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教育、その形

 ドロテアさんの淹れてくれたお茶で喉を潤しながら、今迄話した内容をグレース様が書き留めるのを待つことしばし。

 ……その間に、魔王様がぶつくさ、ドロテアさんの淹れてくれたお茶に文句をつけることしばし。


「さあ、休憩は十分でしょう。

 続きをお願いします」


 と、グレース様が改めて告げた。

 なので、私もこくりと頷く。


「はい、かしこまりました。

 それぞれの過程での教育内容なのですが……初等教育から高等教育までは、括り自体は大きく変わりません」

「そうなのですか? ……なるほど、積み上げていく連続性のため、ですか」

「さすが、ご明察でございます」


 まあ正確に言えば、私は教育を専門に学んだわけじゃないから、本当にそうかはわからないけれど。

 でも教育を受けてきた側の人間として、そう思う。


「とはいっても、あくまでも私が受けていた時代のもの、ですけれど。

 もっと以前に庶民に施された教育は、いわゆる読み書き計算、でございました」


 ソロバン、がこっちの世界にはないので、ちょっとアレンジ。

 ソロバンをこっちの世界に導入してもいいかも知れないなぁ。

 ……あれ? そう、言えば……??


「アーシャ? どうかしましたか?」

「あ、いえ、ふと話と関係ないことが思い浮かんでしまいまして。

 話を戻しますね。

 最初は読み書き計算、これは私のいた世界でも変わりません。

 文字の読み書きの重要性は、グレース様に今更語ることでもないとは思いますが」

「そうですね、それは私も陛下も重々。

 ……しかし、それを六歳から始める、というのは考えもしませんでした」

「文字の必要性は大人になる程増してきますので、大人が身に着けるべき必須技能であることは間違いないかと。

 ただ、それを幼少のころから始めていれば、もっと効率がいいはずだ、という設計思想かと思われます。

 子供の頃の方が記憶力が優れている、という研究もございました」

「経験則として、それは理解できますが……そうですか、そんなことまで研究して確認する程に学問に力を入れていたわけですね」


 もう、ほんっと流石の理解力としか言いようがない。魔王様が惚れこむだけのことはある。

 そうなんだよね……そんなことまで調べるの? ってことまで、研究の手が伸びていたんだなぁ、と今ならわかる。

 多分それが、それ以外の分野の発展に寄与していたであろうことも。

 こういう事象が確認できたなら、こうした方が効率が良くなるはずだ、とかね。

 だから、研究に対して、お金と人の糸目をつけたらいけない、と思う。


「左様でございます。

 話を戻しまして……学ぶのは、言語、計算……と言いますか、それを基に様々な……例えば、場所の広さを計算によって把握するだとか、も含めた算術。

 それから住んでいる国の地理、歴史。身の回りの自然現象と、それに対する学術的なアプローチの基礎。

 基礎的な音楽と美術の素養。身の回りの家事などの仕方。カラクリなどの技術に対する理解。

 体育と言いまして、身体を使って運動することの訓練もございました」

「アーシャ。ええと、すみません、書き留める時間をください」


 もちろん、と頷いてる間にもグレース様の手は止まらない。

 さらさらと心地よいリズムで羊皮紙に文字が刻まれていく。

 ちなみに、魔王様はその隣でうんうん頷いていた。多分、全部脳内に刻み込まれているんだと思う。

 ほんと、チートな記憶力だよなぁ……。


 とか思っている間に書き終わったグレース様が、書き終えたそれを見つめてため息を吐いた。


「これは、初等教育なのですよね?

 これが、初等教育……貴族であっても、ここまでの教育を受けられるものは稀でしょう」

「正直に申し上げて、これだけ多岐に渡って教えられる家庭教師はおりませんでしょう。

 貴族学院は、もっと実務的な政治ですとかの勉学と聞いておりますし」


 通ったことはもちろんないけど、そういうものらしい。

 領地経営だとか戦争での戦術だとかを教えられるらしいよ。

 言い方を変えれば、そういう実利のある分野以外の学問を深めるだけの余裕がないとも言えるけど。


「もちろん、これらを教える教師は専門の機関を通じて育成されます。

 先程申し上げた、大学校ですね」

「ああ、それはそうですよね、流石に」

「ただし、初等教育はほぼ一人の教師がこれらの学問を、三十人前後の子供に対して教えます」

 

 安心したところに、ごめんなさい。

 申し訳なく思っていたら、予想通りにグレース様は固まってしまった。

 魔王様もドロテアさんも、なんだかドン引きな顔をしている。


「わ、私でも一度に教えるのは十数人がやっとですのに……」

「私的な意見を申し上げれば、グレース様がそれだけ教えられるのはむしろ驚嘆すべきことかと思います。

 先程申し上げました三十人前後を教えるのは、百年単位で積み上げられた教育理論をもとに、決められた内容を決められた手順通りに教え、決められたものと受け入れる生徒たちが受けるから成立するもの。

