幸せ願う人々
そして二日後、式当日。
「ほんまに陛下とグレース様来てはるし……」
「そりゃそうでしょ、だから言ったじゃないですか」
はふぅ、とため息を吐くナスティさんに、私は朗らかに答えた。
恨みがましい目で見られるけど、むしろ我々の業界ではご褒美です。うん。
春が終わり、初夏に向かい始めた爽やかな空気の中、晴れ渡った空の下に、私達二人は立っていた。
街の端にある、小さな広場。
そこに椅子を運び入れたり立会人が立つ宣誓台みたいなのを立てたり、誓約書を書くための譜面台みたいなのを立てたりして、簡易な式場ができていた。
これは、グラスランナー式の結婚式場なのだそうな。
草原などを渡り歩く、移動の多い種族であるグラスランナーは、定住する家や街を持たないことも少なくない。
そのため、冠婚葬祭は基本的に簡素なもの。更には、それすらも省略をすることが少なくないのだとか。
今回のように会場を用意するなんていうのはまだしっかりしてる方で、街中の酒場で式をやって、テーブルで誓約書を書くことなんてザラ、らしい。
そりゃ、そんな常識だったら、地味婚をしたがるはずだよねぇ……。
まあでも、一応これは地味婚なんだよ。私の抑え切れる下限の式になったはずだよ。
あ、衣装は奮発したけど、それ以外は。
「それは、もうしゃあないとして。
なんで、こないに人がようさん来てますのん……身内だけのはずやのに……」
困惑した表情で、ナスティさんは式場の客席を振り返った。
そこには、流石に前の式ほどではないけど、たくさんの人達。
皆、心からの笑顔で詰めかけている。
「なんでって、決まってるじゃないですか」
そう言いながら私は、ゆっくりと集まった人達を見渡した。
ナスティさんが顔役を務めてるグラスランナーの人達が、たくさん来てる。それは、予想通り。
だけど、そこからがバラエティ豊かというかなんというか。
ドワーフやフェザーフォルクの皆さん、ハーピーさんもいる。
あっちで『わ~い!』ってはしゃぎながら手を振ってるのは、地上に上がれる魔術が使えたセイレーンさん達。
ちょこちょこ落ち着きなく動いてるコボルトさん達もいるし、アラクネーさん達も何人か。
おまけにサイクロプスさんやフォレスト・ジャイアントの族長さんやグランド・ジャイアントの長ヴァルガさんまで来てる。
ちなみに、サイクロプスさんはもちろん、族長さんもいつもよりおめかししてて、そんなとこが可愛い。
ヴァルガさんはヴァルガさんで、民族衣装の正装的な、威風堂々たる格好をしてるし。
後まあ、もちろんキーラやゲルダさん、ノーラさんにドロテアさん、ドミナス様も来てるよ?
色んな意味ありげな視線を向けてきてるけど。
そして何より。
ジェシカさんをはじめとする、人間の皆さん。
比較的年配の人が多く、そのうち何人かは、動力付き車椅子、いわばシニアカーに乗ってまでここに来ていた。
いやはや、事情を知らなきゃ「何事!?」って感じになっちゃうよねぇ。
でも、私としては皆さんの意見を聞いた上でお招きしているわけだし。
「皆さん、ナスティさんは身内だって言うんですもん。
そんなこと言われたら、お断りなんてできるわけないじゃないですか」
私とナスティさんが結婚する、という話は、私もびっくりするくらい急速に、でも密やかに広まった。
そしてさらに、身内だけの地味な式にするつもりだ、という話も後から広まった。
広まったと思ったら、どんどんと来たんだよ、参列させてくれっていう要望が。
で、みんな口々に言うんだ、自分はナスティさんの身内だって。
こんな風に関わった、こんな風に助けてくれた。だから、もう身内も同然だって。
そんなこと言われてさ、断ることなんて、できるわけないじゃん?
