暴かれた秘本
その後、無事(?)食事会も終えて私達は王城に用意された客室へと案内された。
形式上部下扱いとなる船員さん達は大部屋で、私とノーラさん、護衛役の船員さんはスィートルームみたいなところだったんだけど……特別扱いが申し訳ない。
「いや実際特別でしょ。あたしらじゃあんな風に王様と話すことなんて、とてもできないですから」
なんて船員さん達は笑ってたけど……うーむ、それでもなぁ。
そういう区別が必要なのもわかるし、キルシュバウム側としてもちゃんと特使の接遇をしているって形が必要なのは、私もわかるんだけどね。
これもまた、魔王様には『慣れよ』とか言われるんだろうなぁ。
こうやって外交の場に出るかはともかく、私が特別扱いされることは増えるんだろうし……。
ともあれ、その夜は無事に過ごすことができた。
言うまでもないけど、あれなことは当然していない。
そんな度胸があるわけもない。
そして、翌朝。
朝食を終えた私とノーラさんは、王様の執務室へと通された。
各種書類や本の類いが綺麗に整頓された室内は、なんだかグレース様の私室を思い出す。
やっぱり親子なんだなぁ、と改めて思ったり。
そんな感慨に耽っているところに、王様から用件を切り出された。
「さて、秘本を写す件に関して、ですが。
あれを写すとなれば、相当に時間がかかります。
ですが、昨日の食事会で聞いた話では、全て写すのにさほど時間はかからない、とか」
「はい、左様でございます。
実はそのための道具を持ってきておりまして……というか、昨日お見せした道具がそれなのですが」
「昨日と言いますと……あれは、写真とやらを作る道具、だけでなくそんなこともできるのですか」
驚きを通り越して呆れてしまったような、そんな感じで国王様は首を横に振る。
元々この印刷機って、コピー的なところからスタートしてたからねぇ。
そこにプリンター機能を付けた、言わゆる複合機を今回は持ってきている。
今回の目的の大本は、この写本作業。だからきちんと機械が動くように、メンテナンスできるノーラさんの帯同が必須だったのはそれもあった。
決して、グレース様の写真を印刷してお渡ししたかったからじゃないのだ。
クールに有効利用はさせてもらったけど。
ということで、実際に複合機を持ち込んで、コピーするところを見ていただいた。
流石に写真に比べたらインパクトは薄かったけど、それでも唖然としてたね。
「……なるほど、これならば確かに、さほど時間がかからずに写すことができますな」
「本を丁寧に扱わないといけませんので、もう少しかかるとは思いますが、それでもかなり短い時間で写せるかと思います」
私の説明に、国王様も幾度か頷いている。色々な意味で、理解していただけたようだ。
「……昨夜詳しい方法を言っていなかったことにも、納得しました」
そう言うと、意味ありげに微笑みを浮かべる。
実は、昨夜の食事会でコピー機能のことは言っていない。
プリンターはカメラがないと意味が無いけど、こっちの機能は色々便利に使える。使えすぎてしまう。
だから、必要最低限の人にしか伝えないようにしないと、大きな混乱を招きかねないと思ったんだよね。
あるいは、不埒な事を考える人を刺激してしまうか、だ。
しばらくコピーされた紙を手にしていた国王様が、不意に紙を指でさすった。
「昨日も思いましたが、羊皮紙よりも薄いこれは……この紙も輸入できたりはしませんか?」
「あ~……それも、考えてはいるのですが」
流石、紙と鉛筆に感動するグレース様のお父様、気になるところも似てるんだなぁ。
考えたのは考えたんだけど、材料のパルプの生産量とか、木の消費量とかの関係で、どうなんだろうってなったんだよね。
……いっそこっちでパルプを生産してもらう、っていうのもありか?
