進むべき先は
「……秘本の内容はわかりました。それでは陛下、今後どうするか、ですが」
なんだかグダグダし始めたところで、ドロテアさんがぱんっと手を打ちながら軌道修正。
言われて、陛下がちょっと居住まいを正す。……それだけで威厳が出てくるんだから、やっぱり凄いよなぁ。
「うむ、『原初の混沌』に至るための条件は揃った。
……じゃが正直、ブラーシュムとやらの言いなりになるようでムカつくのもムカつくからのぉ」
途中まで威厳たっぷりに言ってたのに、急に本音をぶっちゃけてきた魔王様に、私達は思わずがくっと崩れそうになった。
いや実際、ドミナス様なんて遠慮も容赦もなくがくっとやらかしてくれている。
そんな私達の反応に、しかし魔王様は悪びれない。
「考えてもみるがよい。生まれる前から勝手に役割を押しつけられて、しかもそれが神殺しのような大事ときているのじゃぞ。
それだけでも勘弁して欲しいところに、どうやら妾は二代目か三代目かわからぬが、とにかく直接作られて押しつけられたわけではないからのぉ」
珍しくむくれたような表情で言う魔王様。……いや、そこまで珍しくもないかな、特にドミナス様がいる時は。
それにしても、今さらっととんでもないこと言われたぞ?
「あの、魔王様。……二代目か三代目か、ってそんなことがわかるんですか?
それに、直接作られたわけじゃないって……」
「うむ、魔王ならではの感覚なのやも知れぬが、少なくとも妾の前に別の魔王がおったことは感じておった。
そうして見れば、島のあちこちに痕跡もあったしのぉ。
ここから先はただの推測じゃが、凶暴だったらしい初代魔王は、神剣によって打ち倒されたのじゃろう。封印ではなく。
もし妾の前にも魔王がおったのならば、そやつらも。
魔族は魔力が一か所に集まることによって自然発生することが稀にあるが、この島であれば極端に魔力が集まる仕掛けも作りやすい。
ゆえに、神剣で案内人たる魔王が倒されても、次の魔王が生まれるような仕組みを作ってあるのじゃろう」
私の問いに、魔王様は既に答えを得ていたらしく、スラスラと答えてくれた。
確かに、正直なところ、今の魔王様を見るに凶暴だとか話が通じないだとかは全く無縁の存在としか思えない。
秘本に書かれていた魔王とは似ても似つかないわけだから、そこから考えると、そうなるよね。
……となると、だ。
「あの、もしかして、なんですけど……神剣には、道案内係にふさわしいかどうかを判断する機能があるってことですか?
でも、この仕組みが作られたのって、神剣が生まれた後ですよね……?」
「はっきりと断言はできないですけど、多分その機能はあります。というか、考える頭があるのかな?
こないだ魔王様に言われて試しに神剣を向けた時には、なんというか、躊躇いのようなものを神剣から感じましたから」
「なんて実験してんですか!?」
私の問いに答えたのは、神剣の所持者であるユーリィだった。
今までの神剣の使い方を見るに、やっぱり精神的な部分で繋がったりもしてるんだろうな。
でも、それを確かめるためだったのだろうけど、そしてユーリィに敵意がないのも間違いないのだけど、なんてことしてんだ、この魔王様は。
「すまんすまん、ほんに安全か確かめたくてのぉ」
「私は止めましたよ? グレース様もゲルダも。でも、強行したんですよ、陛下は」
隣で控えていたドロテアさんが、深々と、これ見よがしに深々とため息を吐いた。
そりゃまあ、ドロテアさんとしては立場的にも心情的にも言いたくはなろう。
流石に魔王様も、ちょっと申し訳なさそうにしてるし。
と、ふと私はどうでもいいことに気付いた。
「……あれ? ドミナス様は?」
「え、私? 面白そうだったから静観してた」
「そこは形だけでも取り繕ってくださいよ!?」
思わずツッコミを入れちゃうけど、ドミナス様はそれはもう平然としたものだ。
そんなところも可愛いのだけど。
「だって、神剣の機能にはまだまだ未解明なものが多い。その情報を取得しようとするのは、学究の徒の務め」
「という口実で己の好奇心を満たしたかっただけじゃろうが、そなたは……」
「ついでに、陛下がボコられるところも見てみたかった」
「ドミナスゥゥゥゥゥゥゥ!!!」
いつものやり取りに、ああ、本当にいつもが戻ってきたんだなぁ、と安堵する。
いや、来たばっかりのユーリィは、驚きのあまり目を白黒させているけど。まあいずれ慣れるだろう。
「そうだ、神剣の機能と言えば……もしかして勝手に動いたりします?
例えば、海の底から戻ってきたり、とか」
「よくわかりましたね、その通り、そんな機能もあります。
どうやら、持ち主が死んだら特定の場所……今は教会の総本山に戻るようになっているみたいです。
というか、戻る場所を総本山にした、のかな?」
「は~……ブラーシュムを迫害しておいて、と思わなくもないですけど……」
どのタイミングでブラーシュムが神剣を持てなくなったのかはわからないけど、少なくとも彼が神剣を所持していたことは、当時の人間達は知っていたはずだ。少なくとも偉いさんたちは。
それなのに、神剣は崇め奉っていた、っていうのはなんとも身勝手さを感じるなぁ……。
しかも、私のような一般庶民には知らせることなく、一部の連中だけで。
いや、あの大陸の偉いさんって大体そんなのしかいなかったけどさぁ……。
「まあ、ともかくじゃ。勝手に作られて、道案内として合格を出されたことも気に食わぬわけじゃ」
「そのお気持ちはわかりますけども……」
うん、正直、わかる。
婿養子を取って病院を存続させるだけ、なんていう役割を勝手に押しつけられた身としては。
でも、多分もっとわかる人がここには居た。
「でも、行かれるのでしょう?」
穏やかな声で、しかし力強くきっぱりと。
たおやかな微笑みを浮かべながら、揺るぎなくグレース様がそう言い切った。




