そこは、南の果て
そんなイケメンムーブを見せられながら、ソニックブームを発生させつつ飛ばされていた私の目に、地形の変化が見えてきた。
南方に見える海岸線、北方に生えているのとは違う木々。緑の濃さも違っているように見えるなぁ。
前に言ったかも知れないけど、私達が普段住む王都は、多分温帯に属する。
魔王様が完全に雨を制御しているのもあって、地中海性気候に近いんじゃないかな。
前世で住んだことないからわかんないけど。
で、そこから南に約1,000km。もしこの世界が地球と同じくらいの大きさなら、緯度にして10°弱。
例えばイタリア南端から10°南へ移動すると、アフリカ大陸北部に入ってくる。
九州の南端が北緯30°くらい、そこから10°南に行くと、そこはもう東南アジアだ。
ちなみに、北海道が北緯40°くらい。
こう考えると、10°違えばかなり気候が変わってくるのがわかってくるだろう。
となれば、当然生えてる植物も変わってくるわけだ。
「大分南に来た、って感じがしてきましたね~……空の上だからまだ寒いけど」
「そうだな、私も久しぶりに見るが、雰囲気が王都周辺とはまた違うな」
背後でゲルダさんが頷いてる気配がする。
これだけの変化が、たった1時間足らずで見られるんだから、つくづく超音速巡航凄い。
そう考えているうちにもさらに光景は変わって。
「おお~……大分開拓が進んでますね~」
「うん、報告通り、みたいだな」
上空からだから正確なところはわからないけれど、ざっくりの目算をしたゲルダさんが言う。
目の前に広がっているのは、サトウキビの畑や、トウモロコシの畑。
この畑と、そこから生産されている物の視察が今回の目的だ。
元々この島ではサトウキビもトウモロコシもあったんだけど、その需要が増大してきた……というか、させちゃったので、それらが育ちやすい南部の開拓が必要になった、という側面があるんだよね。
砂糖や食用、というのもあるんだけど、一番大きいのは、エタノールの生産。
トウモロコシなんかはバイオエタノールの原料として特に有名だと思うんだけど、サトウキビから砂糖を作った後の廃糖蜜もエタノールの材料として使えるんだよね、実は。
絞りかすは絞りかすで、パルプの原料に使うことも出来るらしい、ってことで、こっちはこっちで研究中。
砂糖自体は国内消費だけでなく、キルシュバウムへ輸出したりもする予定。
そうそう、輸出といえば、木綿の生産増加のために綿花もこっちで増産するみたい。
ということで、私が絡んだ案件のための増産、おまけにアルコール消毒用にも使うエタノールの生産もする、とあって私が視察することになったのだ。
「それにしても、こんな勢いで開拓ってできるものなんですか?」
「ああ、確かに普通はできないものだが、今回は巨人族がかなり積極的に動いてくれたからな。
特にフォレストジャイアントやサイクロプス達が」
言われて思い出すのは、フォレストジャイアントの長や、工場で働くサイクロプスさん達の顔。
なんでも、私が関わった案件は確実に儲かるしやり甲斐もある、と言って回ってくれてるらしい。
……べ、別にありがたさで涙目になってなんかいないんだからねっ!
「巨人族が森を切り開いて、その後をジャイアントワームが開墾する、という手順でやっているらしい」
「あ~……ジャイアントワームって、そんなこともできるんですか……」
開拓地の周辺を見れば、確かにジャイアントワームっぽい存在が見える。
巨大なものになると全長10m、ドラゴンに匹敵する大きさになるらしい。
移動速度自体は人間が歩く程度の速度だが、その速度で地面を掘り進むことができるため、掘削作業にはもってこいで、王都に張り巡らされた水道管・下水管網は彼らなくしては整備されなかったに違いない。
そんな彼らにかかれば地面を平らに削って均すことは容易だし、その上どうやら地面を掘り返すこともできるようだ。
となれば、邪魔な木が切り倒された後なら一時間に幅数m、長さ4,000mとかを開拓できるわけで……そして、巨人族の皆さんはスッパンスッパン木を切り倒せるし、ごっそり一気に運べるわけで。
結果、もの凄い勢いで開拓が進んでしまってるらしい。
思わず遠い目になりながら、開拓地をその外縁に沿って眺めてしまっていた私は、ふと海の方に目が行った。
「あれ? あんなところに、随分たくさんの船が……?」
見れば、南の海岸の一部が整備され、造船所ができていた。
そこにずらりと大型の船が、ざっと10隻以上並んで浮かんでいる。
そいえば、以前陛下が、スクリュー制作専属の職人さんを欲しがってたけど、このためだったのかな?
遠くだからあまりよく見えないけど、船首に衝角が付いてないから軍艦ではないっぽい。
っぽいんだけど……。
「……ゲルダさんが何も言わないってことは、軍とか国とか関係してます?」
「……できれば触れないでいてもらえるとありがたい」
どうやらビンゴだったらしい。
大きさや形から、大型の輸送船っぽくもあるんだけど、だったらそんなに隠すことでもないような。
何しろこっちで砂糖やら何やら作るんだったら、そのまま南から船で運ぶことだって十分あり得るわけだし、そのための船だったら不思議では無い。
ということは、他の目的ってことになるんだけど……?
ゲルダさんも困ってるっぽいから、これ以上の追求は止めとこうかな。
「使われないに越したことは無いのだがな」
そんな、悩ましげな呟きが聞こえたから、というのもあるのだけど、ね。
なんて考えている間にも飛び続けて、いよいよ目的地が近くなったらしい。
「アーシャ、そろそろ降下する」
「あ、はい、わかりました」
ゲルダさんの言葉に、私は頷いて返す。といっても、私がやることは特にないんだけど。
ぐん、と身体にGがかかり、地面が流れる速さがゆっくりになっていき、少しずつ高度も下がり始めた。
気圧の変化で鼓膜がキーンとなりそうだったので、こっそり耳抜きなんかもしつつ。
……あれ、そう言えば、飛行機に乗ってた時くらいの気圧差しか感じないな。気圧の調整なんかもできてるんだろうか、『防風』って。
なんて考えてる時に見えてきたのは大きな家。その庭が着陸予定の場所。
そこに、狙い過たずふわりとゲルダさんと私は降り立った。
と、私達を中心にぶわっと風が渦巻き、消える。多分、『防風』が解除されたのだろう。
途端に感じる、高めの湿度と暑いくらいに暖かい空気。
「なんだか、違う国に来たみたいですね」
「これだけ距離があってこれだけ違えば、確かにそう思うかも知れないな」
耐えきれずに慌てて上着を脱ぎ出す私に、暑さにも寒さにも強いゲルダさんは涼しい顔で笑いかけてきた。
……種族の差、とはいえ、ちょっと理不尽なものを感じなくも無いけども。
ともあれ、私達は今日の目的地へと無事に着いたのだった。




