこから切り出した。

 元々この世界では、医学が発達していない。

 というか、私が知る限り、ない。

 治癒魔術によって大体の病気は治ってしまうからだ。


 ただし、その恩恵に与れるのは一部の金持ち、貴族のみ。

 貴族たちはそれで事足りるため、魔術以外の治療方法を研究させてこなかった。

 結果として、一般庶民は効果の怪しい民間療法や、数少ない薬師の治療に頼るしかない状況だったのだが……例のお触れで、それすらも失われ始めている。


「薬についても学びますが、それよりも人体の構造や機能、性質などについて学んだ上で、どんな病気がどう身体に影響を与えて、だからどう治療するのか、といったことを学びました。

 なので、薬草学以外のことも幅広く学んでいた、ということが一つ」


 薬師による治療と根本的に違うのは、経験則的なものか科学的なものか、というのが一つだと思う。

 また、必要とあらば薬以外の手段を用いることも違いと言ってもいいだろう。あくまで手段の話だけれど。


「もう一つが……私の居た世界では、学ぼうと思ったことの入門的な知識は、簡単に手に入れることができたんです。

 本を本棚から取ってくるのと同じくらい簡単に、遠くに置いてある知識に触れることができる。

 なので、物語で出てきた知識を、もう少しだけ調べて……なんていうことも可能でした」


 長くなった私の話を、三人は静かに聞いていてくれた。

 ゲルダさんとドロテアさんは感心したように。

 魔王様は……やっぱり不思議そうに。

 何かおかしなことを言っただろうか、と困っていると、魔王様は口を開いた。


「のう、アーシャや。話はわかったし、そなたが知識を持っている理由は納得した。

 わからんのが、なぜそなたは、そうあれこれと興味を持つことができる?

 まして、いかに容易にできるとはいえ、時間を使って調べようなどと、なぜ思える」

「え、それ、は……言われてみれば、どうして、なんでしょう?」


 魔王様に言われて、はて、と私も首を傾げる。

 言われてみれば、確かに。

 山村暮らしの頃、他の村人たちは日々の生活以外に興味を持つことはなかった。

 目先の暮らしに追われていた、というのもあるとは思うが。

 それだけでもない、ような気もする。


「ふむ。やはり、一度グレースにも同席してもらって、そなたとゆっくり話をするべきであろうな。

 そなたの思考のありようは実に興味深いし、できれば国民にも身につけさせたい。

 どうやってそれを身に付けたのか、あるいは生まれつきのものなのか、その判断をするためにも。

 あやつも忙しいから、中々時間が取れぬところではあるが……」


 顎に手を当て、思案気になる魔王様。

 その思考を妨げるのも申し訳ないが、どうしても聞きたいことがあった。


「あ、あの、陛下……質問してもよろしいでしょうか」

「うん? なんじゃ、申してみよ」


 私の問いかけに、ぱっと顔を上げてくれた。

 真面目な顔をしてはいるが、機嫌を損ねてはいないようだ、とほっとしつつ。


「その、先程から何度かお名前の出ているグレース様とは、どういった方なのでしょうか?」


 その問いかけに、魔王様はにんまりと締まりのない嬉しそうな顔になる。

 その左右で、ドロテアさんとゲルダさんが、あちゃぁ、と言わんばかりの顔になっていた。

 え。え。もしかして、地雷ふんじゃった? 話長くなるやつ?


「ほうほう、気になるかえ? 気になるじゃろ?

 さすが妾のグレースじゃ、名前だけで人の気を引くとはのう。

 じゃが、だめじゃぞ? グレースは妾のものじゃからな!」

「え、え?? あ、あの……すみません、グレース様って……女性、ですよね、お名前からして」


 唐突に惚気だした魔王様。ドロテアさんは、何かを堪えるように片手で顔を覆い、ゲルダさんは天井を見つめている。

 まさか、これって。


「うむ、妾の妻じゃ。才色兼備とはまさにあやつのことを言うのじゃろうなぁ」


 それはもう、カリスマ美女がしたらダメなデレデレとした笑顔で、本格的に惚気始めた魔王様を見ながら。

 キ、キマシタワー!?

 と、私は一人、心の中で叫んでいた。

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