楽しい実験のお時間です
「さて、それじゃ始めましょう!」
と私が言えば、ノーラさんもドミナス様も頷いてくれる。
ちょっと粉末を吸いこんじゃうかも知れないので、マスクをして、目に入らないようにゴーグルもつけてっと。
用意するのは、まずは紙とペン、そしてドミナス様特製のインク。
そのインクを使って、まずは紙に文字を書いていく。
「……おお、普通に書ける」
「魔術的な処理をしただけだから」
「へぇ、混ぜ物はなしってことですか」
魔術に関しては全くのド素人だからよくわかんないけど、多分魔力付与みたいなものなんだろう。
ともあれ、まずは紙全体に文字をある程度均等に配置。
書き終わった紙をドミナス様に渡す。
「では、手はず通りにお願いします」
「わかった」
私がそう声をかけると、ドミナス様が文字が書かれた紙にもう一枚紙を合わせ、雷撃の魔力付与を極めて弱い威力でかける。
それと、もう一つ……用意していた炭の粉末にも。
「ここまで微弱な魔力付与ができるのは、多分私くらい」
と、どこか自慢げなドミナス様。……ちょっと可愛い。
いやいや、萌えてる場合じゃないのだ。
魔力付与された二枚の紙をはがし、文字が書かれていない紙の上に、同じく魔力付与された炭の粉末を、ノーラさんが均一になるように振り落としていく。
こういった作業は、私よりもノーラさんの方が器用にこなしてくれるのでお任せした。
さすがというかなんというか、ほんっとうに均一に落ちていく。恐るべし。
で、紙全体に粉が振りかけられたところでそっと持ち上げれば、するすると粉が落ちていった。
これは、紙にも粉にもマイナスの電気が付与されてるので、反発しているからだ。
ただし、飛び散る程の強烈なものではないので、こうやって持ち上げるまでは紙の上にふんわりと乗っていた状態だったわけ。
そして粉は落ちたが、一部だけ例外があった。
先ほど書いた文字の、左右逆になった形で炭の粉がしっかり残っている。
「……できてる」
「ちょっとアーシャ先生、これ、とんでもなくないかい……?」
「理屈は理解してたけど、実際に見ると驚嘆」
ノーラさんとドミナス様が、それぞれに驚き、興奮を隠せずにいる。
実は、ドミナス様に作ってもらったインクには、魔術を阻害する力を付与してもらったんだ。
重要な施設の結界とかに使われてるやつなんだけど。
で、そのインクで文字を書いた紙に魔力付与をしてもらったら、文字とそこに張り付いていた向かい側だけ電気を帯びてない状態になっていた。
文字の書いてない方の紙に帯電した炭の粉を落とすと、文字と張り合わされてたところには静電気を纏った粉として張り付くけど、書かれてないとこはマイナスの電気同士で反発する。
それを持ち上げると、左右反対になった文字の形で粉が残った状態になり、残りの粉は落ちてしまうというわけだ。
「後はこうして、っと……」
粉が乗った紙を写し取りたい紙に上から重ねて、その上からマイナスの電気を帯びた棒で撫でてやれば粉は反発して、下に置いた紙に粉が文字の形に落ちてくれる。
上に乗せた紙を取り除けば……。
「ちゃんと、読める文字になってる……」
「しかも、ほとんど見分けつかないくらいだよ……」
興奮で呼吸が荒くなってしまいそうなのを、必死に抑える。
何しろこのままだと、静電気でくっついてるだけなので、呼吸で吹き飛んでしまう可能性もあるくらい落ちやすい。
なので、文字が描かれた紙の上にもう一枚別の紙を置いて、上から撫でつけて固定してあげて……これで、完成。
鉛筆で書いたみたいな文字が、ちゃんと紙に写し取られていた。
私たちは、出来上がった……写し取られた文字をまじまじと見て。
「うふ。うふふふふふ」
「あはっ、あはははは」
「ふふふふ」
お互いの顔を見合わせて。思わず、笑みをこぼしてしまう。
「やぁったぁ! できたぁ! できましたよ、できちゃいましたよ!」
「やったねぇ、やっちゃったねぇ、アーシャ先生!」
「できた。素晴らしい」
三者三様それぞれに喜び、声を上げた。
なんか、こう、身体の奥底からぐわぁ~っと込み上げてくるものがある。
我ながら、やったっていう達成感が凄い。
あ、そうだ忘れちゃいけない。
「ドミナス様、ほら、あれ」
そう言いながら、ドミナス様に向かって手を挙げて見せる。
それを見たドミナス様が、一瞬だけ考えて。
……はにかむような笑顔になりながら。
ぱちん、と遠慮がちなハイタッチ。
「……ふふ、ふふふ、これ、は……癖に、なりそう」
それはもう、はにかみながらも嬉しそうな笑顔で言うものだから……ちくせう、可愛いじゃないか!
