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掴みたい未来

「この塊が、作りたかったもの、なのか。しかし、何に使えるのだ?」


 私が見つめていた石鹸を、同じくしげしげと見つめていたゲルダさんが問いかけてきた。

 いやそうだよね、何が何だかわかんないよね!


「ええとですね、これは……例えば、こうやって」


 と、私はおもむろに、泥に手を付けて、わちゃわちゃと汚した。

 その両手を開いて、皆に見せる。


「こんな風に汚れた手をですね、こうしたら……」


 手を軽く水で洗うが、当然簡単には汚れも落ちない。

 そこに石鹸を取って、ちょっと手にこすりつけ、泡立てる。


「お、なんだなんだ、なんでこんな泡が立つんだ?」


 さすがノーラさん、何でこうなるのか、が気になるみたいだ。

 

「これ、元々は凄く粘り気のあるものを固めたものなんですよ。

 だから水を付けて伸ばしてあげると、こんな風に泡立つんです」

「ほうほう。ということは、泡立てること自体は機能に関係ない?」

「ん~……泡立ちが悪くなってきたら、機能が落ちてきてる目安にはなるかと」


 そう言いながら私は、立てた泡で手の平を洗い、手の甲、指先、爪の間、指の間、手首周り、と洗っていく。

 前世の記憶を思い出したのか、身体が勝手に動いて、馴染んだ動きで丁寧に洗って、洗って。


 じゃばじゃばと水で洗い流して、洗い具合を確かめる。

 うん、中々悪くないんじゃないかな!


