森の恵みを求めて
そして。
「うひゃあああああああ!?」
私の悲鳴が、王都の空に響いた。
あの後、お城を退出した私が、状況をキーラとゲルダさんに説明。
その日の夕方には、ゲルダさんが樵の人たちにアポを取ってくれた。
ちなみに、樵とは言うが、その大半はフォレストジャイアント。森を住処とする巨人族である。
穏やかな性格と器用さ、体に見合う腕力を併せ持つ彼らは、それはもう樵にはピッタリだろう。
あれ結構細かい計算とか要るし、枝打ちとか下草刈りも丁寧にやった方が良い木材できるみたいなのよ。
で、翌日午後に向かうことになったんだけど、当然木材加工に使われるような森林は街よりもずいぶん遠くにあるわけだから。
「なら、私が運んでいこう」
ということになる。
ゲルダさんは、それはもうにこやかな笑顔でそう言ってくれた。
ちなみに、いつの間にかノーラさんに二人飛行用のハーネスを作ってもらってたらしい。
ゲルダさんが後ろから私を抱えるような格好で、お姫様抱っこよりもさらにしっかりと密着するこの感覚、ちょっとこう……。
いや、煩悩退散煩悩退散!!
「どうしたアーシャ、急に黙り込んで」
そう、耳元で声がする。
ちょっと低めのイケボが。
かなり、心臓に悪い。
「や、だ、大丈夫、大丈夫ですよ!?」
あんまり大丈夫じゃないけど、そう答える。
……なんだろう、背後だからよく見えないけど、ちょっと笑われた気がするぞ?
「そうか、ならもう少し速度を出しても大丈夫だな?」
「え、あ、や、ちょっとぉぉぉ?!」
言うなり、ぎゅ、とゲルダさんが私を抱きしめた。
こ、これは、まさかぁぁぁぁぁ!!
ぐん、と体がゲルダさんに押し付けられる感覚。
それまで結構な速度で飛んでいたというのに、そこからさらに加速。
私の悲鳴と、耳元をくすぐるゲルダさんの笑い声。
いろんなものに翻弄されながら、私は空を運搬されていった。
という顛末があって、フォレストジャイアントの集落に辿り着くことができた時にはもうヘロヘロ。
そんな私を、笑っていいのかどうしたらいいのか、という顔で集落の長が迎えてくれた。
一息ついてすぐに話を始めたのだが、ゲルダさんのアポの時点である程度話は通っていたらしい。
「こちらとしても、定期的な収入が期待できるなら、願ったり叶ったりだよ」
と、フォレストジャイアントの長は言ってくれた。
なんでも、王都の住宅建築がある程度落ち着きを見せてきた昨今、若干暇を持て余していたらしい。
そこに今回の話とあって、喜んで協力してくれることになった。
そして、実際に木材を加工するところを見せてくれたのだが……。
「う、うわぁぁぁ!? え、な、何これ!?」
と、私の悲鳴が響き渡る。本日二度目……お恥ずかしい……。
私の目の前で、さく、さく、とバターを切るかのように木の枝が落とされ、すぱんと木が切り倒される。
おかしいよね!? 木ってこう、チェーンソーでも切るの大変だよね!?
なのに、普通の斧ですぱーんすぱーんって……どういうことなの!?
「ああ、ノーラ達ドワーフ製の斧だからな! 重さといい鋭さといい丈夫さといい、これ以上のものはないな!」
と、さわやかな笑顔で長が説明してくれた。
いや、それでいいの!? ドワーフの斧どんだけ!?
確かにドワーフと言えば斧、だけどさぁ!
そこに驚くのは、どうやら私だけ。ゲルダさんも、さも当然のように見ている。
……あ、もしかして?
「ゲルダさん、もしかしてゲルダさんの剣も?」
「そうだな、ノーラさんが作ってくれたものだ。丈夫でバランスも良いから、取り回しが凄くいいんだ」
と言いながら、実際に振るうところを見せてくれた。
いや正確には、見えなかったのだけど。
私の目では見えないくらいのスピードで振るわれたんだ。
もうね、刀身が見えないのにぴゅんぴゅんと音だけするの。
これは、ゲルダさんが凄いのか、ノーラさんの剣が凄いのか……あるいは両方か。
ともあれ、ドワーフ製の武器が凄いことだけはよくわかった。
その後、樹皮もさくさくと簡単に削いでいく。その時使う鋸もやっぱりドワーフ製。
……もしかして、相当なチートなんじゃないだろうか、ノーラさん達。
ともあれ、私の目の前でさくさくと望むとおりに木材が加工された。
これなら、多分相当な量を用意してもらえるだろう。
「では、用意ができましたら、また必要な量をお伝えしますね。
あ、もちろん陛下には予算をつけていただいていますから!」
我ながらどうかと思うけど、自分の財布じゃないと思うとおおらかになるね!
……後から怒られないかな? 多分大丈夫だよね??
「わかった、その時はまた連絡をくれ!」
と、快く引き受けてくれた。
まずは一安心、かな。ノーラさんは説明したら理解してくれるだろうし。
と、いうことで。
「わひゃああああああ!?」
私の悲鳴が、三度響いたのだった。
「ああ、そういう機械だったら作れるよ」
ドワーフの集落についてノーラさんに説明したら、予想通り頼もしい返答が返ってきた。
うんうん、さすが安心と信頼のドワーフクオリティ!
と、ほっとしていたところだったんだけど。
「だけど、砕くくらいならいくらでもできるけど、アーシャ先生の言うみたいな、紙みたいなものにはならないと思うんだがねぇ」
「あ、確かに普通はそうなんですけどね。
それを何とかできる方法がありまして」
「ああ、流石だねぇ、やっぱりちゃんと考えてるんだ!」
……ドロテアさんといい、この全幅の信頼感はなんなんだろう……。
私、そんな大した人間じゃないからね!?
でも、そこまで信頼されたら、応えないわけにはいかないし!
「考えはあるんですけど、試してみないことにはわからないので」
「で、実験も兼ねてってことだね。
わかったよ、とりあえず動くって程度のもんでいいなら、さくっと作れるからさ」
「ありがとうございます、でも、無理はしないでくださいね?」
ノーラさんに頭を下げてから、ちょっと心配になって一言付け加える。
それを聞いたノーラさんは……びっくりしたような顔になって。それから、吹き出した。
「は、はははっ! あたしからしたら、アーシャ先生の方がよっぽど忙しくて無理してるように見えるんだがねぇ!
ちょっと、ゲルダさんからも言ってやってくださいよ!」
「そうだな……単に忙しく動いているだけでなく、常に何かを忙しなく考えているようなところがあるからな。
ちゃんと心から休む時間を作るべきだと思う」
「あ、はい、気を付けます……」
率直な言葉と、じぃ、と見透かすような目。
そんなゲルダさんの前で、嘘は吐けなかった。
うう、確かにあれこれ、気が付いたら考えてますけど……そこは仕方ないところもあると思うの。
でもそれでノイローゼになってもいけないしなぁ。
できるだけ、休む時には休むようにしよう。二人に心配かけたくないしね。
とにかく。これでさしあたり準備したいものは整った。
後は、実験と……ああ、ドミナス様との話もあるなぁ。
……うん、やっぱり結構考え事してる。ちょっと気を付けようと思った。