とか内心で萌えている私に向かって、今度はノーラさんが手を向けてきた。
もちろんノーラさんともハイタッチ。お互い、にんまり笑ってしまう。
最後にノーラさんとドミナス様でもハイタッチ。
二人とも、良い笑顔だ。
一しきり達成感を味わった後で、ノーラさんが口を開く。
「しっかし先生、よくこんなこと考えつくよねぇ」
「あ、まあ、私のアイディアじゃないんですけどね、昔ちょっと、聞きかじったことがあって」
そう、これは私オリジナルのアイディアじゃない。
大元はコピー機の原理なんだ、これ。
ドラムと呼ばれる帯電した筒に、左右反転した文字データをレーザーとかで書いて、そこにトナーと呼ばれる粉を乗せて張り付けるっていう話をコピー機のメンテナンスしてた人に聞いたことがある。
レーザーの光が当たった部分にだけプラスの電荷が発生するようになってるんだとか。
そこに、マイナスに帯電したトナーを振りかければ、文字のところにだけ張り付く、っていうわけだ。
当然、この世界にコンピュータ制御で文字を書けるレーザーなんてものはない。
なのでインクに帯電しない性質を持たせて、トナー代わりの炭の粉が静電気で張り付くようにしたわけ。
ここまで綺麗にいくとは思わなかったけど……この辺りは、ドミナス様の力加減が絶妙だったんだろう。
「聞きかじりでここまでできるのは、逆に凄い」
「ですよねぇ。アーシャ先生の頭の中はどうなってんだろ」
なんかドミナス様とノーラさんが二人して感心しているのを見ていると……こう、照れくさい。
私が凄いわけじゃないだけに、なおさらだ。
「まあまあ、私のことはおいといて。
後何枚か試しに作ってみて確認したら、陛下達にも見ていただきましょう」
「ああ、そうだね。……そして、設備を作るために予算をいただくわけだね?」
「んふふふ、そこはほら、お国のためになるわけですし?」
越後屋、そちも悪よのぉ、なんて感じの笑顔でノーラさんと笑い合う。
私達二人の表情を見比べていたドミナス様が、同じような表情を作ろうとして、失敗した。
とても、可愛い。
「じゃあ私は、陛下からお時間いただいてくる」
「あ、すみません、お願いできるとありがたいです」
そうだった、できました~って持って行っても、お会いできるかわからなかった。
相手は王様、お忙しいに決まってるんだから。
最近親しくしていただいてたから、うっかり忘れそうになってたよ……。
「あたしらはその間にできるだけ作っておこうか」
「そうですね、ノーラさんにはこれをどう機械化するのか、イメージしてもらわないといけないですし」
「あはは、実はもう、こんな感じ、っていうのは考えてるんだけどね~」
おお、さすがだ、そのためにノーラさんにも参加してもらった甲斐があった。
と、その時は呑気に考えていたんだ。
そう、相手が化学工業プラントを作った存在だっていうことを忘れて。




