禁断の魔術
私がノーラさんに話したアイディアの切っ掛けは、少し前に遡る。
「アーシャ、できちゃった」
お城から帰ってきて早々、頬を染めてはにかみながらドミナス様が告げた言葉に、その場に居た全員が固まった。
カシャーン、と食器が割れた音もしたかも知れない。
そして数秒後、ギン! という擬音がしかねない刺すような視線や、身震いしてしまう程昏く重たい視線が一斉に私に向けられる。
「い、いや待ってください、私身に覚えは……ある意味あるけど、ないですから!」
背中にびっしょりと冷や汗をかきながら、私はぶんぶんと必死に手と首を振った。
だって私にはいわゆるあれはないし、エロマンガみたいな薬だって作っていない。
当然、できるわけがないのだ。
そんな私達の反応に、ドミナス様一人がきょとんとした顔で首を傾げる。
「……? こないだ言ってた魔術ができたのだけど、そんなに大変なこと?」
は? と全員が全員同じような顔をしてドミナス様を見やり、それから、がっくりと崩れ落ちた。
「で、できちゃったって、魔術のことでしたか……」
「え、他に何のことだと」
いやだって、あの幸せそうな顔で言われたら、勘違いしちゃうじゃないですか。身に覚えはないけど。
隣でブラックホールもかくやという闇を瞳に宿しかけていたキーラが、ほっと吐息を零している。
いやほんと、服が張り付くくらいに背中がびっしょりなんだけど。
「良かった、てっきり抜け駆けさせたのかと……」
「なんか微妙に引っかかる言われ方してる……」
とは思うけど、これ以上ややこしいことにしたくないので、それ以上は言わないでおく。
向こうでは、ドロテアさんが額に手を当てて首を振っている。
「びっくりしましたよ、禁じられた術法に手を出したのかと……」
「え、禁じられた?」
ドロテアさんの言葉に、ノーラさんが反応した。
いや、私もそこは確かに気になったのだけど。
そしたら、はっとした表情でドロテアさんが口に手を当て、言葉を飲み込んだ。
……これは、つまり、まじであるのか。だけど、それが何故か禁じられている、と。
どうしよう、ここは突っ込むべきなのか、やめておくべきなのか。
う~ん……でも、ゲルダさんも何か言いたげにしてるのに黙ってるし……結構重たい事情なのかも知れない。
となると、ここは触れないでおくべきなのかな。
「それでドミナス様、何ができたんですか?」
話題を戻した私に、あからさまにほっとした顔をするドロテアさん。
あのドロテアさんがこんな反応するのか~……う~ん。気になるけど、いつか話してくれるかな?
ともあれ、私の問いにドミナス様が得意げな顔を見せてくれた。
「うん、前アーシャの言ってた、『重合』の魔術が」
「……は?」
ドミナス様の言葉に、私は顎が外れんばかりの間抜けな顔をしていたと思う。
さらっと、でも得意げに言うドミナス様は、ことの重大さをわかっているのだろうか。
いや、今わかんなくても、これからいやってほどわからせることになるんだろうけどさ。
「え、ほんとですか? できちゃったんですか?」
「うん、ほんと。やっぱり私にできないことは、あんまりない」
「なさすぎですよぉ!!」
そう言いながら私は、ドミナス様を、思いっきりぎゅっと抱きしめた。
途端にドミナス様は、ほわ~んと蕩けるような笑顔になって私に身を委ねてくる。
……こんなに凄いことを出来る人が、こんなにあっさり私に身を任せてくることに、こう、愉悦を感じなくもないのだけれど、落ち着け、落ち着け、と自分の理性を総動員したりしつつ。
「ほんっと凄いです! これができたらもう、ほんっと色々できちゃう!」
「そう? 私凄い? だったら、もっと褒めて」
「ええもう、褒めまくりです!」
ドミナス様のおねだりに、私はわしゃわしゃと思い切り頭を撫でまくる。
それはもう気持ちよさそうに受け入れるドミナス様の顔を見てると、いつまでもいつまでもしたくなるのだけれど。
「アーシャ、それからドミナス、流石に長過ぎです。
あなたがそこまで言うのですから、凄いことはわかるのですが」
皆を代表した感じで、ドロテアさんが制止の声を掛けてくる。
見れば、キーラもゲルダさんもノーラさんもうんうんと頷いていた。
……確かにまあ、ちょっとはしゃぎすぎたかも知れない。
でも、これが思ったように使えたのなら、これからまた大きな発展が望める。
「ほんと凄いことができるはずなんですよ。今度実験してみますね!」
とドロテアさんに宣言して、それから数日後に実際実験をしてみた。
結果。
「……どうして私の方が、ドミナス様より上手く使えるのかな……?」
「な、なんでだろうねぇ……?」
呆然とした声のキーラに、私は冷や汗を掻きながら答える。
キーラの反対隣では、ドミナス様が悔しそうにぷるぷる震えていた。
魔術でできないことはあんまりないドミナス様だけど、『脱水』だけはキーラに勝てないでいる。
逆に、キーラは『脱水』以外はほとんど使えないのだから、一芸特化型ゆえのことと言えたのだけれど。
この日をもって、一芸ではなくなってしまった。
『重合』も、明らかにキーラの方が上手く使えてしまっていたのだ。
なんなんだろうね、このキーラの特殊すぎる特性……。
もしかして、化学反応的魔術は得意ってことなんだろうか。
今度また試してみたい気もするけど、それはドミナス様の機嫌が直ってから、だなぁ。
そう思いながら私は、実験の産物を眺めた。
器具の中に散らばる、小さな粒。
エチレンガスを付加重合させた、ポリエチレンが固まった粒が、そこにはあった。
※この作品をお読みいただき、ありがとうございます。
お楽しみいただいているところに誠に申し訳ございませんが、リアル事情+別作品の電子書籍出版作業のため、しばらく更新が不定期になります。
来週以降はまたいつものペースに戻せるかとは思いますので、何卒ご理解いただければ、と思います。