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小悪魔は遅れてやってくる

 そして、また新たな患者さんが来て、診察していた時だった。


「は~い、ちょっと失礼しますね~……ん?」


 聞こえた肺の音に、首を傾げてしまう。これは、まさか。


「ありゃ、何かありましたか」

「あ、大丈夫ですよ、ちゃんと治りますから~」


 患者さんであるおばあちゃんが尋ねてくるのを、笑顔でかわす。

 でも実際のところ、あまりいい状況ではない。


「ちょっと手首触りますね」


 ふむ……結構脈拍早くなってるな……。


「ご飯とかちゃんと食べられてます?」

「はぁ、そういえばここのとこ食欲がないですねぇ」


 喘鳴、ゼイゼイいう音はないし、痰はあまり出ないとのことだが、息切れがするし胸が痛むこともある、と。

 

 多分だけど、肺炎だ。まだ症状が比較的おとなしいのは不幸中の幸いだが、ほっといたら一気に進行する恐れもある。

 年配の人だと、肺炎の症状がゆっくりと穏やかに出てきて、後から一気に重症化してしまうことがあるのだ。

 そして、この症状だと手持ちの解熱剤は使えない。

 かえって症状を進行させてしまう可能性すらあるからだ。

 肺炎の場合は、抗菌薬、特に抗生物質を使うべきなんだけど、そんなものはない。

 レントゲンや血液検査ができない状況だと、肺炎だと断定することもできないし……。

 どうしたらいいかな、と逡巡していた時だった。


「あらあら、随分と盛況なことですなぁ。商売繁盛、うらやましいことで」


 のんびりとしながらも、ちくちくと何かが刺さってくる声。

 ナスティさんが、薬草がたっぷり入った籠を持って入ってきた。

 ちくせう来やがった、と思いながらも愛想笑いで応じる。


「あはは~おかげ様で」

「それはそれは、うちも触れ回った甲斐がありましたわ~」


 ……ん?

 ちょ、ちょっと待って?


「あの、ナスティさん? 触れ回った、って?」


 まさか? という疑念を押し込めながら、できる限りのにこやかさで問いかける。

 正直なところ、全く成功してない自覚はあった。


「ええ、ここのとこちゃんとした手当してもらえてなかった人が多かったさかいに、新しい薬師の人が来はったって、あちこちで宣伝させてもうたんです」


 なるほど?

 つまり、この大行列はあなたの宣伝のおかげってわけですね、ナスティさん。


 やってくれるじゃないか、このロリお姉さん!!!

 うん、ロリババアってとこまではいってないのだ。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 つまりあれか、これはどこまで回せるか試すつもりもあったってことかっ。


「あ、あはははは~、おかげさまで大盛況ですよ」


 悲しいかな、私は愛想笑いを浮かべて応じることしかできなかった。

 そう。面と向かってナスティさんの行為を責めることなどできはしない。

 確かに治療を必要とする人がいて、今こうして集っているのだから。

 特にこのおばあさんは、まだ歩ける今のうちに来てくれて良かった。

 例えそれが、彼女のイケズが発端だとしても。

 

 でもでも、釈然としないのは仕方ないと思うな!


「こんだけ(せわ)しないと、薬草のお代もろてる暇もあらしまへんなぁ」

「ごめんなさい、さすがに……ん? ちょ、ちょっと待って?」


 そう、やってきたナスティさんは、籠にたんまりと薬草類を持ってきていた。

 ざっと目を通して……ちくせう、このロリお姉さん、わかっててわざとやってんのかなぁ!?