私がそう説明すると、ナスティさんはぽか~んと口を開けたまま、言葉を失っていた。
うん、わかる。
私だって、聞いてるうちにぼろ泣きしてたもん。当人であるナスティさんはいかばかりか、ってもんだ。
「これだけ沢山の人がね、祝福に来てくれたんですよ。私達の……ううん、ナスティさんの結婚を」
そりゃまあ、私だって関わりのある人達が多いし、祝ってもらえてるとも思う。
だけど、みんなが一番気に掛けていたのは、やっぱりナスティさんなんだよね。
……まあ、私は今更祝うまでもない、って思われてたら、それはそれでこう……嬉しいような寂しいような。
あるいは自業自得が胸に刺さるというか。
私が内心でそんな葛藤……というにも馬鹿らしい悩みを抱えていた間、ナスティさんはずっと無言だった。
だから私は、何も言わずにナスティさんの手をそっと握った。
これ以上私から何か言うのは、無粋な気がしたから。
手が小刻みに震えてるのは……ううん、勝手な憶測はやめておこう。
「ほんま、みんなアホやなぁ……うちなんか身内にしたかて、ええことなんてあらしませんやろに」
ナスティさんがやっと絞り出した言葉が、それだった。
流石、ここに来てまで素直になりきれない。そこに痺れる憧れるぅ!
しかしあれだね、ナスティさんはどうにも自己評価が低いなぁ。
それは、今後なんとかしていくようにしよう。キーラという成功事例もあるわけだしね。
「なら、それはそれでいいんじゃないですか?」
「はい?」
気楽そうに言う私の声に、ナスティさんがちょっと間の抜けたような返事をした。
普通なら『そんなことないですよ!』とか言いそうなタイミングなんだから、まあ仕方ないかも知れない。
でもね、折角の晴れの日なんだ、そんなありきたりの言葉なんか言ってあげない。
「だって、特に利益があるわけでもなしに、ナスティさんのことを身内って言ってるんでしょ?
それって、これ以上ない『身内』じゃないですか」
「あ……」
敢えて軽ーく笑いながら私が言えば、ナスティさんはまた言葉を失った。
例えば、家族は利益があるから家族なわけじゃない。……いや、お貴族様はまた違うかも知れないけど。
もし、血縁にも似た繋がりがナスティさんと皆の間にできているのなら、それはとても尊いことだと思うんだ。
そこまで解説するまでもなく、ナスティさんも理解したらしい。
ふるり、手だけでなく瞳も揺らいでしまう。
「だから、そんな身内の皆さんに、幸せになるとこをしっかり見てもらいましょう?」
「っもう……アーシャせんせ、ほんまずるいわ……そないなこと言われたら、はいとしか言えへんやないの」
そう言いながら、ナスティさんは目尻を拭って微笑んだ。
それは、今日のこの日にとてもふさわしい、晴れ晴れとしたもの。
私も釣られて、笑顔になってしまう。
「そりゃまあ、一部で悪魔のような女とか、アホとかたらしとか言われてますし、これくらいは」
「なんやえらく限定的な気もするんやけど……」
言われたナスティさんは、そっと目線を逸らした。
ええまあ、一部はナスティさんから言われたことだしね! ちょっとだけリベンジさ!
でもまあ、おかげでというかなんというか。ナスティさんの表情もかなり柔らかくなった。
そんなナスティさんへと向けて、私は手を差し伸べる。
「じゃ、行きましょう、ナスティさん。一緒に、幸せになりに」
ナスティさんは驚いたように目を見開いて。
それから、ふわりと花が綻ぶように微笑んだ。
「……はい。ほな、行きましょか」
あ、もうこれだけで心臓止まりそう。
いやいや、止まってる場合じゃないのだ。ということで、無理矢理心臓には動いてもらう。
心臓だけでなく足を動かして、ナスティさんの手を引きながら宣誓台へと向かえば、待ち受けているのは魔王様。
そう、この人前式みたいな結婚式、見届け人は魔王様だ。
恐れ多いにも程があるけど、私の立場を考えるとある意味仕方ないかも知れない。
まあ、実は見届け人に立候補する人が多すぎて、魔王様が出張らないと収まりが付かなかったっていう事情もあるのだけど。
そんな魔王様は、今日は露出低め、ボディラインをあまり出さないグレーのドレスを着ている。
流石に、見届け人って立場であまり華美な格好は、との配慮だそうな。
……そこまで配慮をしてもなお、圧倒的存在感を出してるのが羨ましいやら、恐るべきやら。
