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一日目の終わりに

 意味ありげに煙に巻いたりはしつつも、明日以降やることの打ち合わせは滞りなく終わり。

 私達三人は連れ立ってエルマさんの店に繰り出した。


「昼間親切にしてもらったところでね、サンドイッチが凄く美味しかったんだ」

「サンドイッチだけでなく、他の料理も美味しいところだよ、あそこは」

「そう、なの……? 楽しみ」


 私とゲルダさんの言葉に、キーラがはにかんだ笑顔で返す。

 くそう、一々可愛いなこの子!

 いかんいかん、自重自重。


 正直なところ、私は大分浮かれていた。

 今日の出来事だけで、人生大逆転したと思えるくらいに良い出会いがあったから。

 そして、これから先の展望も、決して暗くはないから。


 まあ、好事魔多しとも言うから、油断してもいけないが。

 今夜、ご飯を食べる時くらいは許して欲しい。


 何しろ。


「ああ、支払いは任せてくれ、こう見えてもそれなりにもらってるんだから」

「や、こう見えてもっていうか……ゲルダさんどう考えても魔王様の側近的な上級騎士とかですよね?」


 嫌味なく太っ腹なイケメン系爽やか大人美人と。


「私、こうやって誰かと食べに行くの、久しぶり……」

「いいんだよキーラ、一杯食べて! なんなら、私の分も食べていいから! エルマさんならツケとかしてくれるから!」


 保護欲を掻き立てる子犬系美少女と一緒に食べに行くのだ。

 テンションあがらないわけがない。

 なお、エルマさんが本当にツケてくれるかはわからないが。

 魔王城に請求書を回してもらう、とかできたりするんだろうか、とか愚にもつかないことを考える。

 いやまあ、私はそんなに食べる方ではないのだが。

 多分キーラも。……ゲルダさんはどうなのかな?


「ん? アーシャ、私の顔に何かついているか?」

「あ、いや、何でもないです、なんでも!」


 いけないいけない、ついまじまじと見てしまったみたいだ。

 慌てて手を振って、誤魔化す。

 ゲルダさんは少しだけ怪訝そうな顔をしたが、誤魔化されてくれたみたいだ。


 そんなやり取りをしているうちに、見覚えのある場所に出てきた。

 そして、見覚えのある扉を潜る。


「ゲルダさん、それにアーシャも。いらっしゃい! 

