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拳は口ほどに物を言う?

 私がしばし現実逃避をした後、改めて領主様の邸宅へと向かった。

 遠目にも大きかったけど、近づくと改めて大きい。

 それも、ただ大きいだけじゃない。

 領主なんて立場、つまり貴族の方が住んでる邸宅にしては珍しく塀が無いので、造りが丸見えだったりするのだけど、窓から扉から、何から何まで大きいのだ。

 

「ここの領主様がグランドジャイアントの方とは聞いてましたが……やっぱり大きいですねぇ」

「うん、巨人族の中ではサイクロプスの次に大きな種族、とも聞くしな」


 私が感嘆の声を上げると、隣でゲルダさんも頷いて同意してくれた。


 グランドジャイアント。平野部を中心に住む巨人族のことだ。

 元々はプレインジャイアント、文字通り平原の巨人と言われてたらしいんだけど、その呼ばれ方は少し情けないってことで訴えて、名前を変えたらしい。

 実際、サイクロプスさん達に次ぐ身体の大きさだから、グランドの名前に負けてないっていうのもあるしね。

 でもその改名が通ったのはそれだけじゃなく、ここ南部地域を治める有力者だったから、というのもあるらしい。

 その有力者である領主様に、今からお会いするわけだ。

 ……まあ、序列的には風竜王であるゲルダさんの方が上なんだけどさ。


 だからか知らないけど、私達が邸宅へと辿り着く直前に、玄関の扉が開いた。

 現れたのは、見上げる程に大柄で筋骨隆々な男性。身長は4mを越えてるんじゃないだろうか。

 サイクロプスさんと同じくらいに見えるし、もしかしたらグランドジャイアントの中でも大柄なのかも知れない。

 そんな大きな人が、私達の姿を認めると、その厳つい顔に笑みを浮かべた。


「おお、これはこれは、風竜王殿お久しゅう! 遠路遙々ようこそいらした!」

「ご無沙汰していました、ヴァルガ殿。わざわざお出迎えいただき、痛み入ります」


 私達を先導するように進み出たゲルダさんも笑顔で応じ、頭を下げる。


 そして、顔を上げた瞬間。

 ヴァルガさんの右拳が振り下ろされた。

 巨大な身体からは想像も付かない速さと見た目通りの質量を持つ拳を、しかしゲルダさんは左手一本でがっしりと掴み止める。

 相当な衝撃だったのだろう、ゲルダさんが踏みしめた地面がびしりとひび割れ、生じた風が私の顔をぶわっと一瞬撫でた。


 突然のことに私が硬直していると、ゲルダさんとヴァルガさんは互いの顔を見てにやりとしたかと思えば、豪快に笑い出す。


「はっはっは、流石ですな風竜王殿。涼しい顔で受け止められてしまうとは!」

「いやいや、ヴァルガ殿こそ、また一段と威力が上がっておられるではないですか!」


 不意打ち気味に攻撃されたというのに、ゲルダさんまで笑っている。

 ……これは、もしや漫画なんかでたまに見る、あれか!? と思わずナスティさんの方を見ると、苦笑しながら小さく頷いていた。


「あれはグランドジャイアント一族の挨拶の一つらしいですわ。

 突然殴りかかることで、相手の目配りや気の張り方に胆力、咄嗟の対応力、腕力や反射神経なんかを総合的に見られる、いうて」

「無茶苦茶だけど理に適ってるところもなきにしもあらず!?」


 平野部に住むこの巨人族は、例えば森に住むフォレストジャイアントなんかに比べれば領土争いが多かったらしい。

 そのため、比較的好戦的、というか有事には容赦なく力を振るう性質なのだとか。

 だからってこの挨拶は、何も知らない人からしたら喧嘩売られてるとしか思えないんだけどな!?


