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使命と決意

「さて、ではこれで、全員を受け入れることと相成ったわけじゃが。

 先程も言うたが、この国はとにかく人手が足らぬゆえ、明日からでも働いてもらわねばならん。

 配置や振り分けを行うゆえ、各々出身や特技、何を生業としておったかなど言うがよい」


 私たちが全員国への受け入れをお願いして一段落着いたところで、急に魔王様がそんなことを言い出した。

 その発言に私は戸惑い、ゲルダさんは苦笑し、側近さんは困ったような顔になっている。

 私はしばらく迷った末、小さく手を挙げた。


「あ、あの、陛下、お聞きしてもよろしいでしょうか」

「うん? 構わぬぞ、申してみよ」

「ありがとうございます。それでは、失礼いたしまして……。

 私たちの特技などを確認する意味はもちろんわかるのですが……こういったことは担当のお役人様がなさるものだと思っていました。

 まさか陛下御自らなさるとは思いもよらず、失礼ながら、困惑しておりまして」

「ふむ?

 ふむ、なるほど。それももっともな話じゃな、アーシャ」


 私の率直な言葉に、魔王様は鷹揚に頷いて見せる。

 ん? と私が思ったのが顔に出たのか、魔王様の顔がどこか楽し気になった。

 ……あれ、ゲルダさんの苦笑が深まったのは気のせいかな?


「くく、そなた中々に頭が回るようじゃな。

 『なんでもう顔と名前を憶えられてるんだ?』という顔になっておるぞ」

「ええっ!? あ、いえ、その……不躾で申し訳ございません」

「よいよい、むしろ愉快なことじゃからな」


 慌てて頭を下げるも、魔王様からは言葉通り楽し気なお許しが返ってきた。

 そうなのだ。

 今さっき、十数人からの挨拶攻めにあったというのに、一番最初に名乗った私の顔と名前をはっきりと覚えていたのだ、魔王様は。

 まるで顔見知りのようにさらっと私の名前を言われたので、その自然さにむしろ違和感を覚えたのが顔に出てしまったらしい。

 

「そして、これが先程の疑問の答えでもある。

 つまりのぉ、(わらわ)は人の顔と名前を覚えるのが得意なのじゃ。

 今迄送られてきた人間、五万七千三百二十四人、全員覚えておるぞ?」

「五万っ!? え、そ、そんなにですか!?

 あ、も、申し訳ございません、つい大声がっ」


 思わず大きな声が出てしまった。

 そして、慌てて口を押え、床に付くくらい頭を下げる。

 もっとも、魔王様は全く意に介していなかったが。


「うむ、妾が復活してから五十四年程になるか、その間に送られてきた人数じゃからのぉ」

「一年に千人以上って……ああ、でも、そうか……」


 一年に千人以上、と聞けばその数のとんでもなさに思わず驚きもしてしまう、が。

 私のいた国は大陸でもそこまで大きくない国だが、確か人口が300万人だか400万人だかだったはず。

 大陸全ての人口は、多分数千万人くらいだろう。

 つまり、千人は全体人口の数万分の一。0.01%にも満たない割合になる。

 戦争で何千何万と失うよりも遥かに少ない犠牲となれば為政者にとっては安いものだろうし、おまじない程度の効果でも縋ろうとするのかも知れない。

 犠牲にされる方はたまったものではないが。


「話の腰を折ってしまい、申し訳ございません。その人数を、全員、覚えてらっしゃるのですか?」

「そう、覚えておる。初めて送りつけられてきた者達から、全て、の」

「全て、ですか……。

 あっ……それは……その、お察しいたします」


 一瞬だけ、魔王様の瞳に陰りが浮かんだ。

 

