混乱の謁見
私とキーラの会話がきっかけ、というわけでもないと思うのだけれど、そこからの道中、キーラやそれ以外の子達とも会話が弾むようになっていった。
謁見の前に通された控室では、この島についた時には想像もできなかった和やかな雰囲気で、そんな私達をゲルダさんが嬉しそうに見ていた。
そういう目で見られるのはちょっと照れくさいけれど。
そしておしゃべりをしているうちに予定の時刻となり、私たちは謁見の間に通された。
ゲルダさんの指導の下、膝をつき頭を下げた姿勢で待つことしばし。
「シュツラウム陛下の御なりです。一同、控えなさい」
側近らしい人のクールな声が響く、私達は改めて姿勢を正した。
一気に、私達の間に緊張した空気が流れる。
ゲルダさんはあんなにいい人だった。
魔王はどうやら想像とは違うらしい。
だが、それが良い意味か悪い意味かはわからないし、いずれにせよ私達など簡単にひねりつぶすことができる力があることは間違いない。
言わば生きた殺戮兵器と対面するにも等しいのだ、緊張するなという方が無理というもの。
そんな私達に気づくも、さすがにゲルダさんも声を掛けるなどこの状況ではできるわけもなく、ただ心配そうな視線を送ってくるのみだ。
まあ、そんなところにも彼女の優しさがにじみ出ているのだが。
そんなことを思っていたところに、カツ、カツ、と硬い足音が響く。
魔術の使えない私でも感じる程の、圧倒的な力を持った何かが、入ってきた。
……無理だ。
唐突に、そんな言葉が脳裏をよぎる。
こんな存在を前にして、緊張するなだとか固くなるなだとか、無理だ。
むしろ気を抜いたら心臓が止まってしまいそうですらある。
それほどに圧倒的な存在が入ってきて、呼吸をすることも忘れたかのような私たちの正面に来て、玉座に座った。
「うむ、一同、面を上げよ」
凛とした声が響く。途端、呼吸が楽になった。
……あれ? と思いながら、私は顔を上げた。
だって。
「遠路はるばるご苦労、大儀であった。
……まあ、それだけに申し訳ないのだが」
そう。聞こえてきたのは、女性の声で。
私が目にしたのも、女性だったのだから。
私も、周りの女の子達も、あまりのことに完全に固まっていた。
「やはりそのような反応になろうのぉ……。
今まで送られてきた贄達もそうであった」
ふぅ、と重たい溜息が聞こえる。
外見年齢で言えば、20代半ばくらい。実際はどうかわからない。
まず目を引くのが、艶やかなプラチナブロンドの長い髪。
さらっさらのストレートヘアが、巫女のような清楚さを醸し出している。
また、整った顔立ちの中央にある、ぱっちりとした瞳は少し下がり気味で。
柔和な表情と相まって何とも親しみのある、それでいて理知的な光を宿していた。
だというのに、着ている衣装は悪の女幹部か! と言いたくなるような黒を基調とした際どいもの。
それがまた、豊満で成熟した大人のボディラインを持つ彼女に良く似合っている。
正直なところ、女である私ですら、ごくりと喉を鳴らしてしまう程に艶っぽい。
「見ての通り、妾は女じゃ。
それゆえ、女の贄など必要ない。……まあ、男の贄も要らんのじゃが。
つまり、そなた達は本来必要のない贄なのじゃ」
彼女の姿を見て、漠然と受け止めていたことを、言葉によって明確に理解させられてしまう。
だったら、なんのためにこんな思いをしてまでここに送られたのだ、とも思う。
……いや、私はむしろ、清々したところはあったのだけれど。
大半の子達は、やはりショックを受けているようだ。
「妾とて、必要ないことは何度も通達しておるのじゃ。
なのに、彼らはそなた達のような贄を送り続けてくる。
その理由として考えられるのは、魔族が人間を好んで食らうという迷信が一つ。
妾の言うことを真に受けたらそれを口実として戦を仕掛けてくる、と思い込んでいるのが一つ、と」
そこで、言葉が切られた。
ゆっくりと、私達を見回していく視線に、私の視線が一瞬だけ重なり、離れた。
「何割かは、面倒で厄介な女子を体よく処理できる、というふざけた理由がもう一つ、であろうの。
妾としても噴飯ものなのじゃが……断っても断っても、送りつけてくる。
まさか罪のないそなたらを、船もろとも沈めるわけにもいかぬゆえ、結果としてこのざまじゃ。
妾の至らなさゆえに、そなたらを理不尽な目に遭わせてしまい、申し訳なく思う」
その言葉と共に。
彼女は、頭を下げた。
魔王たる、彼女が。
魔族であろうと王は王、そんな存在が私達に向かって頭を下げるなど、想像もしていなかった。
私たちは、言葉を発することもできぬ程に驚き、固まってしまう。
「そして、本来であればそなたらを送り返すべきだとも思っている。
思ってはいるのだが……そうもいかぬ事情があってな……」
もう一度、ため息を吐いた。
そうだ、彼女がそう思っているのならば、送り返すだけでいいはずだ。
なのに、街が形成されてしまう程に生贄の人たちがここに残っている理由とは?
