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女神は踊らず、会議は進む

「……というんが、現状みたいですわ」


 ナスティさんの報告に、その場がしんと静まりかえる。

 ちらりちらりとお互いを窺うような視線が交わされる中、私はそっと手を挙げた。


「あの……もうほとんど仕込み終わってません? 後二手か三手で終わりそうなんですけど」

「二手か三手で終わるかはわからしませんけど、ええ感じで勇者の懐には入れてるみたいですわ」

「懐に入るっていうか、もはや手懐けてますよね!?」


 コロコロと鈴を鳴らすような声で笑っているナスティさんに、私はツッコミを入れた。

 報告書を送ってきたグラスランナーのケーナさんは、もうすっかり勇者ユーリィのお友達、どころか無二の親友レベルに見える。

 勇者としても、しんどい日々の中に気兼ねなく接することができる同性ってことで気を許しちゃったんだろうなぁ。


「正直なところ、私よりも遙かにケーナさんの方が女たらしじゃないですか」

「「いやそれはない」」


 私がぼやくと、皆が一斉に首を横に振った。なんでだ。


「いや、だってケーナさん、会って一ヶ月経ってないですよね?

 それでこんだけ親しくなってるって、どんだけですか!」

「え? 私、アーシャに会ったその日に、これくらい懐いてたけど」


 きょとん、とした顔でキーラが小首を傾げる。

 本日の会議は、技術面魔術面の参考人としてキーラとノーラさんも来ていた。

 そのキーラが、早速私の出鼻を挫いてくれる。いや、ある意味ありがたい言葉ではあるんだけどさ?