「と、こんな感じに手を綺麗にできたり」

「まてまて、なんでこんなに綺麗になるんだい!?」


 ノーラさんが驚きながら私の手を取った。表から裏から、まじまじと見つめている。

 そうだよねぇ、不思議だよねぇ。


 石鹸は、前世の世界だと紀元前にもあったらしい。

 だが、こちらでは全くと言っていいほど使われていなかった。

 なぜなら、貴族階級は『浄化』という魔術で衣服から何から綺麗にできていたから。

 綺麗にできること、それ自体がステータスという面もあったりする。

 庶民ももちろん洗ったりしてはいたけれど、水洗いが精々。

 それも、決して衛生状況の良くない水で、となれば……効果は推して知るべし。


 この島だと、水道水を使えるからだいぶましで、そこに石鹸の効果を加えれば、この通り。

 ただ、なぜこんなに綺麗になるか、と言われると……色々説明しないといけないことが多いからなぁ。


「この石鹸ってものは、汚れの原因になるものを溶かして水に流しやすくしてくれるんですよ」

「は~……そんなものがあるんだねぇ」


 ノーラさんは感心したように何度も頷いている。

 考えてみれば、ノーラさんたちドワーフは常に油汚れや泥汚れに塗れている。

 この石鹸で洗えれば……そう思うのも無理からぬこと。


「とはいえ、限界もありますから、なんでもかんでも綺麗にはできませんけどね」

「ああ、それはまあ仕方ないか」


 さすがに、頑固な油汚れとかには……どうなんだろう。多分、厳しいとは思う。

 残念そうにしているノーラさんには悪いけど、なんでもかんでも、とはいかないと思う。


 話を聞いていたゲルダさんが、首を傾げながら口を開いた。


「それで手が綺麗になることはわかった。しかし、それが薬とどう関係があるんだ?」

「ああ、これは薬じゃないんですけど……これもさっきの液体と同様、病気を減らすことができるんです」

「何? どういうことだ?」


 そうだよね、この世界の常識だと、病気になってから薬を処方したり治癒魔術を使ったりが普通だよね。

 でも、それじゃだめなんだ。

 私の物理限界を超えるっていうのもあるけど、それ以上に、そもそも病気になんかならない方がいいに決まってる。

 体の負担も、使う薬も減るしね。


「病気のもとになる、目に見えない毒みたいなのがあるんですけど、この石鹸は、それを洗い流すことができるんです。

 そうすることで、そもそも病気になることを防ぐことができる。

 予防、っていうんですけど」


 予防。そのための衛生。そのための消毒。

 できるだけ不潔でないように、清潔であるように。

 これをやっているやっていないで、病気の発生率は大きく変わる。

 あるいは、病気や怪我をした後だって、大きく変化する。


「手を洗うだけで、そんなに変わるの?」


 不思議そうにキーラが問いかけてくる。

 私は、それにきっぱりと頷いて見せた。


「うん、実はさっき言った目に見えない毒って、例えば手にもたくさんついてるんだ。

 私たちは、それがついた手で食事してるんだけど……そりゃまあ、身体に良い訳ないよね」


 私の言葉に、キーラも、ゲルダさんやノーラさんまで自分の手を見つめる。

 だから、目には見えないんだってば。でも、いきなりそんなこと言われたら仕方ないよねぇ。


 ちなみに、手の平についてる菌としては、黄色ブドウ球菌が有名なところ。

 これは食中毒やら肺炎なんかの原因になる。髄膜炎や敗血症を発症することもあるので、決して軽視できない存在だ。


「論より証拠、まずはこれ使って手を洗ってみてください」


 そう言って私は石鹸を三人に向かって差し出してみた。

 三人はお互いに視線をかわして……。


「じゃあ、あたしから行かせてもらうよ」


 と、興味津々だったノーラさんが手に取った。

 それからゲルダさん、キーラと手に取り、慣れないながらも泡立てて、手を洗っていく。

 私のやっていたことを見よう見まねでやって、最後に洗い流して。


「……なるほど、確かに手がさっぱりしたことがよくわかる」

「軽く、なったみたい……?」


 ゲルダさんとキーラが、不思議そうに洗い立ての自分の手を見つめている。

 そうだよねぇ、石鹸でちゃんと洗った後って、なんか軽くなったというか……負担が減った感じがするんだよねぇ。

 ちなみにノーラさんは、一回だとあっという間に泡がなくなったので、二回、三回と洗っていた。


「は~……洗えば洗うほど、違いがわかるねぇ」

「ノーラさんは、お仕事柄、そうなりますよねぇ」


 言ってはなんだが、どうしたって私たちの中では飛び抜けて手が汚れているのがノーラさんだ。

 そのノーラさんからすれば、この洗い心地は特に良くわかったんじゃなかろうか。


「それでね、実はこの石鹸、衣類を洗うのにも使えるんですよ。

 汚れとか、綺麗になりますよ~」

「ほう」

「ほほう」

「そう、なの?」


 三者三様に、しかし素早く反応してきた。

 この辺り、やっぱり女心ってやつなのかしらん。


 実際に油汚れを落とす実験をしてみたら……かなり食い入るように見られたし。


「衣服の汚れも、ちゃんと綺麗にしてあげないと病気のもとになります。

 だから、この石鹸を使って手も体も衣服も洗ってあげることで、病気の発生そのものを防いでいくんですね」

「病気を治す、のではなく、か」


 ゲルダさんの言葉に、こくりと頷いてみせる。


「そう、発想の転換ってやつです。

 私がやりたいことって、病気を治すことじゃない。

 皆さんに、健康に暮らしてもらいたいんです。

 そのための手段の一つが、病気を治すこと、なんですよ。

 だったら、病気になんてならないのが一番じゃないですか」


 私の言葉に、皆虚を突かれたような顔になる。

 すぐに納得したような顔で頷くあたり、柔軟というか理解力が高いというか……本当にありがたい。


「なるほど、だからこうやって、薬じゃないが、病気を防げるものを作ろうとしたわけか」


 ゲルダさんの言葉に頷いて見せる。


「正直なところ、予防なしに患者さんを捌いていくのにも限界があるから、っていうのもありますけど、ね」

「それはまあ、うん」


 多少落ち着いていたとはいえ、二日目もそれなりの盛況。

 それを知るゲルダさんとキーラは、苦笑しかできない。


 まあ、それはそれとして、だ。


「ということで、ゲルダさん。

 魔王様に、この石鹸やら、その他諸々の生産をするための場所と予算をお願いしたくてですね。

 一度謁見の機会を作っていただけませんか?」

「ああ、あなたからの提案があるということなら、すぐにでも時間を作ってくれそうだが」


 私のお願いに、ゲルダさんはあっさりと頷いて見せた。

 そして、実際に明後日に謁見の機会を頂けることになる。


 さあ、ここは私のプレゼン能力の見せ所だね!

 ……あ、前世のゼミ発表思い出して胃が痛くなってきた……。

 学会には出してもらえなかったしなぁ……。

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