「いうても、流石に他種族相手には、あんませえへんようになった言うてましたわ」

「……あんま。……ナスティさんは?」

「あら、うちのこと心配してくれはるん? そらもうヒラリと華麗にかわしてやりましてな、そいでヴァルガはんにも気に入られまして」

「やっぱり洗礼受けてた!? でもかわせたんですか、あれを。凄いなぁ……」


 思わずまじまじとナスティさんの顔を見つめてしまう。

 ゲルダさんやドロテアさんと一緒に暮らしてるだけあって、見るだけだったら私の目も鍛えられてると思うのだけど、それでもヴァルガさんの拳は速かった。

 あれをかわせるんだから、ナスティさんって体術も相当レベル高いのかな、もしかして。

 過去の話もちょっと聞いたけど、スパイ的なことや暗殺者的なこともしてたみたいだし。

 ……ちょっとかっこいいなとか思ったのは、私が現実を知らないからだろう、うん。


 などと一人考えていたところに、そのヴァルガさんがやってきた。

 歩く度にずしん、ずしん、と地面が揺れるような感覚。

 実際、身長が4m50cmとかあったら、私の身長の約3倍。体積はその3乗に比例するから、27倍もあることになる。当然、質量も。

 体型もかなり違うし、筋肉質であることを考えたら、1.5tとか2tとかあっても不思議じゃ無い。

 そりゃ、そんな人が歩いてきたら地面も揺れるよね……。なんて、見上げながら思ってたんだけど。


「それで、こちらが噂の、アーシャ殿ですかな!」

「あ、はい、初めまして。薬師のアーシャと申します」


 ヴァルガさんから声を掛けられ、反射的に名乗って頭を下げた。

 と、下げた視界の中、ヴァルガさんの影が動いている。え、まさかこれって。

 顔を上げれば、ヴァルガさんが拳を振り上げていた。


「え、ちょっ」


 振り下ろされてくる拳が、やけにゆっくりと見える。

 これはあれか、交通事故の瞬間とかにあるという現象か。

 なんてことを思いながらも、私の頭は動いていたらしい。


 逃げるのは無理。私の運動能力ではもう間に合わない。

 ゲルダさんとナスティさんも反応していない。反応して、いない。

 なら。

 私は、足を踏ん張り、振り下ろされる拳をじっと睨み付けた。


 と、その拳は私に当たる直前で止まる。ぶわっと強烈な風が吹き付け、私の髪をかき乱すけれど、それだけ。

 1秒か2秒か拳を見つめ続けていた私は、完全に止まったらしいと確認して、ふぅっと息を吐き出した。

 それが合図だったかのように、ヴァルガさんが拳を引く。

 拳の影から出た私は、ニヤリと挑発的な笑みを作って、ヴァルガさんを見上げた。冷や汗はちょっと出ちゃってるけど。


「……その顔、恐怖で固まっていた顔ではありませんな」


 呆れたような感心したような、そんな声でヴァルガさんが呟く。呟くといっても、身体が大きいせいか、すっごくでかい声なんだけども。

 問いかけに、私は笑みを作ったままこっくりと頷いた。


「はい、当てる気はないんだろうな、と考えまして」

「考えた? あの瞬間に? ……そう考えた理由をお聞きしても?」


 私の言葉に、ヴァルガさんはまた驚いたような顔になった。やっぱり、この人はそういう人だ。


「一つには、あなたが貴族であり政治家である、ということ。

 道中で聞いたあなたの評価を聞けば、種族の本能的な挨拶を、ゲルダさんの前で考え無しにするような方ではない。

 情報や言葉の裏も考えて行動できる方だろうな、と思っていましたので」

「ほうほう、それはなんとも面映ゆい評価ですな!」


 そう言ってヴァルガさんは笑うけど、でも多分そうなんだろうな、とも思う。

 さっきも、私が言った『考えた』という言葉の意味、つまり直感的に思った、じゃなくて論理的に考えたって含みを読み取ったんだもの。

 だから、理由を聞いてきたんだろうしね。


「まあ、一番の理由は、ゲルダさんもナスティさんも動こうとしなかったってことなんですけどね。

 ほんとに危なかったら、二人とも命がけで助けようとしてくれたでしょうし」

「そこまで見抜いたのか……流石というか何というか」

「堪忍え、ヴァルガはんがどないしても、言わはるもんやから」

「あはは、大丈夫ですよ、うん」


 申し訳なさそうにしてるナスティさんへと、手を振りながら笑いかける。

 きっとナスティさんは事前に打ち合わせをされてたんだろうな。多分、ゲルダさんも。

 やり方としてはちょっとどうかとも思うけど、ナスティさんが「そこまでうちのこと信じてくれてはるんや」とか小さい声で可愛いこと言ってるから、よしとする。


「事前にナスティさんが挨拶の意味を解説してくれたのも、仕込みの一環だったんですかね?

 だったら、避けられない中で一番インパクトがある行動は、と考えて、ああなりました」

「……あの一瞬で、そこまでお考えになられたか。なるほど、なるほど……」


 私の言葉に納得したのか、幾度も頷いたヴァルガさんは、おもむろに天を見上げた。


「わっはっはっはっは! 素晴らしい! 実に素晴らしい思考力と胆力をお持ちですな!

 このヴァルガ、感服いたしましたぞ!」


 実に楽しげに、豪快に笑うヴァルガさん。

 おお、やった、認めてもらえた、とほっとしていたら、私の目の前で左膝を突いて頭を垂れてきた。


「アーシャ殿に心からの敬意を。そして……」


 頭を下げたまま、おもむろに右足も引いて両膝を地面に突く姿勢になる。

 さらに地面に両の拳も突いて……って、この体勢は!?


「貴殿を試すような振る舞いをしたこと、心よりお詫び申し上げる。

 身勝手な願いかとは存じるが、この頭でどうかお許しいただきたい」


 形は少し違えど、ほとんどジャパニーズ土下座スタイル!

 そこまでしちゃうくらいお詫びしなくても!?


「い、いや、そんな大丈夫です、そこまでしなくても! あの、頭を上げてください!」

「なんと、お許しいただけるのか。胆力があるだけでなく、寛大なお心もお持ちとは、ますます感服いたしました」

「さらに下げるのをやめてください~!」


 もう地面に額が着く程頭を下げてくるヴァルガさんに、私は慌てて頭を上げるようお願いする。

 結局、数分間すったもんだして、なんとか頭を上げてもらうことはできた、のだけど。


「いやはや、アーシャ殿が女神のようだと噂になるはずですな!」


 代わりに、ヴァルガさんの中で私の評価が揺るぎないものになってしまったらしい……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 拳の挨拶、「明らかに戦闘能力がないアーシャにはやらないよね……? でも、もしあったらどうするだろう」と思ったら、やってきた! しかもアーシャの対応がすごい。 また心服する人を増やしてしまい…
[良い点] 確かにアーシャを万が一にでも傷付けたら殲滅戦待ったなしですし、場合によっては気絶や吹き飛ばされて転ぶだけでも血ミドロフィーバーですもんね。仮にも貴族ともあろう方がそんな愚行を犯すわけないと…
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