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打開策と交渉と

「今は、グレース様が主にお一人でお教えなさっているわけですよね?

 でしたら、その負担を減らす方法があると、効率が良くなると考えました」


 私の言葉に、魔王様の、グレース様の視線が突き刺さる。

 ……ドロテアさんの優しい視線が癒しだわ、ほんと。


「それは確かにそうじゃが、しかし、どうするのじゃ?

 教え方の工夫でもするのかえ」

「教え方そのものは、私も語れる程のものはないので、ちょっと難しいのですが……。

 でも、ある意味教え方、ですね」


 魔王様の問いに、小さく笑いながら返す。

 私の教えた経験なんて、バイトの家庭教師くらいしかないからねぇ。

 でも、こういうところも流石だとは思うなぁ。


「なんじゃ、勿体ぶってからに。焦らすのぉ」

「陛下がちょっかいを出すからではないでしょうか」


 ちょっと拗ねたような魔王様に、ドロテアさんがにこやかかつ容赦なくツッコミを入れた。

 いや、ちょっと勿体つけたところあるから、そこそこ申し訳ないのだけどっ。


「まあまあ、陛下の御気持ちもお察しいたします。

 で、策、という程のものではないのですが……私の受けた教育では、教科書、つまり教わる内容が細かく書かれた本を一人一冊持って授業を受けていました。

 これを導入すればどうかと思うのです。

 新しい理屈を理解するならともかく、一度習った字を復習する、ですとか、計算の問題を繰り返し解く、とかでしたら、これで十分な効果があるかと」


 私の答えに、ドロテアさんはなるほど、と頷いてみせ、魔王様とグレース様は……困ったような顔をしていた。

 うん、そういう顔になるよね、とも思う。


「アーシャや、確かにその理屈はわかるのじゃが……では、その本をどうやって用意するのかえ」

「一冊の本を用意するだけでも膨大な時間がかかりますし、大量の羊皮紙を必要とします。それを、授業を受けさせる全員分用意するなど……」


 そうですよね、と頷かざるを得ない。

 こっちでは、本は手書きで作るものだ。

 筆者が書いたものを、専門の職人が手書きで写していく形になるから、お金も時間もかかろうというもの。


 数を揃えるのが大変だし、そんなものをホイホイと庶民に分け与えられるわけもない。

 それに、羊皮紙だから割かし劣化も早いしね。


「そこも含めて解決する手段があるからこその提案ではないのですか?」


 と、ドロテアさんが不思議そうに小首を傾げる。

 いや、確かにそうなんだけど、その全幅の信頼がちょっと怖いよ!?

 私、もう失敗が許されないかも知れない! 失敗したら失敗したで甘やかされるような気もするけど!


 だが、魔王様とグレース様は、顔を見合わせて。

 まさか、という表情になりながら。でも、ちょっと期待を滲ませつつ、私の方を見てきた。


「ええと、少なくとも羊皮紙の問題は、なんとかできると思います。

 もう一つ、写し取る手間に関しては、まだはっきりとは言えないのですが……」

「実験せねばわからぬ、と。それも確かに道理じゃな。

 で、何が必要なのかえ、遠慮なく言うがよい」


 あ、魔王様がめっちゃわくわくしだした。

 グレース様はまだ戸惑ってるなぁ……この辺りは、付き合いの長さの関係かもしれない。

 っていうか、まだちゃんとできるかどうかわかんないんだけどなぁ!


「そうですね……まず、紙は、木材が必要になります。

 樵と木工職人、後は……ノーラさんに道具を作ってもらう必要がありますので、その予算をいただければ」

「何、木材じゃと? それでどうするというのじゃ。

 あれか、木材を薄く削いで紙代わりにするのかえ」

「あ、違いますけど、確かにそういうことをしてた時代もあったみたいです」


 木簡とか竹簡とか。……竹どっかに生えてないかなぁ。別の使い道で使いたいのだけど。

 まあ、それはともかく。


「詳しくは、できてからのお楽しみ、ではだめですか?」

「もちろん構いませんよね、陛下」

「まてドロテア、なぜそなたが先に了承するのじゃ。

 いやまあ、確かにアーシャであれば面白い結果を持ってきてくれるのであろうが」


 ドロテアさんの援護射撃……というか、むしろ直接打撃を受けて、魔王様が怯む。

 う~ん、なんとしてもこの信頼には応えたいなぁ。


「私としても、新しい紙が作られるのであれば、是非ともお願いしたいところです」

「グレースがそう言うのであれば、仕方あるまいの」


 早っ! 変わり身早っ!

 いや、仕方ないと言えばそうなんだけどさ。

 グレース様、お願いですから適度に上手に手綱を握っていてください……。


 でも、折角承認をいただけたのだから、完全に引き下がれないようにしてしまおう。


「陛下、ありがとうございます!

 必ずや素晴らしい成果をご覧に入れます!!」

「お、おう……良きにはからえ、期待しておるぞ」


 押されたように、魔王様が頷く。

 よっし、これで言質獲得、多分予算も獲得っ!

 少なくとも多分、途中までは上手くいくと予想はしてるんだけどね。

 そこから先はどうなるか……試してみないとわからないのがもどかしいけど。


 何よりも、最大の問題は。


「後、どうやって写すか、なんですけど……これに関しては、できればドミナス様にご助力いただければありがたいな、と」

「ほう、ドミナスかえ。よかろう、妾からも話はしておくゆえ、存分に使ってやるがよい」

「あ、ありがたき幸せ!」


 あっさりと了承され、私は思わず深々と頭を下げた。

 この辺りの思い切りの良さは、魔王様ならではかも知れない。

 間違いなく君主制のいい面ではあるのだけど。


 これが民主主義国家だと、予算をもらうだけでもめっちゃ審議しないといけないはずだ。

 もちろん、それも良し悪しなんだけどね。

 素晴らしい君主がいれば、即断即決できる君主制は、むしろ民主主義国家を上回ることもあると思う。

 でもね、残念ながら……名君の子供が名君とは限らないことは、歴史が証明してしまっているんだよね。

 おまけに、社会が複雑になればなるほど、君主の決済が追い付かないことは増えていく。

 だから、何十年何百年と国家を続けていくつもりなら、民主制に落ち着くのも理解できるのだ。


 あ、ゲルダさんが紹介してくれるって言ってたのに、どうしようかな。

 ……初会合の時に同席してもらおう、そうしよう。


「それから、実際の作成段階では、グレース様にもご協力いただければと思います。

 その際にはまた改めてお伺いを立てますけれども」

「わかりました、あなたからの申し出があれば、できる限り優先するようにいたしましょう」

「ありがとうございます、ご協力に心から感謝いたします!」


 と、私は頭を下げた。


 これで多分、必要な根回しはできたと思う。

 後は実際の交渉と、ノーラさん達への仕様説明と……。

 うん、まだ何にも終わってないね!

 ともあれ。こうしてGOサインはいただけたのだ。

 なんとかしてしまおう! きっとなんとかなる!

 

 ……我ながら随分楽観的だけども。

 きっとなんとかなる。そう信じられるのだ、この国でならば。

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