生贄の街
「それにしても……思っていたのとかなり違うんですね、魔族の方って。
魔王様も、多分私たちが思っているのと全然違う気がします、この分だと」
一通り挨拶の交換が終わったゲルダさんへと声をかける。
少し疲れてはいるけれど、とても嬉しそうなゲルダさんは相変わらずにこやかに応対してくれた。
「そうだな、あなた達がどう思っているかは想像するしかないが……ほぼ間違いなく違うと思う。
まあ、だからあなた達が送られてくるのだとも言えるが……」
不意に、表情を曇らせる。
ふぅ、と重くため息を吐いた。
「そして、だからこそ、あなた達が送られてくるのは理不尽なのだが」
とても困ったようにそう告げるゲルダさんの言葉の意味を、そのすぐ後で私達は知ることになる。
挨拶も終わり、それぞれの荷物を整理して抱え直すと、ゲルダさんに先導されながら私達は魔王の城へと向かって歩き出した。
私達の下ろされた港からも見えていた、レンガ造りの家が整然と並ぶ街並みの中をぞろぞろと。
驚いたことに、建物の雰囲気は人間の街とほとんど変わらない。
レンガ造りの建物はサイズ感も馴染みのあるもの。極端に大きなものは見当たらない。
きょろきょろと周りを見回していた私は、ふとあることに気づいた。
「……あれ?」
「ん、どうしたアーシャ」
ふと疑問の声を漏らした私に、ゲルダさんが振り返った。
私はおずおずとある方向を指さして。
「あ、いえ、その……あちこちから視線を感じると思ってたんですけど、もしかして……あそこから見てるのって、人間……?」
「ああ、そうだな。この辺りは人間の居住区だし、あなた達が連れて来られて色々な意味で気になっているんだと思う」
事も無げに言われたゲルダさんの言葉に、私は、私達は驚きのあまり言葉を失う。
「た、食べられてなかったんですか!?」
と、私の真後ろにいた子が声をあげた。確か、クリスと名乗っていた子だ。
ざわざわ、他の子たちも驚きや懐疑の声を上げ始める。
正直なところ、私は多分そうじゃないかとは思い始めていた。
でないと、ゲルダさんの発言や態度はおかしい。
「ゲルダさんが私達を守るって言ってくれたから、死ぬことはないと思ってはいたんですけど、こんな立派な建物に住んでる人間もいるんですね……」
「人間もいる、ではなく、ここに来た人間はほぼ漏れなくこの居住区のこれらの建物に住んでいるぞ?」
「え。この建物に?
……私が住んでた家よりずっと立派な造りなんですけど」
驚きが過ぎて、呆れたような声を上げるクリス。
全く持って同感なので、私もこくこくと首を振る。
というか、連れて来られた女の子の大半はそういう反応だった。
困ったような顔になり、ゲルダさんは足を止める。
私達に振り返り。
「わかった、少し説明しよう」
一言告げると、半分取り囲むような状態になっている私達を見回した。
やっぱり困ったような顔のままで。……ちょっと可愛い。
「まず最初に、そもそも私たちは、人間を食料になどしていない。
そういう魔物がいることは事実だが、この島にいる魔物は基本的に、それ以外の動物や植物を食する生態だ。
考えてもみてくれ、ここは元々人間のいない土地だったんだぞ?
食わなくても生きていけていたのに、何故わざわざ遠くまで足を運び、金属で武装していたりする人間を食おうとする必要があるのだ」
きっと、ゲルダさんの人柄を知る前だったら、そんな理屈も上滑りだっただろう、とは思う。
けれど、こうして良く知ったからには、全くもってその通りと思わざるを得ない。
だが、そう思っていない人間達が大多数なわけで。
「つまり、人間側の勝手な思い込みによるものだ、と」
「ああ、正直なところ、そう言わざるを得ない。
もちろん人間にとって我々が遙かに強力な力を持っていること、それゆえに我々を恐れることは理解できる。
だが、こちらからの侵略の意志もなく、生贄など必要ないと通達してもなお、となれば……」
「待ってください、そんな通達してたんですか!?
私達聞いたこともないんですけど……」
ゲルダさんの言葉に、思わずぎょっとした。
私の背後でも「知ってた?」「知らなかったわよ!」と言ったざわめきが起こっている。
「やはりそうなのか……どうも、人間側為政者の思惑が色々とあるらしい。
ああ、すまない、あなた達には辛い、理不尽な話だな、申し訳ない」
ゲルダさんの話に、顔を曇らせる子も何人かはいた。
だが大半は、ああ、やっぱり、という顔でもあった。
ここに送られた時点で、私達のほとんどは多かれ少なかれ、人間というものに裏切られてきたのだ。
今更人間のそういう所を見せられたところで、というのが正直なところ。
そんな私達の反応が意外だったのか、ゲルダさんは心配そうな表情を浮かべる。
「なんと言うか……動じないのだな」
「まあその、ここに来るまで色々ありましたから……多分、他の人も」
私は、笑って答えた、はずだけれど。
聞いたゲルダさんは、何だか泣きそうな顔になってしまった。
そんな顔させたかったわけじゃないのだけれど……。
でも、この真面目でお人よしな半竜人の騎士様には、聞くに堪えないことでもあるのだろう、と想像はつく。
ここまでのやり取りで、私達がどういった扱いを受けてきたかはよくわかっていることも、それに対して同情的であることもよくわかっていた。
「そういうわけで、送られてきた人間達にはここで生活をしてもらっている。
当然あなた達のことが色々な意味で気になっているだろうから、ああやって様子を伺っているんだろう」
「なるほど……」
ゲルダさんの説明は理解できた。
王族だとか貴族だとかのやりそうなことだとも思う。
納得はできないが、諦めにも似た気持ちになった私は、相槌しか打てなかった。
他の子達も同じく、何かを口に出すことができない。
しばらく、沈黙があって。
急に決意をしたような顔になれば、ゲルダさんは改めて私たちの方を見る。
「あなた達の境遇に、色々と思うところはある。ただ、それを上手く言葉にすることができない。
けれど、これだけは言わせて欲しい。
私は、あなた達を裏切らない。
所詮一介の騎士、できることはたかが知れているが……できる限りで、あなた達を守ることを誓う」
きっぱりと、決然とした表情でそう言い切った。
……あ、そういうこと言っちゃうんだ、と内心で思ってしまう。
今の弱ってる心にその言葉は、結構くる。
「……ありがとうございます。私も、できる限りでゲルダさんに応えたいと思っています」
なんとか、声を震わせないようにしながら、答えた。
他の子達は、感極まったかのように上手く言葉を出せないでいる。
私だって、ちょっと気を抜いたら泣きだしてしまいそうだ。
もしかして、ここなら。
この人が守ってくれるというここなら。
私の居場所もあるのだろうか。
そんなことを思ってしまった。