なんて考えながら魔王様の前に二人で立てば、魔王様が確認したとばかりに小さく頷く。
「うむ、アーシャ、ナスティ、両名揃ったな。
それでは、これより妾、魔王シュツラウム立ち会いの元、アーシャとナスティ両名の婚姻の儀を執り行う」
魔王様のお言葉に、会場がしんと静まった。
この辺りは、流石だなぁ、なんて感心する余裕が、一応まだある。
どうせ直ぐになくなるんだろうけどな~……。
「まず、アーシャよ。そなたはナスティを伴侶とし、健やかなる時も病める時も、その生涯を通じてこれを敬い、愛することを誓うか?」
「はい、誓います」
問いかけに、私は間髪入れず答えた。
練習してたっていうのもあるんだけどさ。
改めてこう問われたら、即答する以外の言葉はないよね。
ついで魔王様は、ナスティさんへと顔を向けた。
「では、ナスティよ。そなたはアーシャを伴侶とし、健やかなる時も病める時も、その生涯を通じてこれを敬い、愛することを誓うか?」
「ええ、誓います」
こくりと頷きながら、ナスティさんも返答する。
改めて言葉にすると、気恥ずかしさもあるけど……一緒に生きていくんだっていう決意みたいなものが湧き上がってくる。
そうだよね、これからずっと、生涯かけて。
もちろんキーラ達だってそうだけど、これからは、ナスティさんも。
その責任は実に重いけど、きっと私達ならやっていけると思う。
そんな感慨に耽っていると、不意に魔王様が悪戯な笑みを見せた。
「また、ただ愛し合うだけでは足らぬ。
互いに互いの不足に嘆くことあらばそれを互いに補い合い、良きことがあればそれを喜んで互いに分かち合い。
お互いを幸せにすることを誓うか?」
この台詞は、台本になかったもの。
だけれど、その意味するところを理解した私は、間髪入れず答える。
「もちろんですとも!」
そりゃそうだよ。
だって私は、ナスティさんを幸せにするために結婚するんだもの。
ううん、皆で幸せになるために結婚するんだもの。
勢い込んで返答した私を、ナスティさんが驚いたような顔で見た。
それから、くしゃりと。泣いてるような笑ってるような顔になって、魔王様へと向き直る。
「はいな、誓います。アーシャせんせと一緒に、幸せになります」
涙声になりながらの返答に、私はナスティさんの横顔を見つめた。
その顔はとても、とても……幸せそうなもので。
つられて、私まで涙がこみ上げてくる。そうだよね、一緒に、幸せにならないと。
そんな私達の顔を見て、魔王様はうん、と深く頷いた。
「よかろう、そなたら二人の誓い、この魔王シュツラウムが聞き届けた。
ならば、その誓約書にそれぞれ署名をするがよい」
促されて、まずは私がペンを取る。
ちょっと手が震えちゃってるけど……それでも、ちゃんと書き上げた。
それから、ナスティさん。……ナスティさんの手もやっぱり震えてるのが、ちょっとおかしかった。
なんだか、ちょっと変なテンションになっているなぁ……。
互いに署名を終えると、私達は二人、台の前で向き合った。
「うむ、誓約書への記入を見届けた。
それでは最後に、誓いの口づけを!」
魔王様の言葉に二人して頷くと、私達はそっと身体を寄せ合う。
……こんなに間近でナスティさんの顔を見るのは、初めてな気がする。
いや、あの夕日の丘で以来か。
でも、こんな……ふるふるとまつげを震わせながら、でもとっても幸せそうなナスティさんの顔を見るのは、間違いなく初めてだ。
この笑顔を曇らせたくない。心から、そう思う。
だから。
目を閉じて待ち受けるナスティさんへと、私は自然にキスをした。
そっと触れるだけのそれは、ふわりとしていて、だからこそ夢のような感触。
頬を染めたナスティさんが目を開けば、その瞳はどこか夢見心地。
……こんな表情を浮かべてもらえただけで、今日の甲斐があったなって心から思う。
「改めて、ナスティさん。一緒に、幸せになりましょうね」
「ええ。せんせ、これからどうか、よろしゅうに……」
無垢な微笑みを見せるナスティさんを、私は精一杯抱きしめる。
良かった。受け入れてもらえた。私の気持ちだけじゃなくて、ナスティさん自身を。その未来を。
だから私は、これからもその未来を守らないと。
そう心から誓った私の頭上を、何か巨大なものが通り過ぎた。
……え、まさか!?