「そ、それはほら、あの時のキーラって精神的に追い詰められてたわけだし……」

「魔王の島に殴り込みにいけ、でも王侯貴族に接するための作法も身に着けろ、と言われてる勇者も大概追い詰められてると思うけどねぇ」


 呆れたような、同情するような声でノーラさんがぽそっとつぶやく。

 私へのからかいももちろんあったのだろうけど、比率としては勇者への同情が若干勝っているような気がした。

 まあ正直、私もこの勇者の扱いには同情してしまうのだけども。


「メニュー的にも、経験の無い人間ということを考慮していないものだしな……神剣の加護による回復力でなんとか保っているようなものじゃないか、これは」


 訓練内容に言及する、この島を守護してきた生粋の軍人であるゲルダさんすら、若干勇者に同情的だ。

 実際、腕立て百回とか、山村で鍛えられた私にも無理だと思う。使う筋肉違うし。

 それを、初日に課している。そこからさらに増やそうとして、勇者がクリアできていない日々。

 どうやら体力的には普通の人間程度しかないらしい。素では。


「この報告ですと、神剣を手にした上で、敵意を持った存在相手でないと身体能力向上や光の刃は発動しないみたいですね」

「そして一度発動したら……これ、ゲルダと同じくらいの動きじゃない?」


 報告書を見ながら、ドロテアさんは真面目な口調で、ドミナス様は若干ゲルダさんをからかうような口調で意見を述べていく。

 言われてもう一度報告書を確認したら、少なくとも人間じゃないとしか言い様がない身体能力をしているみたいだ。

 これがまた、助走無しに10mくらい幅跳びしたとか、垂直方向に3m以上飛び上がったとか、漫画かな? ってくらいの報告が、具体的な数字と共にされている。

 つまり、信じられないけど、実際に目にしたからこんなに具体的に書けているってことなんじゃないかな。

 どうやらそう考えたのは私だけじゃなく、この場にいる皆がそう考えたようだった。


「流石に、走る速さというか移動速度は私の方が上だろうが……純粋な身体能力、というだけならあまり変わらないかも知れない」

「もちろん剣技はゲルダの方が上じゃろうが……実戦であれば、まず光の刃が飛んでくる。剣を振るう速度そのものは、そなたと大して変わらんじゃろうからなぁ」

「……それは、おっしゃる通りかと思われます」


 魔王様の言葉に一瞬沈黙したゲルダさんは、しかし潔く認めた。

 武人としての自負が強いゲルダさんとしては認めがたいことだっただろうだけに、なんだか申し訳ない気分になってしまう。

 いや、私が迷惑かけたわけじゃないんだけどさ。


「それにしても、これでもまだ出立式が三ヶ月後、とは……随分とあちら側は油断していて、内側の権力闘争に明け暮れているようですね」


 多分に呆れの混じった声でグレース様が呟く。いや、むしろぼやくと言ってもいいかも知れない。

 それくらい、呆れと情けなさが滲み出ている声だった。

 元人間側の王族としては、他国とは言え王侯貴族連中がおままごとのようなことをしていれば、情けなくもなるのかも知れない。


「それこそ、もう終わったつもりなのだろうよ。じゃから、終わった後のことだけを考えて動いておる、と。

 ろくな供も付けずに港まで行かせ、単独で渡航させるつもりじゃとか……もう勇者の遠征自体がおまけ扱いじゃろ、これは」


 呆れを通り越して若干怒りまで感じているのか、憮然とした表情で魔王様がひらひらと書類を振って見せた。

 そこに書かれていた遠征計画は、ほんっとうに杜撰なもの。

 いや、計画と呼ぶことすらおこがましいものだった。


「……これ、ほんっとうにこんな予定なんですか……?」

「ええ、ケーナが勇者ユーリィから直接聞き出してますよって。流石に、勇者本人に嘘は教えへんでしょ?」

「そして、この状況でユーリィがケーナに嘘を教えるわけもない、と」


 私の問いかけに、ナスティさんがこくんと頷く。

 さらにゲルダさんが補足を入れれば、また室内に沈黙が降りた。

 若干気まずい空気の中、ぽん、と魔王様が手を打って口を開く。


「とりあえず、これでおおよそのゴールは見えた、と思うてよいじゃろう。

 上手いこと誘導すれば、勇者ユーリィ本人を抱き込むことは十分に可能じゃ。

 そして、それも粗方成功へと向かっておる。後は仕上げの部分じゃな」


 魔王様の言葉に、皆が頷く。状況は、かなり好転してきていると言っていい。これはほんと、ケーナさんに感謝だ。

 となると、後は……。


「まず、神剣の性能と発動条件はもっと正確に把握すべきかと思います。

 魔物や魔族が近くに居ない状況とこの島では、同じ条件であると考えるべきではないでしょう」

「それに補足すると、『倍返し』と呼ばれているものが、本当に倍返しなのか、それとも違うのかも把握しておくべきかと思います」


 ドロテアさんとゲルダさんがそれぞれの意見を述べていく。

 確かに、希望的観測だけで動くわけにはいかないから、それらの確認は大事だ。


「ついでにいえば、実際の威力がどれくらいなのかも計測したい。

 ナスティ、ノーラと一緒に測定器を作ったから、これをケーナに渡して」

「はいな、確かに承りました」


 そう言うと、ドミナス様が手持ちビデオカメラ的な道具をナスティさんに渡した。

 なんでも、自動車の魔力計に使っていた技術を応用した、非接触型魔力測定器なのだとか。

 今回は神剣相手ということで、別の力……ドミナス様曰くの神力とでも言うべき力も測れるようにしているらしい。


 島外の動きに対しては大体そんな感じだろうか。

 となると、島内の動きとしては。


「じゃあ、私は工場関係者に話せる部分は話して協力をお願いしようかな」

「ああ、そんじゃあたしもドワーフ連中とかに、だねぇ」

「ほなうちは、それ以外のとこ回りましょ」


 キーラ、ノーラさん、ナスティさんもそれぞれにできることを口にする。

 勝機は見えたけど、それを確かなものにするには、多分島内の人達にも協力してもらわないといけない。

 それはもちろん、私も含めて、だ。


「なら私は……」

「そなたは今は大人しくしておれ。なんならクリスに新しい衣装でも作ってもらうがよい」

「えっ、ど、どうしてそうなるんですか!?」


 面食らった私は思わず反論してしまうのだけども。


「担がれる神輿は軽々しく動かぬものじゃ。であれば重みを増すことを考えておれ」

「……そ、そういうもの、でしょうか……?」


 魔王様のお言葉に、納得したような、しないような。

 ともあれ私は不承不承頷いて、お飾りとして準備をするのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 出立式が3ヶ月後の予定なのが事実だとしても、更に遅れる可能性もあるんですよね。。。 前話を読み返していてふと思ったのですけれども、1ヶ月でこのくらい仲良くなっていたら、出立時には結婚し…
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