 つまり、仕組みができているのです。

 それに対してグレース様は、お一人で一からお教えなさっているのですから、比べられるものではございません」


 正確に言えば、決められた通り、じゃないことが多いんだけどね。

 それぞれに創意工夫している先生が少なくないことは知ってるし。

 まあでも、決められた仕組みがあるから成立している、というのは間違いじゃないと思う。


「……あなたがお世辞やおべっかを言っていないことはわかります。

 陛下がお気に召すわけですね」

「ええと……なんと申しますか、恐縮です」


 グレース様がにっこりと微笑みかけてきたのが眩しすぎて、思わず俯いてしまう。

 不意打ちでこういうカリスマスマイルは反則だと思うんだけど!

 

「……陛下、アーシャに嫉妬なさらないでください」

「わ、わかっておる、嫉妬なぞしておらん」


 ドロテアさんからの指摘に、陛下が慌てて目を逸らす。

 いや、一瞬魔王様からの視線が痛かった気がするんだけど、気のせい、でいいのかな?

 ともかく、話を続けよう。


「初等教育では、住んでいる社会、世界を知る、というところに重点を置かれているように思います。

 こんな現象がある。こんな場所がある。こんな歴史があった。

 こんな音楽がある、歌うと楽しい。絵や彫刻という概念がある。作るのは楽しい。そんなところでしょうか」


 まあ……理想通りとはいかず、特に音楽美術は押しつけと我の強い先生が多かった気がしないでもないけど。

 元々の狙いは、そういうところにあったんだと思う。


「なるほど。まずは外に目を向けさせ、様々なことに興味を持つよう仕向けているわけですか」

「左様でございます。言語と算術は少しばかり違う側面もございましたが……。

 言語は文字の読み書きだけでなく、言葉の意味、さらに言い回しの意味に踏み込んで、こういう文章で言いたいことはこういうこと、という共通理解を獲得していくことになります」

「確かに、言葉によって言いたいことを伝えるためには、こう表現したらこういう意味になる、という共通の認識が必要になりますね」


 グレース様の言葉に、頷いてかえす。

 そうなんだよね。国語における『作者の考えを述べよ』って、本当に気持ちを推し量れってことじゃなくて、こういう言い回しならこういうことが言いたいってことだ、っていう共通認識を理解して表現しろってことだと思うんだ。


 漢字の意味、そこから熟語の意味。こういう意味だっていうことを理解していくことが基礎にある。

 そこからさらに進むべきは、こういう文章ならこういう意味、っていう理解なんだと思う。

 さらには、それを理解した上で自分の考えを理解してもらえる文章にしていけるようになっていくのが、理想なんじゃないかな。


「それから算術は、一般に使われる計算の規則はこういうもの、ということを出発点として、それを通して、論理的に考える思考力の基礎を作るように設計されていたかと思います」

「妾としては、算術を通しての論理的に考える思考力、というのが気になるのじゃが」

 