 ……おや、そちらのお嬢さんは?」


 店内でお皿を片付けていたエルマさんが、こちらに振り返って笑顔で挨拶をしてくれる。

 その視線がキーラに向いたのを見て、ゲルダさんがキーラを紹介した。


「ああ、この子はキーラ。アーシャと一緒に来た子だよ。

 工房でアーシャの手伝いをすることになったから、アーシャともどもよろしく頼むよ」

「よ、よろしく……」

「ああ、そうなんですか! あの工房もにぎやかになっていいことですねぇ。

 キーラだね、あたしはエルマっていうんだ、よろしく!」


 おずおずと頭を下げるキーラに、エルマさんが快活な笑みを見せる。

 うん、やっぱり最初の晩御飯はここで良かった。

 心なしか、キーラもほっとした顔をしている気がする。


「じゃあ、三人さんならこっちのテーブルで。

 ゲルダさん、さすがに今度ばかりは飲んでいきますよね?」

「はは、これで断ったら角が立ちそうだ。私は白ワインをもらおうかな。

 アーシャとキーラはどうする? ああ、キーラはお酒は飲めるのかな?」


 エルマさんの言葉に、それはもう嬉し気に応じるゲルダさん。

 なんだ、やっぱり飲みたかったんじゃないか。で、あの場面はさらっと我慢したわけだ。

 ……くそう、なんだこのイケメン。女性だけど。

 そんなゲルダさんが話を振ってきて、私とキーラは思わず顔を見合わせる。


「あ、私、少しなら……」

「じゃあ折角だし私もいただきます」


 そう答えると、さらに嬉しそうになるゲルダさん。

 ちょっと可愛いとか思ったのはここだけの話。


「じゃあエルマさん、白ワインを三つに、オリーブの塩漬けを一皿。

 それから……ああ、魚介の煮込みも一つ」

「はいはい。……一つずつでいいんです?」


 注文を受けるエルマさんが、不思議そうに小首を傾げた。

 ゲルダさんはこくりと頷き、笑いながら片目をつぶってみせる。


「ああ、二人は山の方出身なんだ。オリーブや魚介が口に合うかわからないからね、お試しってことで。

 後は牛か豚で何かないかい?」

「なるほど、そういうことですか。牛や豚なら、豚の塩漬けを焼いたのとかどうです」

「いいね、それをもらおうか」


 わかりました、とエルマさんが頷いて、厨房へとオーダーを通しに行った。

 私とキーラは、ゲルダさんをなんとなくまじまじと見てしまう。


「……二人とも、どうかしたか?」

「あ、いや、なんていうか……手馴れてるなぁって」

「うん、すごく、注文し慣れてるというか」


 私の言葉に、キーラがこくこくと頷く。

 そんな私たちの視線を受けたゲルダさんはちょっと苦笑気味になりながら。


「まあ、何度も通っているからね。私は料理とか、からっきしだから」

「ほほう、なるほど。ゲルダさんにも意外な弱点が。

 ちなみにキーラは?」


 うんうんと頷いて見せた後、不意にキーラに話を振ってみた。

 キーラはびくっとしてから……小さくなってしまい。


「火を点けるのは、してた」

「うん、わかった、よっくわかった」


 それ以上追求するのは不憫なくらいに申し訳なさそうな顔をするので、私は話を打ち切った。


「そういうアーシャは……ああ、薬草を扱うのだから、料理もできそうだな」

「や、完全に一緒ってわけでもないんですが……それに、できますけど大したものじゃないですよ」


 ゲルダさんの言葉に、そう返す。

 実際のところ、生前はそれなりに料理はしていた。

 だが、こっちの世界では、その調理法はあまり使えない。


 そりゃそうだ、細かく火加減を変えられるガスコンロもないし、そもそも材料が違う。

 機械式のスライサーなんてものはないから、スーパーでよく目にした薄切り肉なんてものはない。

 どれだけ研いだ包丁でも、あんな薄さは無理ってものだ。


 後、野菜ね。生食できるほど衛生的な野菜はほぼないから、サラダとかも無理。

 マリネにするのが精々だ。

 そもそも……こっちの野菜は美味しくない。

 自然のままの野菜はまずい、って漫画の知識で知ってはいたけど、実際に体験するとは思わなかった。

 ほんと、農家の方々の品種改良だとか農業技術の研鑽には感謝しないといけない。


 話が逸れたが、まあつまり、私の前世を基にした調理、特に味付けでは微妙な感じになってしまう。

 かと言ってこちら流の調理だと、とりあえず火を通して食べられたらいい、というものになる。

 どちらにせよ、私基準では微妙なのだ。


「ふむ、そうなのか。では、機会があればそれが本当かどうか確かめさせてもらわないとな」

「あ、私も、食べてみたい」

「むぅ、二人がそう言うなら、今度作りますけど」


 とか言ってるところに、エルマさんが三人分のワインと、オリーブの塩漬けが入った小皿を持ってきた。


「おやおや、早速楽しそうですねぇ。そんじゃ、うちのワインを飲んでもうちょい景気づけしてくださいな」

「ふふ、そうだな、楽しませてもらうよ」


 笑って答えたゲルダさんが、グラスを手に取る。

 視線で促されて、私とキーラも、それにならった。


「では。アーシャとキーラのこれからの生活に幸多からんことを願って。乾杯!」

「乾杯!」

「あ、乾杯……」


 ゲルダさんの音頭に合わせて。キーラはちょっと遅れて。

 それぞれにグラスを触れ合わせた。

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