 この世界の平均寿命は、多分精々が50歳を少し越えるかどうか程度。

 成人扱いとなる16歳の時にここに連れてこられたとして、最初の人はもう、70歳になる計算だ。

 現代日本ならばそれなりの数が健在だろうが、この世界では……多分、かなりの数が。

 さっきの魔王様の表情は、その人達のことを思いだしたんじゃないかな、と思う。


 歯切れ悪く答えた私に、魔王様は苦笑を浮かべながら手を振った。


「何、気にするでない。魔族と人間の違い、と言えばそうじゃからな。

 ともあれじゃ、顔と名前、特技なども覚えておる妾が、そなたらの話を聞いた上で振り分けるのが一番効率がいいのじゃよ」

「なるほど……良く理解できました、ありがとうございます」


 まだ驚きが抜けないまま、私は頭を下げる。

 つまり、魔王様本人が生きた戸籍であり、データバンクなわけだ。

 頭の中にあるデータを元に割り振っていくのであれば、役人が戸籍などの書類をめくって探していくよりも遥かに短時間で終わるはず。

 ……もしかして、魔王様の方がよっぽどチートなんじゃないか、転生者の私なんぞより。

 いや当然か、魔王様なんだから。


「うむ、苦しゅうない。ああ、折角じゃ。アーシャ、そなたから特技など言うがよい」

「はい、恐れながら申し上げます。

 私は山村の出身でございまして、畑仕事などを……」


 そこまで言って、一度言葉が途切れる。


 ここでなら私の知識を使えるんじゃないか、と思ったばかりじゃないか。

 何よりここには、万を超える人たちがいる。きっと、病気で苦しんでいる人達だっている。

 それどころか、治せた病気で亡くなった人だって……。

 私は、その人達に背を向けていいわけがない。

 顔を上げて、魔王様の顔を見た。……私の顔を見て、微笑んだ気がする。

 

「それから、薬草などを扱う薬師もしておりました。

 陛下、私はこの国で、薬師としてお役に立ちたく思います」


 はっきりと、言い切った。少し、自分の背筋が伸びたような気がする。

 そうだ、私はこの国で。ここで。助けられる命のために、少しでも。

 その気持ちは、長く忘れていたものだった。


 魔王様は少し驚いたような顔になり、それから嬉しそうに目を細める。


「薬師か、それはありがたい。

 先日薬師のディアばあさんが亡くなってから、薬師がいなくなっておるからのぉ」

「え、そうなのですね……お悔み申し上げます」

「うむ、実によく尽力してくれたからの、残念なことじゃ。

 ……ならばこれも巡り合わせかも知れぬ。

 アーシャ、そなたにはディアばあさんの工房を預けよう。

 薬づくりの道具が揃っておるゆえ、活用するがよい」

「はっ、ありがたき幸せにございます。

 ……ところで陛下、二つ質問がございまして。お聞きしてもよろしいでしょうか」


 亡くなった先達に敬意と弔意を示すかのよう、一瞬目をつぶって沈黙した魔王様が、私に向かって告げてくる言葉を頭を下げて受け止めながら。

 先程の会話で凄く気になっていることがあったので、お伺いを立てた。

 相変わらず魔王様は鷹揚に頷いてくれる。


「なんじゃ、申してみよ」

「ありがとうございます。

 自分で申し上げるのもどうかと思いますが、そんなにあっさりとお信じになられてよろしいのですか?」

「何を言うかと思えば、そんなことかえ。

 いや、もっともな心配でもあるがの、これでも人を見る目には自信があるゆえな。

 そなたなら大丈夫じゃろうと思うたまでのことよ」

「それは、なんとも恐縮でございます」


 そう言いながら、私はまた頭を下げた。

 考えてみれば、5万を超える人間を見てきたわけだから人を見る目も肥えているというものだろう。


「さて、もう一つはなんじゃ?」

「あ、はい、こちらが一番お聞きしたいことなのですが……。

 先程『薬師がいなくなっておる』とおっしゃってましたが……。

 もしかして。この街に薬師は、他には……?」


 魔王様の問いかけに、若干口ごもりかけながらも、恐る恐る、問いかける。

 正直なところ、笑い飛ばして欲しい、勘違いであっていて欲しい、と思っていたのだが。


「うむ、おらなんだ。これで、そなたがこの街唯一の薬師となるな」


 にっこりと、満面の笑顔でそう言われた。

 私は、先程の決意が早速揺らぎかけてしまったのを感じてしまう。

 この街で、唯一。

 この、推定人口5万人前後、魔族も入れたらどれだけになるかわからない街で、私、一人。


「重病人は魔術でなんとかしておったが、それ以外はどうあがいても手が回らんでのぉ。

 いやいや、そなたが来てくれて、ほんに助かったぞ」

「は、はい……ご期待に沿えるよう、尽力いたします……」


 ご機嫌な魔王様を前に、私はそう答えるしかなかった……。

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