……ふと、あることに思い至り、私はまさか、という顔になった、と思う。
私の表情に気づいたのか、魔王が私に視線を向けてきた。
「気付いた者もおるようじゃな……。
そう。この島に、そなたらは生贄として送られてきた。
この土地に上陸した時点でそなたらは、色々な意味で汚されたと見なされるのじゃよ。
肉体的にか、精神的にか、呪いの類でか。
少なくとも、そなたらを送り付けてきた人間はそう吹聴する。
魔物に汚されたとされる人間が、生きて国に帰ったとして……どんな扱いを受けるか、想像がつくであろう?
……妾は、実際にそれを知った。
ゆえに、そなたらを安易に帰すことができぬ。
もし、それでも国の者を信じている、送り返して欲しいと思うものがいたら申し出て欲しい。
妾の名に懸けて送り届けよう。どうか?」
問いかけた後に、しばらくの沈黙が落ちる。
……誰も、申し出ることができなかった。
私もそうだけれど、きっと、他の子も同じような思いをしてきたのだろう。
信じることなど、とてもできなかった。
「……うむ、そなたらの気持ちは当然である。
だからこそ、妾はそなたらを受け入れたい。
仮初であっても、紛い物であっても。
そなたらが、この国を第二の故郷と思ってくれるように」
その言葉に私は、私達は耳を疑った。
人間に居場所を奪われた私達に。
親や友人からも見捨てられた私達に。
それでも、ここに居ていいのだと、魔王たる彼女は言ったのだ。
そこには大きな混乱と。
少しだけど。確かな安心が、あった。
「もちろん、決して大きくはない国ゆえ、そなたらには明日からでも働いてもらわねばならぬが。
どうであろう、この国の民になってはくれぬだろうか」
問いかけに、すぐに答えることができる人はいなかった。
それはそうだろう、何しろ酷い現実を突きつけられた直後の救済の言葉に、混乱しない方がどうかしている。
私も、そうだったけれど。
魔王様の顔を見て。
……私達を心配そうに見ているゲルダさんを見て。
私の心は、固まった。
「陛下、発言してもよろしいでしょうか」
「うむ、もちろんだ、妾が問いを発したのだから」
「ありがとうございます。
……お願いいたします、どうか私をこの国に置いてくださいませ。
非才なる身ではございますが、陛下のため、この国のため、尽力したく思います!」
最後には、声が上ずり悲鳴のようになってしまったけれども。
それでも、言い切った。
そんな私の言葉に、魔王様は嬉しそうに目を細める。
「ありがとう、そなたの言葉、確かに受け取った。
そなた、名はなんという?」
「はっ、恐れながら申し上げます。
私、アーシャと申します」
「そうか。では、アーシャ。
そなたは、今この時より我が国の民じゃ。
尽力せよ。規律を守り、誠心誠意、尽くせ。
そなたが尽くす限り、妾はそなたを守ろう」
そう言うと、私に笑顔を向けてきた。
花が咲くような、笑顔を。
……ただでさえカリスマ溢れる美人さんなのに、そんな笑顔を私にだけ向けてきたら、それはもう、魂がどうにかなってしまいそうな衝撃がある。
くらり、と頭が揺れて、意識が飛びそうになった。
なんとか踏みとどまれた自分を、自分で褒めてあげたい。
「あのっ、陛下、私も尽力いたします! どうかこの国に置いてください!」
「わ、私も、私もお願いいたします!」
クリスの声が、みんなの声が、響く。
その度に魔王様は嬉しそうに頷き、みんなに声をかけていく。
この光景は、なんだろう。
私は夢でも見ているのだろうか。
人間に利用され捨てられた私達が、居場所を手に入れた。
人間の敵であるはずの、魔王様によって。
もしかしたら。
私の知識は、このためにあるのかもしれない。
そんなことを思い始めていた。
この国の発展のために。私達の、そして、今までここに送られた人達のために。
できる限りのことをしよう。
そう、心に誓った。