 横で話を聞いていた魔王様が、割り込んできた。

 その質問が出るってことは、魔王様はどっちかっていうと理系なんだろうか。

 でもこの質問は大歓迎、グレース様も頷いている。


「そうですね、簡単なところを言えば、それこそ陛下がご指摘なさった、一年間で千人以上、です。

 五十四年の間に、五万七千人以上の人間が送られてきた。

 この事象を、さらに自分が必要とする情報は何か、を理解した上で必要な形に成型する。

 実際には、問いが求めている答えの形は何か、を理解した上で、それを求めるにはどうしたらいいか、を考える訓練を重ねていきます」


 少なくとも、魔王様が気づいた私の思考って、そういうことだと思うんだよね。

 なんなら、一日当たり、に落とし込んでもいい。……一日3人って、ほんっとひっどいなぁ……。

 いや、それはともかく。

 私の返答に納得したのか、魔王様はうんうんと頷き……グレース様は額を押さえていた。


「それらを、初等教育、六歳から十二歳の間に積み重ねていくのですね?」

「はい、左様でございます。

 中等教育ではさらに難解な文章の読解を学びながら、古典文学も学んでいくようになります。

 それから、他国の言葉を一つ学ぶことも始まりますね」

「なるほど、他国との流通や交流が盛んな国だったのですか?」

「さすが、ご明察です」


 島国でしたけどね、とは、今は言わないでおこう。

 多分、話がそれる。それか、混乱する。か、魔王様が食いついてくる。


「それから算術は、数学という学問になりまして、さらに抽象的な事柄を考えていくことになります。

 それ以外の分野では、さらに深く掘り下げて、それらを構成する理論的な部分にも踏み込んでいきます。

 初等教育で知った世界を、理屈を踏まえて理解していく。それが中等教育になるかと思います。

 ですから、各分野はそれぞれ専門的に学んだ教員が教えていく形でございました」


 お二人が静かに聞き入っているのをいいことに、つらつらとしゃべっていく。

 そこまで話したところで、魔王様が口を開いた。


「抽象的な事柄、とはどういうことじゃ?」

「そうですね……例えば、リンゴを二つ持っていたところにもう一つ買ったら三つになる。

 これは、具体的なイメージがあるからわかりやすいですが……例えばいきなり、千二十四を十六で割ったらどうなるか、なんて言われても、イメージがない中で数字だけを取り扱うことになるから、計算しようと思っても戸惑いませんか?」

「確かに、何をいきなりとも思うが、具体的なイメージがわからぬ故、なんとも計算しにくいところがあるのぉ」

「ちなみに、答えは六十四なんですけどね」

「なんと!? また暗算かえ!」


 と、魔王様は、いや、グレース様もドロテアさんも覿面に驚いている。

 ふっふっふ~、どやぁ。

 っていう程のことでもないんだけどね、種がわかれば。


 1024という数は、2の累乗数。ちょっとコンピュータをかじったことがある人ならピンとくる数だ。

 で、これって4×256に分解できる。そして、256は16×16。

 つまり、4×16×16=1024。

 4×16は64ってわけ。

 条件さえ整えれば、複雑に見える計算も簡単にできたりするんだ。

 その究極形の一つが高速フーリエ変換なんじゃないかなぁ、なんて。

 いや、もうどんなものか忘れちゃったけどね、大学でちょっとかじっただけだから。


「で、これはただの数字遊びじゃなくってですね。

 こうやって抽象的な話に持ち込んで、様々に、現実にはあり得ない数字の話まで考えられるようになっていきまして。

 極めて高度なところまでいったところで、いきなり現実的に使える理論に落とし込めたりするんです」


 携帯電話の通信を守っている暗号化技術だとか、インターネットの暗号化っていうのはそういうものが積み重なってできたものだ、って聞いている。

 他にも、建築物の設計に数学分野の一つ、積分が重要だとか。

 詳しく踏み込んだとこまでは学んでないんだけどね。


 一次関数、二次関数と進んで、その先で二乗したら-1になる虚数なんて概念を学んで。

 それらを組み合わせた先にある理論は時に美しさすらある、と数学専攻の友人が語っていたことがある。

 ちょっとだけ、わからなくもない。


「なるほど、そういった理論に到達できるよう、訓練するわけじゃな」

「はい。正確に言えば、さすがにそこまで行ける人間は限られますので、高等学校でふるい分けはございますが……。

 そこまで行かずとも、数学を適正に学んだ人間は、誰かに話を聞かせることが上手であることが多いように思います」


 これはあくまでも個人の感想、だけど。

 文系であっても数学がある程度以上にできる人はいて、そういう人はプレゼンテーションが上手かったように思う。

 

「高等学校で学ぶことは、中等教育の延長、あるいは深堀り、ですね。

 分野が少し細かくなり、かつそれぞれに深く学んでいきます。

 大学校は専門性が強くなりますが、今度は学びたいと思える分野を自分で選んで学べるようになります。

 そこまでに培われた素養を持って、自身が知りたいことを学べる環境とも言えましょう。

 以上が、学べる内容についての概要になります」


 理想的に機能すれば、だけど。実際に、そうしている人達だって少なくはないはずだけど。

 まあそれは、今この場で言うことじゃないだろう。


 私が話し終わった後、グレース様は沈黙していた。

 さらさらと、今迄の内容を書き纏めて。


「なるほど、よくわかりました。

 アーシャ、貴重な話をありがとうございました」

「いえ、グレース様のお役に立てたなら何よりです」

「ええ、大変有意義でした。

 とても真似ができない、ということが理解できただけでも」


 そう言って、グレース様は笑った。

 諦めにも似た言葉を発しているというのに。


「そうじゃな、今は。

 目指すべき方向が見えたことも僥倖と言えよう」


 ……ああ、やっぱりおしどり婦婦なんだなぁ、このお二人は。

 グレース様が言いたかったことを、魔王様もしっかりと理解していた。

 誰よりもそのことがわかっているであろう二人は、互いに見つめあい、微笑みあっていた。


 ……とてもお似合いだな、と思った。

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