こちらの国王様なら、計画的に伐採してくれそうだし。
いずれにせよ、紙の材料の開示含めて、私一人で判断しない方が良さそうだ。
「一度持ち帰って検討、ということでよろしいでしょうか」
「わかりました、良い返事であることを期待しています」
穏やかで、どこか油断ならない笑みの国王様が、そう念押ししてくる。
やっぱりこの人は優しいだけの人じゃないんだなぁ、と改めて思わざるを得ない。
うかつなことは言わないように、でも味気ないやり取りにならないように。
け、結構神経使うなぁ、これ。
「ああ、それから、その機械を使うところも見せていただいていいですか?」
「あ、はい、もちろんです。むしろ、ご同席いただけるとありがたいな、とは。
貴重な本を扱わせていただくのですから、間違いがあってはいけませんし」
「それももっともですね、同席させていただきましょう」
「お忙しいでしょうに、ありがとうございます」
そう言って、私は頭を下げる。
聞けば、今回の私達への対応のために、国王様はほとんど丸一日予定を空けておいてくださったらしい。
どれくらいの話になるかわからなかったから、と言ってたけど……それに加えて、色々話を聞きたかったからっていうのが大きいんじゃないだろうか。
グレース様の話ってことじゃないよ?
私達から得られる情報の価値を、国王様は最大限評価してる、ってことなんだろう。
その評価を裏切らないようにしないと、ね。
「では、早速作業を始めていただきましょうか」
「ありがとうございます、かしこまりました」
国王様が取り出してくれた本を、白手袋を付けた両手を差し出して慎重に受け取る。
革張りの表紙に金の混じったインクで書かれた「ブラーシュムこれに記す」という題字。
で、まじまじと、にならない程度に観察したんだけど……これ、本当に1000年以上前の本?
それくらい、装丁も紙も、傷みが少ない。
気になってそのことを尋ねたら「ほとんど読むことはないですからな」とのこと。
『状態維持』の魔法が掛かってるのもあって、それで綺麗に保たれてるんだろう。
そう思いながら、慎重に表紙を開く。
何度か開かれた程度、さほど使い込まれた様子も無い表紙は少しばかりの抵抗を感じる。
でも、割れたりとかそんなことはなく、無事に開いてくれた。
中身は確かに、以前言われていた通り、他愛のない日記のようなもの。
これに一体どんな意味が隠されているのか……隠れてないのか。
そんなことを思いながら、最初のページをコピーした。
したのだけれど。
「……え?」
コピーして出てきた紙を見て、私は思わず変な声を出してしまった。
そこに記されていたのは、全く見たことのないものだったのだ。
「……こ、これは?」
国王様も動揺したような声を出す。
「機械的な故障とかはないよ、ちゃんと動いてる」
傍で見守っていたノーラさんの言葉に、まさか、と思って私は本をゆっくりとひっくり返した。
「文字が……文面が、変わっちゃってる!?」
私の悲鳴のような声に、国王様も本を覗き込む。
「なんと……これは、一体。しかも、この文字は……」
「恐らく、神代文字ですよね……?」
神代文字。
文字通り、神が居た時代に使われていたと言われるほどに古い時代からある文字。
けれど、古すぎて、今読める人はほとんどいないはずの文字でもある。
なんでそんなのが出てきちゃったの? ……って、まさか!?
「そっか、この本、隠蔽魔術か何かがかかっていたんですね……」
「あ、それで、このコピー機、『魔力吸収』使ってるから、それがはがれた?」
「多分それです、それで、隠されてた本当の文面が出ちゃったんですよ!」
だから、とりとめの無い日記に見えたものが受け継がれていたのかも知れない。
そんなものに、1000年以上保つだけの魔術的処理をしていたのも、こういうことだったのか。
「しかし、城の魔術師に見せたこともありましたが、『状態維持』以外の魔力は感じないと言っていましたよ?」
「もしかしたら、認識を阻害する魔術もかかっていたのかも知れませんね……」
そして、魔術方面はさっぱりな私が、何も気にせずにコピー機にかけた結果、それが剥がされてしまった。
「だとすれば、そこまでして秘されていた、中身とは……」
「想像もつきませんが……思っていたよりもさらに重要なものなのかも知れません」
応じた私の言葉に、国王様も頷き、本を改めて眺める。
私は、もしかしたらとんでもないことをしたのかも知れない。
なんとなく、そんな予感がした。




