そしてまた、背負い込む
ひとしきり泳いで感触を堪能したのか、何人かのセイレーンさん達が桟橋に戻ってきてくれた。
まだ遊んでる人達もいるけど、そこはまあ、気が済むまで戯れてもらったらいいんじゃないだろうか。
遠くの幾人かを眺めた後、戻ってきてくれたセイレーンさん達に視線を戻した。
「お疲れ様でした。どうでしたか、着て泳いでみて。
水の抵抗とか感じましたか?」
私が聞くと、皆さんは互いに顔を見合わせて、ちょっと思案顔。
しばらくして、ぱしゃんと水しぶきを上げながら勢いよく手を挙げてくれた人がいた。
「は~い、ん~とね、ちょ~っと引っ張られる感じはあったかな~」
「引っ張られる感じ……それはどの辺りがですか?」
「えっとね、こことか、こことか!」
メモを片手に問いかければ、この辺り、と指で摘まんで教えてくれる。
それに皮切りに、他の人達も抵抗を感じた部分を教えてくれた。
よくよく考えてみれば、人間なんて比べものにならないくらい早く泳ぐ種族だからね。
早くなればなるほど、ちょっとの抵抗が大きくなっていく、はず。
ほんとは世界水泳とかに出てくるような競泳水着がいいんだろうけどな~。
なんて考えながら、いただいたご意見をありがたくメモしていると、もう一人手を挙げてくれた。
「でも、泳ぎにくいとか邪魔とかって程じゃ無いかな~。
むしろ、それでこのひらひらとかが無くなるほうがあたしはいや~」
「あ、そうなんですか? そのフリル、気に入ってもらえました?」
「うん、可愛くて面白いねぇ!」
ニコニコ笑顔のセイレーンさんに、周りの人達もうんうんと頷いていた。
なるほど、むしろこの飾りは必須か。
確かに元々、おしゃれをしたいから、ってうリクエストをもらったから作ったものだし、それを外したら本末転倒だよね。
そこまで邪魔じゃないなら、この方向でいいんじゃないかな。
ちなみに、このそこまで邪魔にならないフリルだとかはクリスのデザイン、制作である。
流石クリス、勝手のわからない水中用の服ですら、機能性とデザイン性を両立させるとは……。
「水の中? そんなら、こうビュワーってなってギュッって感じでいけるんじゃないかなぁ」
とか相変わらずクリスにしかわからない言葉で語ってたけど。
あ、クラウディアさんだったらわかったのかな?
どうあれ、プロトタイプながら、ちゃんと満足してもらえるものを作ったのは流石と言っていいだろう。
本人に言ってあげるかどうかは別として。
と、私の所感含めてメモしていたら、何やらじっと見つめてくる視線に気がついた。
「あ、あれ、どうかしました?」
視線を落とせば、一人のセイレーンさんが私をじ~っと見つめている。
どうかしたのかな? と小首を傾げていると、桟橋に身を乗り出して、私の手元を覗こうとしてきた。
「先生、さっきからちょこちょこ何してるの? それ何する道具?」
「へ? あ、これ、ですか?
メモ帳といって、色々書き留めるための道具なんですよ。
……って、あれ? セイレーンさん達って、文字の読み書き、習ってます?」
説明している内に、ふと思い至った。
水の中に住んでいる彼女達は、お城まで行くのも一苦労。
一応、魔術を使ったりしたら行けるらしいんだけど、それはそれで消耗する、はずだ。
と、危惧したけど、皆習ってると頷いてはくれた。
くれたのだけども。
「習ったけど、あんまり使ってないね~」
「水の中だとペンも使えないしね~」
「先生が持ってるそれが、紙ってやつ? こないだ商人から聞いたよ~」
興味津々な感じでこっちを見ながら、口々に言ってくる。
そりゃぁ珍しいし、気にもなるだろう。
何しろ水の中だ、ペンやインクはまともに使えるわけがない。
羊皮紙はもしかしたら水に耐えるかも知れないけど、それもまあ、多分長くは保たないだろう。
紙は言うまでもないし、ね。
必然的に、彼女達は文字をまともに使う道具がないことになる。
となると……陛下達の施策の恩恵を、あまり受けられない形になる、よねぇ。
「先生、難しい顔してどうしたの?」
「あ、いえ、皆さん、文字が使えるようになったら、どうかな~って考えてまして」
「え~、何か難しいし面倒だったから、いいかな~」
その返事に、私は思わずがくっとなる。
ま、まあ、確かに、セイレーンさん達の今までの生活には不要だったわけだから、今必要かと言われればそうでもないだろう。
ただ、今後のことを考えると、何とかした方がいいとも思うんだよね。
多分、色々な場面で契約書を取り交わしたりすることが増えてくるはず。
その時に、文字をあまり書かない上に保管場所もないセイレーンさん達には、不利になる場面も出てくるはずだ。
この街の人は基本的に善人だから、契約書を誰かに預けておく、って形でも問題はないとも思うのだけど、絶対じゃないしね。
「……せんせ、ま~たお人好しの虫が騒いでる顔してはりますえ?」
「はい? わ、私そんな顔してました!?」
「そらもう、自分のことのように一生懸命に」
コロコロと鈴を転がすような声でナスティさんが笑うから、私はなんとなく恥ずかしいような気分になって目を逸らす。
どんな顔してるんだ、私は。いやしかし、騒いじゃうのは性分なんだ、仕方ない。
なんて思っていた時に、一人のセイレーンさんが手を挙げた。
「は~い、あたし、文字書いてみた~い!」
「あ、そうなんですか? 何か書きたい物とかあるんですか?」
初めて出てきた前向きな意見に、私は思わず食いつく。
そしたら、セイレーンさんはちょっとはにかむような笑顔を見せた。
「えっとね、陛下に、いつもありがとーってお手紙書きたい!」
あ、まぶしい。
反射的に、そう思った。
「あ、あたしもそれなら書きた~い!」
「あたしもあたしも~!」
「陛下にはお世話になってるからね~」
途端、口々に賛同するセイレーンさん達。
私はその光景を見て、思った。陛下がこれ見たら泣くな、と。
というか。
私は、思わず空を見上げた。うん、綺麗な青空だ。
何か雲が滲んでるように見えるけど、きっと気のせいだ。
隣で、ナスティさんが小さくため息を吐く。
「あ~あ、もう。またこれで、仕事が増えてもうたやないですの」
「いや~、でも、これでやらないわけにはいかないでしょう?」
私はこっそり目尻を拭いながら、笑って見せる。
だって、こんなに素敵な動機なんだもの、叶えないわけにはいかないじゃないか!
そう意気込む私に、ナスティさんは「ほんに、しょうのない人」と呆れながら、でもくすっと笑ってくれたのだった。




