魔王の居城
私達が落ち着くのを待ってから、またゲルダさんは先導を再開してくれた。
時折街の人たちと目が合い、なんとも言えない表情で軽く会釈などをしながら。
そうしてしばらく歩くうちに、少し開けた場所に出た。
「さあ、ここが私の主、魔王シュツラウム陛下の居城だ」
そう言いながら、ゲルダさんが示してくれたのを見て、おお~と小さな声が上がる。
ゲルダさんが門衛のリザードマン……直立二足歩行をするトカゲ人間の魔物と何やら話をし、手続きをしている間、私達はまじまじと魔王の城を眺めていた。
正直なところ、あまり大きくはない。
間違いなく私がいた国の王城の方が大きいし、下手をすれば大陸中のどの王城よりも小さいかも知れないくらいだ。
多分、私だけでなく他の子もそんな顔をしていて、それにゲルダさんも気づいたのだろう。
手続きを終えて戻ってきたゲルダさんは……しかし、誇らしげな笑顔を浮かべた。
「あなた達が思っていた魔王様の城とは違うのではないかな?
魔王様のこの城は政務施設としてのものでしかない。だから、無駄に大きな作りにはなっていないのだ」
その言葉に、おや? と思ってしまう。
城が持つべき機能としては……。
「あの、すみません。
ということは、魔王様は、この城を防衛施設としては考えてらっしゃらない、と?」
「うん、その通りだ。……アーシャ、あなたは中々に聡いな」
感心したようにゲルダさんが言う。
まあ、農村出身丸出しの格好の私が、こんな発言をする程頭が回るなど考えもしないだろうし、その反応も当然だろう。
でも、ということは。
「……もしかして、ですけども。
島国だから、海を外堀と考えて、この島全体を防衛施設としてお考えになっておられる、とか?」
我ながら、結構踏み込んだ話をしてしまったとは思うけれども。
なんとなく、そう思ってしまったのだ。
考えてみれば風の力を持つ魔王の眷属や配下は同じく風の力を持っていたり、あるいは飛行能力を持っていたりするものが多いはず。
実際、船の中から、何か空を飛ぶ大きな影が見えたような記憶もあった。
私の言葉に驚いた顔になるゲルダさんを見る限り、どうやら当たりだったらしい。
的外れな発言でなかったことにほっとするような、それでいて、どう思われるか心配なような。
「……先程の発言は訂正する。アーシャ、あなたはとても聡いな。
どうしてあなたがそんなことを考えられるのかについては、聞かないことにする。
それから、あなたの発言が正解かどうかも答えられない。
私の立場上、それは勘弁して欲しい」
驚きと困惑と興味と。
そんな表情が入り混じるゲルダさんは、少し考えた末にそんな言葉を返してくる。
その言い回しは、事実上のYESであると私に告げていたし、通じると思った上での発言だとなんとなくわかった。
「すみません、不躾な質問をしてしまいました」
だから、話をうやむやにしてそこで終わらせる。
頭を下げながら、ちらりと一緒にいる女の子達の表情を観察した。
……多分、誰も私たちのやり取りの意味を理解してはいない、と思う。
まあ、ということは、私一人が要注意人物扱いされる可能性ができたということでもあるのだが。
「いや、まあ、今後はそういう話は、人がいない時にしてくれたら、構わない」
「わかりました、では、二人きりになることがありましたら」
「やっ、ええと、確かにそうも取れるな……いやしかし、ええと」
わざと、ちょっと意味深な返事をしてみれば、途端に慌てだすゲルダさん。
くすくすと笑いながら、もう少しからかっちゃおうかな、とか思っていたところだった。
くい、くい、と私の袖が引かれた。
思わず振り返ると、私をじぃ、と見つめる目。
「ねえ、あなた」
「え、わ、私?」
「ええ、あなた。なんで、そんなにしゃべれるの?」
「え、ええと?」
私に話しかけてきたのは、茶色の髪を一つにくくった女の子。
そばかすが残る化粧っけのない顔は野暮ったい印象だが、生贄に出されるだけあって中々の美少女だ。
……出されるだけあって、という表現は我ながらどうかとも思うけれど。
ついでに言えば、私だって人に言えるほど化粧なんぞしていない。ていうか、一般庶民にそんな余裕はない。
ともあれ、そんな美少女が、こちらをじぃっと見つめてくるのだ、なんとも言えない圧が強い。
この子の名前は、なんて言ってたかな……。
「答えて。なんで、しゃべれるの?」
「なんで、と言われても、私の性格だから、としか」
「それもだけど、そうじゃなくて。
話の、中身」
「え、な、中身?」
しまった、ある程度わかっちゃう子がいたか、と言葉に詰まる。
正直なところ話の中身に関しては、こちらに来てからの知識よりも前世の知識の影響が大きい。
ぶっちゃけてしまえば、私はちょっとオタ入ってて、色々な雑学的知識が豊富なのだ。
まあ、その道の専門家に比べれば大したことはないのだが。
さっきの話も、ゲームやらミリタリー知識やら歴史知識やらの浅いところのごちゃ混ぜだったりする。
つまり、この時代の人間が知っているのがおかしい知識もあれば、今の私のような山村出身の娘が知っているわけがない知識だって持っている。
そして何より、山村の平民は、先程の会話のようなことを考える思考力はほとんどない。
日々の農作業や何やらに追われ、頭を働かせるトレーニングなどしていないからだ。
結局脳も肉体の器官でしかなく、鍛えないことには動かないのだと、こちらに来て何度痛感したことか。
「あなたは、私と同じものしか見ていないはず。
なのに、私が考えもしなかったことに気付き、当たり前のように会話できていた。なぜ」
「ええと、それはぁ……」
ずずい、と迫られて、その分私が下がる。
彼女の瞳にあるのは敵意だとかそんなものではないのだけれど、それだけに誤魔化しも効かないような気がする。
どうしたものかと迷っていると、救いの手が差し伸べられた。
「キーラ、だったかな。
初対面なのだから聞きたいことがあるのは当然だ。
けれど、今は謁見の時間が迫っているから、後でゆっくり話したらどうかな?」
「……それは、仕方ない。ゲルダさんの言う通りにする」
渋々ではあるけれども、キーラと呼ばれた少女は引き下がった。
まだ未練があるかのように私に視線を向けてくるので、にこりと微笑んで見せて。
「キーラっていうんだね。私は、アーシャ。
また後でね?」
「……う、うん、わかった」
私が笑顔を向けると、途端に戸惑ったような狼狽えたような顔になった。
あれ、最初の圧でびっくりしたけど、案外怖い子でもないのかな?
もしかしたら、何か理由があって私に聞きたかったのかも知れない。
「ねえ、キーラ」
「な、何?」
「良かったら、私と友達になってくれない?」
そう言いながら、私は右手を差し出した。
途端にあわあわしだすキーラ。
頬を少し赤くしながら、なにやらもごもごと言っていたけれども。
「べ、別に、いいけど……」
そう言いながら、私の手を握り返してくれた。
ふふ、可愛いなぁ、なんて思いながら。
「じゃあ、これからよろしくね!」
私はキーラへと笑いかけた。