と思った直後に、ごうっ! といつか聞いた轟音。
そして、舞い散る白い花びら。
そう、前竜王のお義父様である。
……色々思うところはあったみたいだけど、認めてもらえたんだな、って安心する。
いつか見た、夢のような光景に、舞台の主役として見蕩れるナスティさん。
その横顔に、改めて思う。
絶対に、一緒に幸せになってやる、と。
私は、心の中で、そう誓った。
そして、その後やはり宴会に突入して、皆で大いに盛り上がって。
フォレスト・ジャイアントの族長さんとヴァルガさんでとんでもない飲み比べが始まったりとかしながら。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、式もお開き。
それぞれに、名残を惜しみながら別れていく。
諸々の後処理を済ませた私達が一番最後に帰るのは、まあ仕方ない。
そんな時間もちょっと楽しい、なんて思うのは……う~ん、我ながらちょっと、浮かれすぎてないかな? とも思う。
いや、浮かれすぎていたんだと、痛感させられた。
「は~……やっと帰ってきた~……。
あ、ナスティさん、今日からここがお家なんですから、遠慮せずにどうぞどうぞ」
「は、はぁ……ほな失礼して……」
私が促すと、ナスティさんはおっかなびっくりといった顔で入ってくる。
いやまあ、荷物の運び入れとかで何度もうちに来てもらってたんだけど、自分の家として入ってくるのは、やっぱり違うんだろうなぁ。
借りてきた猫、みたいな感じで大人しく、でも周囲を窺ってる様子が、可愛い。
なんて暢気に思っていた時だった。
「アーシャ、ナスティ、お疲れ様でした」
ドロテアさんが、私達二人を迎えにやってきた。
先に帰ってたドロテアさんは、普段着であるシンプルなワンピース風ドレスに着替えている。
……その顔を見て、ちょっとほっとしたのは、ナスティさんには内緒だ。
「あ、ドロテアさん、ただいまです」
「ええと、お邪魔します……はあかんのでしたね」
私が挨拶を返した後にナスティさんが続こうとして、口ごもる。
そうだよ、今日からはそれじゃだめなんだよ。
「ええ、是非『ただいま』と言ってください。でないと、入館を拒否しますよ?」
「ちょっ、それは勘弁っ!」
なんだかんだ、ナスティさんだって疲れてる。
それを今更出て行けとか。言われたいわけがない。
だから、しばらくもじもじとした後、顔を真っ赤にしながら、口にする。
「た、ただいま、です……」
やっとのことで口にされたその言葉に、ドロテアさんはにっこりと笑って応じた。
「ええ、二人ともお帰りなさい。
ナスティ、今日からここはあなたの家なのですから、遠慮しないでくださいね」
「は、はぁ……できる限り善処はしますよって……」
私に対しては傍若無人なのに、これである。
ナスティさんの本来の気性が窺えるし、あれだけの人望があるのも納得だ。
ドロテアさんも、どこか満足げだしね。
「それはまあ、おいおい慣れてもらうとしまして。
二人とも疲れたでしょう? お風呂を用意しましたから、汗を流してきてください」
「あ、ありがたいです。もう、直ぐにでも! ナスティさんも行きますよね?」
「へ? え、うちも……?」
不意を打たれたかのように、ナスティさんが驚いた顔になる。
そりゃそうでしょ、疲れてるのは同じだし。
……あ、でもそっか。
「いやほら、公衆浴場で一緒になったこともあるじゃないですか。あれと似たようなものですよ」
「うちの気持ちとしては大分違うんやけど……まあええです、汗を流したいんはほんまやし……」
不承不承、といった感じで、ナスティさんも折れた。
となれば、早速お風呂にGOだ! 侍女さん達も出てきて、直ぐに私とナスティさんの着替えの用意をしたり荷物を部屋に運んだりしてくれる。
疲れてたからか、そんなメイドさん達に何も考えずに任せてしまった。
そう、普段ならドミナス様とゲルダさんの専属である彼女らが、そんなに動いてくれたことに、何の疑問も持たずに。
何よりも。ことここに至るまで、ドロテアさん以外の人が出てこなかったことに、疑問を持てずに。
そして私とナスティさんは、思い知ることになる。
お風呂場で、皆が待ち伏せしていたことを。
そして、魔王様の早着替えを得意とするドロテアさんが、一瞬で脱ぐことができることを。
待ち構えていた皆と、後から来て逃げ場を塞ぐドロテアさん。
その状況の直後、どんなことが起こってしまったかは……皆様の想像にお任せする。
ただ。
「せ、せんせ……いっつもこないなん……?」
と、ナスティさんが顔を真っ赤にしながら息も絶え絶えに言ってたことはお伝えしておく。
もちろん、いつもじゃない、週に一度だ、とは伝えたけど。
そしたら、なんか凄い表情されたけど。
これが今後は日常になるのだから、どうか受け入れて欲しい。
私は、そう切に願った。
※これにて、3章完結となります。
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しばらく充電期間をいただきまして、色々と動く4章へと参ります。
どうか、楽しみにお待ちいただけたらと思います!