「ナスティさん、これ、全部引き取っていいんですね!?」

「ええ、そのために持ってきましたし?」

「ごめんなさい、お金は後から払いますから!」


 ナスティさんの余裕の笑みに、多分何もない時なら苛立ちも覚えたのだろうけども、今はそんな時じゃない。


 テーブルの上に置かれた籠の中に手を突っ込み、とあるキノコを引っ張り出した。


「キーラ、小鍋にお湯沸かして! 薬湯用の方のお湯使って!」

「う、うんっ」


 患者さん達から聞き取りをしていたキーラが、慌てて答えてくれる。

 ごめんなさいごめんなさいとペコペコ謝った後にぱたぱたとこちらに来てくれた。


「このキノコ、一分だけ湯がいて! それが終わったら『脱水』を、カピカピになるくらいにお願い!」

「あ、うん、えっと、わかったっ」


 いきなり仕事を振られて、慌てふためきながら。

 それでも、なんとか動揺を抑え込みつつ作業をしてくれている。

 ほんっと、ほんっと、キーラで良かったと心の底から思う。


「『脱水』? なんですのん、それ」

「んっふふ~、この工房の秘密兵器なんですよ!」

 

 敢えて、大見得を切ってみせた。

 それはどちらかと言えば、待ってくれている患者さん向けのパフォーマンスだ。

 唯一の薬師であるディアさんがいなくなった後、どれだけの不安に苛まれたのだろう。

 その心情は、正直、推し量るしかできないのだけれど。

 少なくとも、今こうして来てくれているのだ。

 せめて、なんとかなると思ってほしい。


「アーシャ、できたっ」

「ありがとうキーラっ、じゃあ、これをっ」


 キーラが持ってきてくれた乾燥キノコを、半分程度にざっくりと切り分ける。

 そして、それをゴリゴリと薬研ですりつぶし、粉末にした。

 それにさらにいくつか薬草を加えてさらにゴリゴリ。

 出来上がった粉薬を、入れ物に入れておばあちゃんに渡す。


「はい、これを水と一緒に飲んでください。三食の後一つまみ、一日に三回。

 治ったと思っても、最後まで全部飲み切ってくださいね」

「ああ、前こうなった時にディア先生が作ってくれた薬と同じなんですねぇ」


 と、年配のおばあちゃんが答えてくれた。

 いやほんと、どんな人だったの、ディアさん。


 このキノコは、抗菌薬として作用する、みたいなんだ。

 もしかしたら、ペニシリンみたいな抗生物質を生成してくれているのかも知れない。アオカビと同じ菌類だし。

 多分、そのことをわかって使っていたのだと思う。

 細菌だとかの概念を知らないはずなのに、経験則だけでやってたんだから、凄いよね、正直。


 後は、この抗菌薬が効いてくれるか、だ。

 ……同じ原因菌なら多分効くとは思うのだけれど。 


 ともあれ、今大事なのは患者さんを安心させること。

 笑顔で頷きながら、おばあさんに答える。


「ええ、だから安心してくださいね。

 後は、お水をしっかり飲んで、暖かくして、できるだけ安静にして過ごしてください。

 あ、食べ物とかは用意してくれる人います? 食欲ないからって、食べないのはだめですからね。

 後は、一週間経ってもまだ良くならなかったら、また来てください」


 私がそう言うと、おばあさんは安心したように頷いて、付き添いの人と一緒に帰っていった。


「は~……まさか、こない一瞬でからっからにできるやなんて」

「すごいでしょ。これがキーラの『脱水』の力です」


 さすがに驚いたような声のナスティさんに、得意げに返す。

 本来、このキノコは数日かけて乾燥させないと使えない。

 その数日で、あのおばあちゃんは症状が進行してしまった可能性もあったのだから、それを考えれば、この時間短縮は大きい。


 ……ああ、そう考えたら。


「そうだ、ナスティさん、ありがとうございます。

 タイミングよく薬草を持ってきてくれたおかげで、助かりました」

「……別に、うちは商売(あきない)で持ってきただけですよって、礼なんて言われることやあらしません」


 そう言いながら、そっぽを向いてしまった。

 そっか~、いやいいんだけどね。

 おばあさんが帰ってく時にちょっとほっとした顔してたような気がするんだけどなぁ。

 

「まあ、私が言いたくなっただけですから。

 さ、じゃあ持ってきてもらった薬草、どんどん使わせてもらいますね!」


 そう言って、籠の中身をざっと仕分けした後、また次の患者さんの診察に移っていった。

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